イベントレポート
2013年3月6日(水)19:00~21:00
遠藤 功(えんどう いさお) / 株式会社ローランド・ベルガー会長
早稲田大学ビジネススクール教授
新幹線 お掃除の天使たち
駅のホームで新幹線を待っていると、列車の前で整列し、乗客に一礼するおそろいのユニフォーム姿の集団を見かけたことがある方も多いのではないだろうか。彼らは株式会社JR東日本 テクノハートTESSEI 、通称≪テッセイ≫でイキイキと働く「お掃除の天使たち」と呼ばれている方々である。彼らのメインの仕事は、車両や駅内の「お掃除」。とても大切で、なくてはならないけれど目立つことのない仕事にも関わらず、多くのメディアに取り上げられ、「最強のチーム」と紹介されている。なぜ彼らは「最強のチーム」と呼ばれるようになったのか。長年、「現場力」についての研究をしている遠藤氏にテッセイの「優れた現場力」を解説いただきながら、働くとは何かについて一緒に考えてみませんか。
世界に通用する「日本の現場力」
昨年、『新幹線お掃除の天使たち「世界一の現場力」はどう生まれたか?』を上梓した遠藤功氏。セミナーではこの本で紹介しているJR東日本テクノハートTESSEI(通称「テッセイ」)をモデルに、「日本の現場力」について語っていただいた。
冒頭は講師の簡単なプロフィール紹介から。大学卒業後、大手電機メーカーを経て経営コンサルタントに転身、現在はコンサルティングとの二足の草鞋といった形で早稲田大学ビジネススクールで教鞭もとっている遠藤氏。コンサルタントとして、また教育者としていちばん関心があるのは「日本企業の現場力」だという。
「日本にはスティーブ・ジョブスのようなすごいリーダーはなかなか生まれない。それなのに日本企業はなぜここまでやってこれたのか。理由は簡単。日本の会社には現場力があるからなんですね。」
日本の現場は「真面目にコツコツやる」。実はこれは世界でも稀だ。一例がトヨタ。高品質の車をリーズナブルな価格で提供できるのは「現場が常に改善に取り組んでいるから」だ。鉄道も然り。山手線のように2、3分おきに電車が来るのも「日本人の生真面目さ」だ。ヤマト運輸の時間指定配達も日本企業ならではのもの。製造業、物流業、流通業、サービス業のどの分野でもそうしたことが可能なのは現場の人間が真面目に働き、知恵を出し続けているからだ。遠藤氏は「現場を大切にして、そこを起点にすれば日本はまだまだ世界で通用します。」と話す。
「現場」が大好き。「現場」に行くと「アドレナリンが出る」という遠藤氏は、これまでに約400カ所の企業の現場を訪ねてきた。そうした中で「おもしろい会社がある」と紹介されて訪問した企業のひとつが、東北・上越新幹線などの車内清掃を手がける「テッセイ」だったという。
現場のアイディアがボトムアップで採用される
最初は「清掃の現場がおもしろいのだろうか」と訝ったという遠藤氏。しかし、東京駅構内のサービスセンターを訪問してみると印象がガラっと変わった。すれ違う人すべてが笑顔で「こんにちは。いらっしゃいませ」と挨拶してくる。新幹線車内での仕事ぶりを見ると、さらにその印象は鮮烈さを増した。
「テッセイ」は1チーム22名の班体制で業務を行なう。プラットホームに新幹線が入線して来ると車内に乗り込み、わずか7分で車内清掃を完璧にこなす。掃除にゴミ集め、忘れ物の拾得、グリーン車の座席のカバー交換、ときには汚物の処理もする。1チーム当たりで1日約20本の列車を担当するというのだから、肉体的にはけっして楽な仕事ではない。新入社員の半分は「1か月以内でやめていく」のが現実だ。だが一方で、長く働く人々は誰もが皆活き活きとしている。
モニターに上映されたのは「テッセイ」を取材したアメリカCNNの「7分間の奇跡」。
番組中、取材されているのはアロハシャツを着たスタッフ。この姿からはとても「清掃員」という呼び名は思い浮かばない。
「実はこれも現場のアイデアで採用されたもの。テッセイではこんなふうに現場の人たちの意見や工夫がどんどん取りあげられているんです。」
