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イベントレポート

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2013年2月14日(木)19:00~21:00

石川 直樹(いしかわ なおき) / 写真家

いまを生きるという冒険

旅とは何だ?経験とは何だ?世界とは何だ?生きるとは何だ?世界を素手で旅し、未知のフィールドを歩き続ける写真家石川直樹氏。人間の想像をはるかに越えた大自然と地球上のさまざまな人々の営み、そして受け継がれる知恵との対峙のなかにある精神の冒険と想像力の旅についてお話しいただく。

原点は「高校2年のときのインド、ネパール旅行」

さすがは石川直樹氏、と言うべきか。会場のd-laboコミュニケーションスペースは用意した席が足りなくなるほどの盛況ぶり。その椅子がほぼ埋まったところでスタートしたセミナーは、高校2年のときのインド・ネパール旅行から始まった石川氏のこれまでの「旅」を、自身の解説とともに写真や映像で振り返る内容となった。
最初にモニターに映し出されたのは、ネパールの山中での1枚。高校2年の夏休みを利用して一人旅に出た10代の頃の石川氏がそこにはいる。これが旅人・石川直樹の「原点」だ。
「高校生のときにこんな体験をしてしまったので、同級生たちが歩んで行く方向とはずれて行ってしまったんですね」
当時から旅や探検にまつわる本を好んで読み、世界中を写真家や作家に憧れていた。行動に移すのは自然なことだった。その後、20歳のときには憧れていた植村直己氏の足跡を追うようにマッキンリー山に登頂。22歳で北極点から南極点に至る旅「Pole to Pole 2000」に参加。気が付くと、旅をし、写真を撮り、文章を書く、ということが仕事になっていた。
「旅を続けて行くと、いろいろな場所と出会うのです。」
アラスカに南太平洋、「出会った場所」には幾度も通った。ただ旅をするだけでなく、人類学や民俗学の視点から、それらの土地やそこに暮らす人々と向き合った。大学院の修士論文のテーマには南太平洋の島に伝わる「星の航海術(スターナビゲーション)」を選んだ。その間に世界の大陸の最高峰となる山々を次々に登頂。こうした活動や独自の視点が話題を呼び、石川氏は若くして人々の注目を集めることとなる。

エベレストと富士山と

2001年、23歳のときにはチョモランマ(エベレスト)に登頂。本セミナーではこのときの記録映像が上映された。
チベットのラサから始まった旅はチョモランマの麓へ。標高5,200メートルのベースキャンプから標高8,848メートルの頂上までは2か月間かけて目指す。
「ヒマラヤ登山の肝は体力よりも高所順応。あとは好奇心ですね。」
酸素が平地の3分の1しかない超高所では、一歩登っては止まって呼吸をし、また一歩進んでは止まる、といった動きをくり返す。それだけ身体にも精神にも負担がかかる。だから「あそこまで登ったら何が見えるのだろう」という気持ちが大切だという。
驚くのは、登るだけでも大変な世界最高峰の山の頂上からパラグライダーで飛んだり、スノーボードで滑ったりする人たちがいることだ。石川氏は「こういうおかしな人たちが集まるからエベレストは好きです。」と笑う。10年後の2011年にはネパール側からも登頂。山というと神聖なものというイメージだが、エベレストにはどこか「俗」な部分もある。「聖と俗の間の境界の部分をゆらゆらと歩いて行くような、そういう不思議な山」と、石川氏は感じている。
そして富士山。ヒマラヤ登山を控えたとき、石川氏は高所順応の意味も含めて富士山に登る。次のパートでは写真絵本『富士山にのぼる』を著者自ら朗読し、その富士山の魅力を語ってくれた。
「登山をちょっとかじった人は『富士山は登る山ではない』などと言いますが、僕は登る山だと思っています。」
冬の富士登山はヒマラヤ並に厳しい。そして夏はじぐざぐの山道に登山者が列をなす。石川氏は「行列ができる山なんておもしろい。夏の富士登山は、ひたすら歩く。歩いているといろんな思考が頭をめぐる。そうするうちにごちゃごちゃと考えていたことが整理され、この先の道筋が見えてくる」という。もちろん、これは富士山に限ったことではない。石川氏が山に行く理由のひとつがここにはある。
つづいて紹介されたのは、つい10日ほど前に帰国したばかりというアンデス山脈の旅。この旅ではペルーのクスコを出発し、500年前の少女のミイラが発見されたユヤイヤコ山を目指した。写真で見る15歳の少女はまるで眠っているかのように思える。しかしこれは「日本で言えば戦国時代に生きていた女の子」だ。世界にはまだまだ「驚き」が隠されている。その驚きを求めて石川氏は旅を続けている。

フロンティアを求めて

後半は2012年のマナスル登山を映像で紹介。マナスルは標高8,163メートル、世界第8位の高峰だ。こうした8,000メートル級の登山の特徴は「身体をすべて使い果たした感覚になる」ところだ。
「ゼロになるというか、細胞から生まれ変わるような感じになる。この感覚は日常生活や水平方向の旅にはないものですね。」
これが「病みつきになる」という高所登山の魅力だ。
転じて話は、現在追いかけているテーマのひとつである「仮面の来訪神」へ。モニターに登場するのは秋田の「なまはげ」やトカラ列島悪石島の「ボゼ」、宮古島の「パーントゥ」、国東半島の「修正鬼会」など、各地の仮面行事やそこに現われる異形の来訪者たち。
「地理的な空白がなくなった今、どこにフロンティアがあるのか?」
そう考えたとき、石川氏が辿り着いたのが「人間の内面」だった。東北や北陸、九州、沖縄など、各地に残された仮面行事には異質な他者を受け入れる身ぶりが秘められている。
石川氏が追いかけているテーマは他にもある。いま意識しているのは日本に多くある「半島」。そして「エベレストとは何か」ということを、もう一度問い直す取材も続けている。今年3月からはエベレストの隣に聳える世界第4位の高峰ローツェに向かう予定。ここで世界でも珍しい「水平方向から見たエベレスト」の写真を撮るという。
ラスト20分は、カメラや撮影術、登山隊の協力者であるシェルパ、写真絵本、影響を受けた人物、旅の費用などについての質問に対する応答。デジカメ全盛の現在も中判のフィルムカメラを愛用している石川氏の「何枚でも撮れてしまうデジカメと撮れる枚数に限りのあるフィルムカメラでは、世界に対する向き合い方が違う」という言葉が印象的だった。
石川氏の「夢」はシンプルだ。
「いろんなものに出会って驚き続けたい」
出会いと驚きに満ちた旅は未来へとつづく。

講師紹介

石川 直樹(いしかわ なおき)
石川 直樹(いしかわ なおき)
写真家
1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士課程修了。2000年にPole to Poleプロジェクトに参加して北極から南極を人力踏破し、2001年には7大陸最高峰登頂を達成。『CORONA』(青土社)により第30回土門拳賞を受賞。主な著書に『いま生きているという冒険』(イーストプレス)、『全ての装備を知恵に置き換えること』(集英社)、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)などがある。