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イベントレポート

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2013年3月14 日(木) 19:00~21:00

ランドール・ササキ / 水中考古学者

水中考古学へのいざない

人類は「海」と深い関わりを持ちながら発展を続けてきた。その歴史を探る学問に「水中考古学」という学問がある。これまでエジプト・アレキサンドリアの水没遺跡、3000年以上も前の沈没船、大航海時代の船や、アジアの大型商船、さらには日本の元寇(弘安の役)の際に台風で沈没した船などさまざまな研究の成果を残してきた。水中考古学は世界では一般的な学問であるが、なぜか日本では着目される機会が少なかった。ロマンに溢れる海を舞台にした水中考古学の学史、調査・研究事例、そしてその魅力に迫る!!

水中考古学とは何か?

「アレキサンドリア」シリーズの16回目となる今回のセミナーでは、水中考古学者のランドール・ササキ氏をお招きして、その専門とする「水中考古学」についてのお話をしていただいた。エジプト、アレキサンドリアの水没遺跡調査で人々に認知された水中考古学という学問。セミナー前半はその概要を、後半はササキ氏が取り組んでいる長崎県の鷹島海底遺跡(元寇遺跡)の研究を紹介。耳にしたことはあるが「海に潜って発掘する」ということ以外はイメージしにくい水中考古学の世界について多くを学ぶ貴重な2時間となった。
「水中考古学とは何か。トレジャーハンターが金銀財宝を目的とするのに対し、考古学の目的は昔の人の生活や文化をモノ=発掘品を通して学ぶこと。水中考古学とは、人と海との関係を探る学問です。」
「水中」と名は付いているが、学問の目的自体は普通の考古学と何ら変わりがない。実は「水中考古学」と呼んでいるのは日本だけで、海外では「Nautical Archacology(船舶考古学)」あるいは「Maritaimu Archacology(海事考古学、海洋考古学)」などと呼ばれている。ゆえに対象は「水中」だけとは限らない。かつて海や湖だった場所=地上も調査の対象。海や湖などと関連している遺跡であれば「どこでもいい」。ただ、発掘対象は沈没船が多くなるという。発祥は1960年代。それまでも地中海などで沈没船の発掘は行なわれてきたが、考古学者自らが地上の発掘と同じように現場に赴くことはなかった。これを変えたのが「水中考古学の父」と言われるジョージ・バス氏の研究チームだ。ササキ氏も大学院時代にその薫陶を受けたというバス氏。ここではバス氏が若い頃にトルコで行なったケープ・ゲラドニア遺跡発掘調査のビデオ上映を行った。

重要視されるのは「何を調べたいか」

このとき発掘されたのは紀元前1200年頃の青銅器時代の船。この発掘では船材の他、多くのインゴット(製品化される前の銅の塊)や中近東方面で生産された銅製品のスクラップなどが発見された。そこから、この船が中近東からギリシャに向けて各地の港でスクラップを回収しながら航海していたことがわかった。古い文献資料では当時の貿易船がギリシャから中近東方面に向かうことはわかっていたが、この発掘によって逆の航路-貴族などの権力者の文献ではあまり記載されていない銅製品のスクラップなどを回収し活用する「リサイクル」という庶民的な商い-もあったことが裏付けられた。3000年以上も前の貿易のメカニズムを解明したこの研究は、同時に水中考古学という学問を生み出しもした。
「調査において重要なのは、何を調べたいのかというリサーチクエスチョンです。そこに遺物があるから掘るのではなく、どういう謎を解明したいのか。そういう問題の定義を持って発掘するのが水中考古学なんです。」
例えば、「ギリシャ時代の船の構造を知りたい」、「11世紀の流通のメカニズムを知りたい」、考古学者たちはそうした目的を持って沈没船に向かう。そしてその沈没船については「割と文献資料が残っている」という。というのも海難事故のほとんどは岩礁が多く波の荒い海岸近くで起きているからだ。しかもその90パーセントは水深50メートルまでの浅い場所。たいていは生存者や目撃者がいるし、後になってからも沈没船の積み荷などが漁の網にかかることが珍しくない。それを現代の水中考古学者たちは、サイドスキャンソナーやマルチビーム、磁気探査、ROV(ロボット)などの最新の技術と機材を駆使して「サーヴェイ(調査)」し、場所を特定した上で発掘に臨む。全体の流れとしては、まず「リサーチクエスチョン」で何を調べるかを決め、次に文献資料、歴史資料の「調査」。そして現地での「サーヴェイ」、次いで水中に潜っての「発掘」、「実測」や「遺物整理」、「研究」、「保存処理」を経て「展示」や「出版」に至る。こうした研究に費やす期間は10年、15年とかかるのが当たり前。ニュースになるのは「発掘」だが、実際には「発掘」に費やす時間は研究全体から見れば「点」でしかなかったりもする。
水中考古学の利点は「陸上に比べて保存状態がよい」こと。とりわけ有機物はバクテリアの多い陸上では残りにくいが酸素の遮断された水中ではそのまま残っていることが少なくない。ただし、地上に引き揚げるとすぐに乾いてぼろぼろになってしまう。それを防ぐのがポリエチレングリコールなどの薬品を使っての保存処理だ。スウェーデンの『ヴァーサ号』やイギリスの『メアリー・ローズ号』など、現在展示中または展示が予定されている沈没船にはこうした保存処理が20年、30年という長い時間をかけて施されているという。

