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イベントレポート

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2012年12月20日(木)19:00~21:00

福井 盛太(ふくい せいた) / 合同会社 SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS CEO

出版と書店に未来はあるか?
 ~電子書籍が変える、書籍の売り方・つくり方~

電子書籍元年と呼ばれた2010年から2年が経過し、さまざまなタブレット端末が発売されるようになったいま、出版社や書店はどのような将来像を描き、今後どのように進化していくのであろうか。現在、「奥渋谷」として注目されている渋谷区神山町エリアに出版する書店を構える「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」代表 福井盛太氏に、電子書籍時代の出版社のあり方、未来の書店の姿、さらにはあまり知られていない本屋の経営の現実について語っていただきます。

厳しい状況下にある出版社と書店

本は時空を超えて読む者に疑似体験をさせてくれる素敵なメディアだ。ときにそれは「夢」のヒントを与えてくれたりもする。d-laboコミュニケーションスペースにたくさんの本が並んでいるのも、訪れる人にとっての「夢」への入口になれればという思いからだ。2012年のラストを飾るセミナーは、その本にまつわる話。「出版する本屋」として注目を集める渋谷神山町のブックストア『SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS (以下SPBS)』CEOの福井盛太氏をお招きして、出版と書店の未来についてお話ししていただいた。
福井氏が編集者として勤務していた出版社から独立し、SPBSを設立したのは2007年。既存の新刊販売に加え、古書、雑貨の販売、オリジナル出版物、受託出版物の制作、イベント、セミナーの開催など、これまでの書店とは違うさまざまなビジネスを展開してきたことはよく知られている。しかし、いまは出版不況と言われる時代。SPBSにしてもこの5年間の道程はけっして平坦ではなかったという。経営者としてリアルにそれを体験してきた福井氏がまず語ってくれたのが、出版社と書店の現状だ。
「出版社と書店は実に大変です。」
データは如実にそれを示している。出版社はピークだった1997年の4,612社に比べると2010年には3,815社に減少。書店も2001年の23,770店をピークに2011年には16,710店まで減少している。これには競合するメディアの多様化や新古書店の台頭などいくつもの要因があるが、最大の理由としては「取次(書籍卸)を通じた委託販売制度&再販売価格維持制度下の書籍・雑誌の流通が機能不全を起こし始めた」ことが挙げられる。取次とは本の問屋。全国隅々まで網羅した日本の取次による流通システムは「すばらしい」ものだ。しかし残念ながら今はそれが時代に合っていない。納本が取次任せのために書店の品揃えはどこも一緒。仮に若い人が書店ビジネスに新規参入したくても「委託販売」の代償としての保証金制度や「大手には甘く、中小には厳しい」といった体質が邪魔して難しいという。出版社は出版社で「大手出版であれば本を取次に納本した段階で正味の100パーセントのお金が入ってくる。あとで売れ残り分=返本分を返金しなければいけないのですが、本を作ればまず現金が入ってくるので、出版社はキャッシュを目的に本を作るケースが増えています。いわゆる、本の偽金化。」という資金繰りを目的とした粗製濫造をつづけている。新刊書籍の刊行点数は1995年には58,310点だったのが現在は約80,000点。こうした粗製濫造がよい結果を生み出すはずがない。質の悪い本は「読者離れ」や「返本率の増加」をもたらす。出版社にそれに対してさらなる粗製濫造で応えるほかない。まさに悪循環だ。

多様なポートフォリオが生み出す新たな書店像

このように厳しい状況の中、それでもこの世界へと参入したのが福井氏だ。「夢だけが前のめりになってスタートした」と福井氏は笑うが、SPBSオープンにあたってはもちろん綿密な計画を立てた。コンセプトとなるキーワードは「そこでやって、そこでつくって、そこで売る本屋」。前述したように多様なポートフォリオを持つ店舗づくりはこれをフレームワークにして始まった。だが、実際にオープンしてみれば、想定外のことも多かった。
「オリジナル出版物の直販は思ったよりも大変。固定費の高さも経営を圧迫しました。来客数も想定以下、何より決定的だったのは予想以上に儲からないということでした」
仮説を立てて実践した。結果を検証し、対応策を練った。具体的には「店内イベントの有料化」「メールマガジンなど在庫リスクのないメディアへのシフト」「スクール事業の展開」「インターン制度の導入」「シェアオフィス事業の導入」など、もともとあった多様なポートフォリオをさらに拡大し追求することにした。おかげで「決して楽とは言えないギリギリ経営」ながらも事業をつづけてこられたという。

