スルガ銀行 Dバンク支店

SURUGA d-labo. Bring your dream to reality. Draw my dream.

イベントレポート

イベントレポートTOP

2013年3月19日(火) 19:00~21:00

佐藤 毅彦(さとう たけひこ) / JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙科学研究所・教授

金星探査機「あかつき」の長い夏

地球の「双子星」金星は、膨大な炭酸ガス大気の温室効果により地表は460℃という高温、また惑星全体を一方向へめぐる高速風の存在も地球と大きく異なる。地球と金星、何が二つの惑星をこれほど違う世界としたのか。日本の金星探査「あかつき」は、気象学的手法によりこの問題に取り組む。2010年5月21日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、同年12月の金星周回軌道投入に失敗したものの、2015年末に金星周回軌道入りを成功させるべく、科学者の懸命な努力が続いている。人類の叡智を結集した「あかつき」のこれまでの軌跡、そしてこれからについてお話いただく。

地球と金星は「双子星」

『金星探査機「あかつき」の長い夏』と銘打った本日のセミナー。講師の佐藤毅彦氏はJAXA宇宙科学研究所教授。2010年5月に打ち上げられた金星探査機「あかつき」のプロジェクトでは、搭載されている6つの観測機器の内、赤外線放射を捉えて金星の雲の観測を行なうIR2カメラの開発・運用を担当している。その佐藤氏による講演は3部構成。第1部は『金星ってどんな星?』。2部は『「あかつき」の金星科学』。3部は『「あかつき」の長い夏』。そして最後に「Q&A」という内容で進行した。
金星とはどんな星か。「明けの明星」「宵の明星」と呼ばれ、夜空にひときわ明るく輝くこの星を人類で初めて望遠鏡で観測したのはかのガリレオ・ガリレイだという。約400年前のこの観測で、ガリレオは金星が最大となったときは三日月状で、もっとも小さく見えるときは満月状に見えることを発見した。地球から見て金星が最小時に満月状に見えるということは、金星と地球の間に太陽が位置することを意味している。この時代、すでにプトレマイオスの天動説はコペルニクスや ティコ・ブラーエによって否定されつつあった。ガリレオはこの金星観測によって、あらためてコペルニクスの地動説を正しいと確信するに至る。そういう意味で、佐藤氏は「金星は地球が万物の中心であると妄信していた人間の目を見開かせてくれた記念すべき観測をさせてくれた星」だと語る。
モニターに紹介されたのはガスで形成される木星や土星などを除いた太陽系の主な天体。ひときわ大きいのは地球と金星。佐藤氏によれば「消費税と同じ5パーセント分ほど金星が小さいだけ」で、2つの惑星は「双子星」と呼んでいいという。ただし自転スピードは地球の24時間に対し金星は240日、大気の組成も地球のそれが窒素や酸素が多く炭酸ガスが数パーセントなのに比べると、金星は炭酸ガスが96パーセントと膨大な量を占めている。
「ではどちらが異常かというと、たぶん地球なんです。」
金星の大気の組成はもともとあったものがそのまま残っている。だが地球の場合は太陽からの距離がほどよかったため海ができた。水に炭酸が溶け込み、生命活動を通してカルシウムとなって海底へと沈んだ。そうしてできたのが現在の大気組成だという。