このアロハシャツは皇太子殿下の目にも止まり、「駅が明るくなっていいですね」という感想をいただいた。現場の「おばちゃんたち」は大喜びだったという。
夏ならアロハシャツだけでなく浴衣、冬はサンタクロースと、ユニフォームは季節ごとに変わる。掃除道具も自分たちで提案して変えてゆく。ホームで走り回る子供たちがいれば、手作りの新幹線のイラスト入りのポストカードを配って列車待ちの退屈な時間を楽しいものに変えてあげる。授乳室がほしいという要望があれば、親会社のJR東日本を説得してそれを構内につくってもらう。問題があれば解決してしまうこの現場力、こうなるともはや「掃除の会社」とは言い難い。
「規律」と「自由」が現場力を生む
「テッセイがこんな会社になった最大の理由は自分たちの仕事を再定義したからです。」
自分たちの仕事は「清掃」ではなく「お客さまに快適な空間を提供すること」。8年ほど前、JR東日本から赴任した矢部輝夫氏(現専務)の発想からこんな考えた方を持つに至った。それが現場を奮い立たせた。自分たちの仕事の意義や価値を再認識したことでチーム力が生まれた。互いの仕事ぶりを言葉でほめあう文化ができた。一言で言うと「ノリのいい現場」。「テッセイ」に限らず元気な企業にはこの「ノリ」の良さがある。遠藤氏は「テッセイにできるのだから他の会社にもできるはず」と強調する。
「失われた20年の間に日本の大手企業は現場を軽視するようになった。コスト削減を第一に、現場をパートや派遣社員ばかりにした。これでは現場の一体感など生まれません。」
「テッセイ」では最初の一年はパート社員として働くが、その後は試験を受ければ正社員になれる。しかも主任、主事、課長と、管理職にも登用される。40歳を過ぎて入社した女性社員が管理職としてチームを率いる。こうした制度が「現場」をますますやる気にさせる。
一般的に清掃の仕事は3K扱い。パートに応募して来る人たちはそれぞれ事情を抱えて入って来ることも多いという。しかしある女性は、「わたしはプライドを捨てて、ここに来たけれど、ここで新しいプライドを得た」とテッセイでの仕事に誇りとプライドを持っている。これが現場力の根底を支えているのであろう。
現場力のある会社では「規律」と「自由」の両輪がバランスよくまわっている。「テッセイ」で言うならば「7分間の清掃」が規律で、「創意工夫」が「自由」だ。しかもスタッフは皆この「7分間の清掃」の意味をよく理解している。新幹線の緻密な運行ダイヤと本数は、この7分という時間に支えられている。ゆえに現場ではこう考える。自分たちがさらに工夫して時間を短縮すれば運行本数が増えお客さまの利便性も高まる、親会社も利益をあげることができる、と。現場がこんなふうに考える企業は強い。
「ビジョンや戦略は経営者が立てるもの。しかしそれを実現するのは現場です。強い企業はどこもトップダウンのピラミッドとボトムアップの逆ピラミッド、この2つのピラミッドを持っているものです」
講話は約1時間半。残り30分は「ディズニーランドとの比較」や「ノリを継続させる方法」などについての質疑応答、そしてd-laboからは恒例の「夢」について聞いてみた。
「夢はいい現場、すごい現場をどんどん紹介してゆくこと。それで日本の会社が元気になっていけばいいですね。」
失われた20年といわれた中でも、世界で通用する会社が数多く存在する日本。そんな企業を紹介し続けるという遠藤氏の夢に、日本に元気になってほしいという願い込めた盛大な拍手が送られた。
講師紹介
- 遠藤 功(えんどう いさお)
- 株式会社ローランド・ベルガー会長
早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て現職。早稲田ビジネススクールでは、経営戦略・オペレーション戦略論を担当し、現場力の実践的研究を行っている。また欧州系最大の戦略コンサルティング・ファームであるローランド・ベルガーの日本法人会長として、経営コンサルティングにも従事。主な著書「現場力を鍛える」「見える化」(ともに東洋経済新報社)などがある。