未来はあるが「条件つき」

ここで講師から参加者への質問。
「書店に未来はあるでしょうか?」
「ある」と答えた人は半数ほど。福井氏の答えもむろん「ある」だ。だがこれはいくつもの条件がついた「ある」でもある。中でも取り組まねばならないのが「委託販売制度から完全買い切り制度への変更」だ。書店は委託販売だから販売リスクを負わない反面、利益率が極端に低い。「買い切り制」にすることで、他の小売業並みに利益率を上げていくことが必要だ。素人にはぴんとこないかもしれないが、これはようするに「書店も他の商業店舗と同じようにビジネスをしよう」ということだ。参考にしたいのはドラッグストア。
「街の薬屋さんは試行錯誤をした末に現在のドラッグストアへと変貌を遂げました。今ではドラッグストアはコンビニと並んで地域になくてはならないものになっています。書店もコミュニティーや文化のハブとして地域に愛される存在になることができれば生き残っていけるはずです。」
では、出版社に「未来」はあるだろうか。
これには多くの人が「ある」と答えた。コンテンツの制作をしている出版社は紙媒体以外でも事業を展開できる可能性が高いからだ。その鍵を握っているのが「編集者」だ。自身も編集者だった福井氏は「編集者には他の職種にはない仕事の総合力がある」と話す。編集者のスキルである企画力やコンテクスト(文脈)理解力、プレゼンテーション力、コミュニケーション力などは、紙媒体の制作以外の分野にも応用が可能だ。
「ひいひい言いながらも僕がSPBSを運営してこられたのも、編集者としての経験があったからだと思えるんです。」
セミナーの最後は話題の電子書籍。これは出版社にとっては間違いなく「追い風になる」はずだという。iPadやキンドルなどの電子書籍端末はほしいと思った本をその場で買える。アメリカでは読書好きの人たちの読書量が電子書籍の登場で倍になった。ただし、電子書籍は書店にとっては脅威だ。厳しい時代を乗り切るには「買物の場所としての魅力」を高めた付加価値のある店舗づくりが必要となるだろう。
「生き残るのは新しい書店像を追う覚悟がある人たち。いままでの書店は甘やかされてきた。これは当たり前のビジネスの話なんです」
SPBSの「SHIBUYA」という言葉には、地域に根づいた店でありたいという福井氏の思いが込められている。
「書店には立ち寄りたくなる魔力があるし、地域社会を豊かにする力があります。僕の夢は、SPBSのような店があちらこちらに生まれること。暖簾分けでもなんでも、そのためのお手伝いができたらと思っています。」という福井氏の夢に会場からは盛大な拍手が沸き上がり、2012年最後のセミナーは幕を閉じた。

講師紹介

福井 盛太(ふくい せいた)
福井 盛太(ふくい せいた)
合同会社 SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS CEO
1991年 早稲田大学社会科学部卒。ビジネス誌「プレジデント」の編集者を経て独立。2007年に「出版する書店」SPBSを設立。2012年3月SPBS2号店となる「SPBS annex」を渋谷ヒカリエ1Fに出店。出版、書店事業に留まらず、webや雑誌・書籍の編集請負、出店プロデュース、経営コンサルタント事業なども幅広く行っている。編集者・筆者として過去関わった作品に、『KOSHIRO MATSUMOTO』(プレジデント社刊・十文字美信撮影)、『勝利のチームメイク』(日本経済新聞社刊・岡田武史、平尾誠二、古田敦也との共著)、『SWITCH ON BUSINESS』(スイッチ・パブリッシング刊・編集人)、『男前経営論』(野口美佳著/東洋経済新報社刊/編集担当)、『徹底抗戦』(堀江貴文著/集英社刊/編集担当)、『渋谷ではたらく社長の告白』(藤田晋著/幻冬舎刊/編集協力)などがある。SPBSからの発刊物はすべて発行人・編集人を務める。