水中考古学はただ単に「考古学」と呼ばれるべき

研究者としてのササキ氏の最近の仕事を代表するのが鷹島の海底遺跡だ。ここには13世紀、「弘安の役」で日本に攻め寄せ、「神風」によって壊滅した元の船が数多く沈んでいる。80年代から複数の研究チームが調査をしているこの遺跡で、ササキ氏は2001年から2004年にかけて発掘された木材の実測を行なっている。502件の木材の遺物の内、船材は174件。それをさらに細かく分類し、樹種や工法、文献と照らし合わせることで、元の船団を構成する船が主に大小3種類あること、そしてどのタイプの船が当時元の支配下にあった中国や韓国(高麗)で造られていたかを解き明かした。また、船の構造から台風による壊滅的打撃を受けたのは中国南部で建造された大型船が中心で、海岸に乗り上げやすい平底の韓国船は被害が少なかったのではないかという仮説も得た。
「まだまだ謎は多い。思い込みを排除していろんな角度からアプローチすることが大事かなと思っています。」
ササキ氏は現在、ベトナムの元寇についての調査を実行中。その成果の一部は本年4月16日より開かれる九州国立博物館の『大ベトナム展』で見ることができるという。
夢は「海洋学の先生方と国際的、学際的に幅広く遺跡の調査をしていくこと」。ササキ氏は、本当は自分たちの学問を「水中考古学とは呼んでほしくない」と話す。恩師であるジョージ・バス氏もかねてより「水中で発掘する考古学はただ単に考古学と呼ばれるべきである」とコメントしている。日本はユネスコの水中文化遺産保護条約にも批准していない。海洋国家がはたしてこのままでいいのか、それを考える機会にもなったセミナーだった。

講師紹介

ランドール・ササキ
ランドール・ササキ
水中考古学者
横浜生まれの日系アメリカ人で、高校まで日本で過ごした後、アメリカの大学で考古学、 特に青銅器時代のインダス文明とメソポタミア文明のインド洋交易を中心に学ぶ。大学卒業後、水テキサス A&M大学大学院に進学。そこで、「水中考古学の父」と呼ばれ、アメリカ国家科学栄誉賞受賞者である ジョージ・バス博士の最後の授業を受け、元寇の沈没船で有名な鷹島海底遺跡などの調査に参加し、中国 や韓国の船舶の構造の研究を行う。現在ベトナムの元寇遺跡である白藤江の戦いの考古学プロジェクトの 調査の指揮を取っている。そのほか、執筆活動やウェブサイトなどで日本国内での水中考古学の周知化を 目指す。著書に日本での水中考古学の分野ではベストセラーとなった『沈没船が教える世界史(メディアファ クトリー新書)』などがある。今年はアメリカでも鷹島海底遺跡の研究について執筆した本が出版予定。