金星版「ひまわり」が「あかつき」のミッション

地球と金星の違いはまだある。自転の向きが逆であることに加え、金星はその全上空を「スーパーローテーション」と言われる秒速100メートルほどの強風が絶えず吹いている。自転速度がわずか時速6キロメートル程度であるのに対して時速360キロメートルもの風がどうして吹くのか。これは「金星最大の謎」だ。そして分厚い雲と炭酸ガスに覆われた地表の温度は摂氏460度。例えて言うなら「ピザを焼く石窯」のような熱い地表を持つ星が金星なのである。こうした金星を、人類は冷戦時代の宇宙開発競争もあって旧ソ連とアメリカが競い合うように観測しつづけてきた。旧ソ連の『ヴェネラ』やアメリカの『パイオニア・ヴィーナス』などの探査機が十数度に渡り金星に接近、着陸し、写真などを送ってきた。が、次第に熱い岩石しかない金星には関心が薄れ、冷戦の集結もあって人類は金星探査から離れていくこととなる。
しかし、最近では地球という天体の成り立ちを知るには兄弟星である金星や火星を知ることが大切だということがわかってきた。日本の探査機「あかつき」もまたそうした流れのなかで生まれたプロジェクトのひとつだ。
では「あかつき」は金星で何をするのか。目指すは「ひまわり」のような金星版の静止気象衛星だ。赤外線カメラや紫外線カメラ、電波発信器などの観測機器を駆使してスーパーロテーションの謎の解明や雷の有無、雲の形成、火山活動の発見などに取り組む。分厚い雲は肉眼では透けて見えないが、実は人間の目が見られる光の波長は0.4ミクロンから0.8ミクロンの「窓」のような範囲でしかない。それより波長の短い光(紫外線)、あるいは長い光(赤外線)の領域を使えば雲の下の大地などを観測することは可能だ。我々が毎日目にしている「ひまわり」の画像は実はこうした技術を利用して撮影されているものだ。「あかつき」もまたこれと同じような装置で金星の謎に挑もうとしているのである。

「長い夏」に耐えつつ周回軌道再投入を待つ

ここで講師の秘蔵映像を公開。入念な手作業による「あかつき」の組み立てや2010年5月21日のH2Aロケットの打ち上げシーンなどを見てみた。「あかつき」はその後半年かけて金星付近に到達。ところが肝である逆噴射による周回軌道入りは失敗に終わってしまう。
「失敗の原因はメインエンジンの異常燃焼と破損。これで『あかつき』ははじき飛ばされ金星軌道の外側に出てしまいました。」
だが、必死のリカバリーで2011年12月には軌道修正オペレーションに成功。現在は2015年の金星との再会合を待っているところだ。それまでの期間、そしてその後予定されている金星周回軌道上での観測は「あかつき」にとっては「長い夏」。地球よりも太陽に近い場所にいる「あかつき」は常に1平方メートルあたり3000ワットという熱を受けつづけている。実験では佐藤氏の担当するカメラも熱による膨張伸縮で壊れてしまったことがあるという。日陰も風もない宇宙ではこの熱に耐えるには「放射」しかない。「あかつき」に限らずこの種の探査機の機体というものは銀色だったり、あるいは金色の樹脂で覆われていたりするものだが、これらを使う主たる目的は「放射」や「保温」。「あかつき」も箇所によってこうした素材を使い分けして「長い夏」に耐えるよう設計されている。
「現在のところ、メインエンジン以外はすべて健康です」と佐藤氏。2015年11月以降に予定される再会合では複数ある姿勢制御用のエンジンを使っての再投入を計画している。
セミナー中は軌道投入失敗時の管制室のビデオも公開。その場には佐藤氏もいたが、失敗に落ち込むスタッフは1人もいなかったという。トラブル発生と同時に「これで終わるわけがない」と誰もが問題解決へと動き出した。研究者たちの高いモチベーションを示すエピソードだ。佐藤氏の「夢」は、そうした仲間たちと「ミッションを成功へと導いてゆくこと」。「2015年の再投入成功の際にはぜひまたd-laboでセミナーを」というリクエストにも笑顔で応えてくださった。

講師紹介

佐藤 毅彦(さとう たけひこ)
佐藤 毅彦(さとう たけひこ)
JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙科学研究所・教授
専門分野は惑星大気圏・電磁圏科学。学位論文では木星の雲層構造の研究、1992年からハワイ・マウナケアのIRTF望遠鏡を用い木星赤外オーロラの研究、現在は日本の「あかつき」やヨーロッパのVenus Express金星探査の一員として、金星大気における雲の構造や大気運動を研究している。次期火星探査の実現を目指し活動するワーキンググループでは、主査を務める。科学教育にもインターネット天文台、星座カメラi-CANなどの開発・活用を通し取り組んでいる。