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イベントレポート

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2013年3月21日(木) 19:00~21:00

小林 啓倫(こばやしあきひと) / 経営コンサルタント

電子書籍による個人出版

昨年末に欧米より電子書籍端末が日本上陸を果たすなど、電子書籍に関する話題が盛り上がっているが、その多くが大手出版社の動向に焦点を当てたものだけ。電子書籍端末の可能性は企業だけに与えられているものではない。個人でも電子書籍を出版し、さらにWebを通じて全世界に販売することができる。すでに欧米では、個人の書いた電子書籍が、大手出版社なみのベストセラーになる例も起きている。このセミナーで、実際の経験をもとに、個人が電子書籍を出版することの可能性について考えてみませんか?

Kindleで電子書籍を出版

今回のテーマは『電子書籍による個人出版』。当セミナーでは自身でもアマゾンの「Kindle」を使いすでに2冊の著書を出版している小林啓倫氏に、「発信するメディア」としての電子書籍についてお話を伺った。
セミナーはまず講師のプロフィールから。小林氏の本業は「経営コンサルタント」。一方、ネット上では「@akihito」として活動し、ブログやツイッターを通じて「仕事で得たネタ」などを発信してきた。それが数年前、出版社の目にとまり書籍を刊行。現在では4冊の単著と3冊の訳書を持つ著者としても活動している。新しいものが出ると「飛びついて何が起きているのか体験するのが大好き」という小林氏。「電子書籍による個人出版」も持ち前の好奇心が原動力となった。
小林氏が利用したのは昨年11月にサービスが始まった「Kindle」。世界最大の書店であるアマゾンをプラットフォームに持つ「Kindle」には「キンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)」という個人出版をサポートするサービスがあり、誰でも自分の書いたものを「Kindle」の書籍としてアップロードし、アマゾンで販売できる。小林氏はこれをさっそく使い、『3Dプリンタの社会的影響を考える』という本を出版。「電子書籍を個人で出版する」とはどういうことか、身を持ってそれを実践、体験した。今回のセミナーでは、見方によっては広がりを持たせることもできる「電子書籍」をこの「Kindle」のような専用端末を用いるものに限定して定義。それに沿って講義を進めていただいた。

電子書籍というメディアの特性を考える

前半は「メディアとしての電子書籍」について。「メディア論といえば」と講師が例に挙げたのはメディア論の権威であるマーシャル・マクルーハンが残した “The medium is the message.(メディアはメッセージ)”という言葉。電子書籍というメディアはどういうメッセージを発するものなのか。小林氏は「答えは1つでなく、この先どんどん変化していく」と話す。人が他者とコミュニケーションをとるには、対面の他に、手紙や電話、メールなどの方法がある。ネット上でも細かく分ければツイッターやフェイスブック、LINE(ライン)などさまざまなメディアが存在する。「どのケースでどのメディアを使うか」は大事な要素。電子書籍もその特性をよく理解して出版することが、とくにビジネスとしての出版の場合は成功への鍵となる。
電子書籍は「デジタル」と既存の「書籍」を組み合わせたもの。実はこの両者には相反するような概念がある。従来の書籍は、内容においては「網羅的」で、出版点数としては「限定的」、刊行までは「時間をかけて」作られるのに対し、デジタル(ウェブ媒体)には「断片的」だが「いますぐ」公開できて、「さっと読む」ことができるといった特性がある。これら対立する概念をいかにうまく組み合わせるか。ここではMITの研究者が書いた『機械との競争』、元は無名の主婦だった作家マリー・フォースの手によるベストセラー恋愛小説『The McCarthys of Gansett Island』シリーズなど、アメリカで成功した事例を紹介。「より早くより多くの人に読んでもらえる」、「無名の人でも作家デビューが可能」、「書店で手に取りにくい本でも電子書籍なら買いやすい」といった電子書籍ならではの特性を確認してみた。

電子書籍の社会的影響とは?

では「電子書籍の個人出版」とは実際にはどんなものだろうか。セミナー後半は「『3Dプリンタの社会的影響を考える』ができるまで」と題した講師自身の体験談を聞いてみた。この本の作業の流れは大別して以下の6段階。「①ネタを選ぶ ②書く ③プレビューする ④アップロードする ⑤公開を待つ ⑥販売レポートを見る」ここでとくに大切なのは「ネタ選び」だ。公序良俗に反するものでない限り、何を書いても自由な電子書籍とはいえマーケティングは重要だ。そこで小林氏は自分のまわりの人たちが何に興味を持っているか、SNSの会話などでチェックしてみた。すると多くの人が3Dプリンタに関心を抱いているとわかった。
「僕が恋愛小説を書いても誰も買わない。でも3Dプリンタならみんなの会話の流れに乗れるなと思ったんです。」
それにプラスして内容が散漫にならないようにテーマを「社会的影響」に絞った。狙いは見事的中。公開4日で100ダウンロード。現在では2,000ダウンロードを超えたというから個人出版としては上々の出来だ。
一方で「個人出版」の大変さもわかった。これまでの出版社を通じての出版と違い、今回はすべて自分1人の作業。著者は本文を書けばそれでいいというわけではなく、編集をし、校正をし、表紙をデザインし、商品説明のコピーも書かねばならない。アップロードに際してシステム上の不具合もチェックし修正する必要があるし、値づけも自分で考えなければいけない。こうしたことを1人で出来る人は「スーパーマン」。電子書籍の個人出版が今後一般の人の間に広がってゆくかどうかは、それを支援するサービスやツールがどれだけ出てくるか次第といったところがある。
これから大量に出版されることが予想される個人の手による電子書籍。講義の終盤ではそれが社会にどんな影響が与えるか、「拡張」「回復」「衰退」「反転」といったキーワードからなるマクルーハンの「テトラッド」を引用して考えてみた。「拡張」するのはブログなどとは違うまとまったものを「執筆するという行為」。「回復」するのはSNS上での読書会など本を介した「コミュニティー」。「衰退」の部分は紙の「新書」。電子書籍はその特性上、これまで新書が担ってきた役割の多くを果たすと考えられている。そして「反転」は「ペイウォール(有料の壁)の定着」。大半が有料である電子書籍の普及は「無料」が当たり前のウェブ上に「有料の壁」を作り、それが情報格差を生み出すかもしれない。これは考えるべき問題だろう。
最後に講師が参加者に提示したのは、「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである」というパソコン開発の先達であるアラン・ケイの名言。電子書籍は未来を見せてくれるツールとなってくれるはずだ。
語学が好きという小林氏の夢は自分が読みたい海外の本を訳すこと。今後、翻訳者としてもさらなる活躍をされていくに違いない。 

講師紹介

小林 啓倫(こばやしあきひと)
小林 啓倫(こばやしあきひと)
経営コンサルタント
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にて経営学修士号を取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業を経て、2005年から国内コンサルティングファームに勤務する。著者に『AR―拡張現実』、『災害とソーシャルメディア』(マイナビ)、訳書に『ウェブはグループで進化する』(日経BP)など多数。個人ブログ「POLAR BEARBLOG」は2011年度のアルファブロガー・アワードを受賞している。