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イベントレポート

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2013年5月30日(木) 19:00~21:00

土屋 智哉(つちや ともよし) / Hiker’s Depot オーナー

ウルトラライトハイキング
Hike Light, Go Simple

新緑の季節、自然の中を軽快に歩きたくなることはありませんか。風の音を聞き、草の香りをかぎ、山々を眺める。湧き水でいれたコーヒーを楽しみ、星空を眺めて、大地に眠る。数千キロにおよぶロングトレイルを歩くハイカー達の知恵からうまれた「ウルトラライトハイキング」。軽くシンプルな道具を携え、体に負担をかけることなく歩いてゆく。老若男女問わず歩き続けるための思考と方法がここにあります。「禅」スタイルともいわれるそのハイキングスタイルと背景などを、自らも3度のロングトレイルを経験した土屋氏にスライドを交えてご紹介いただきます。山歩きの素晴らしさを再発見しにきませんか。

ロングトレイルを歩くためのハイキングスタイル

 普段は三鷹で「山道具屋」をやっている土屋智哉氏。学生時代は探検部に所属していた山歩きのエキスパートだが、自らは「プロの登山家ではない。山登りが好きなみなさんと変わらない人間です。」と語る。
「ではどうして今日この場に立っているかというと、私のやっている山歩きが耳鳴れないものだからです。」
 冒頭、見せてくれたのはパッドもフレームもない重さ200グラムの「ウルトラライト=超軽量」なザック。土屋氏はこの軽いザックに、やはり軽い荷物を詰めて山歩きをしている。これが「ウルトラライトハイキング」だ。
「このウルトラライトハイキングと密接に関係しているのがロングトレイルです。」
 モニターには、赤、青、緑の線が入ったアメリカの地図。西海岸とその東側、そして東部側の南北に走る線はアメリカの山岳地帯を行く「ロングトレイル」を指す。赤い線は西海岸のパシフィック・クレスト・トレイル、青は中央分水嶺を行くコンチネンタルディバイド・トレイル、そして東海岸の緑色の線がアパラチアン・トレイルだ。どれも距離にして約3,000キロメートル。南はメキシコ国境、北はカナダ国境に達する山の道だ。アメリカのハイカーたちは、学生生活の最後や転職の合間、仕事をリタイアしたときなどの人生の節目に、パーソナルな冒険としてこうしたロングトレイルを4~6か月ほどかけて歩く。途中の道は登山道だけではなく、車道やジープロード(林道)もある。休息や食料の補給に町にも下りる。感覚的には「山歩きを中心とした歩き旅」。日本で言うと、信仰的な意味あいこそないが四国のお遍路さんに近いものだという。歩くのは、ごく普通の人たちが中心。なかにはハイキング未経験者も少なくない。
「これだけの長い旅ですから、当然荷物は軽くて少ない方がいい。重い荷物でスタートした人も、何が必要かわかってくるとだんだんと荷物が減ってきます。」
 かわってモニターに映し出されたのは1960年代の白黒写真。写っているのは木の枝の杖を持ち、肩に頭陀袋(ずだぶくろ)を背負った「グランエマ(エマおばあちゃん)」。女性で初めてアパラチアン・トレイルを踏破したということで有名な彼女は、わずか10キログラムの荷物をこの頭陀袋に入れて旅をした。現代のハイカーたちも彼女のように荷物をシンプルにして旅をするのが主流だ。足もとも重たい登山靴ではなくてスニーカー、中にはサンダルで歩く人もいる。土屋氏もロングトレイルを歩く際は装備を徹底的に切り詰める。アメリカは日本と違って基本的に山小屋というものがない。宿泊は当然キャンプとなる。日本の登山だとキャンプ泊での荷物は20キログラム以上が当たり前。それを「3、4日分の食料込みで最大12~13キログラム」に抑えるというのだから驚異的だ。

ウルトラライトハイキングという「考え方」

 ここでザックの中身を紹介。取り出されたのはトレイルランニング用の軽量シューズやテントがわりのタープ、背中の部分のマットを取り除いた寝袋、防寒具、雨具、小型の調理器具に固形燃料、浄水器、道具の修理キット、医療品、着替え、虫除けネットなど。さらに荷物を減らしたいハイカーとなると調理道具ははぶいて食事はすべてサンドイッチなどの「コールドミート」で済ます人もいるという。むろん、火を使えば米も炊けるしコーヒーも飲める。実際、これだけの道具があれば「困ることはない」という。「ウルトラライト」とはたんなる軽量化を意味するのではなく「考え方」の問題。いかに持ち物にシンプルにするか。それはどこか日本の侘び寂び的な世界にも通じるし、山歩きにかかわらず日常の生活にも応用できる考え方だ。
 道具の紹介がひととおり終わったところでいったん質疑応答。アメリカというと気になるのは治安。参加者の問いに「山の中に関して言えばアメリカの方が日本よりも治安はいいと思います。」と土屋氏。気を付けねばならないのは人よりもむしろクマなどの動物だ。日本だと半ば習慣化しているテント内での食事はアメリカでは御法度。テントに食べ物の匂いをつけないためにも食事は離れたところで行ない、残った食料もやはり遠くの木の枝などに引っ掛けて保存するのが原則だ。アメリカは自然保護の国。野生動物の保護のためにこうしたルールは徹底されている。

ハイカーの視野を広げてくれるロングトレイルの旅

 アウトドアショップを営む土屋氏は山歩きのアドバイザーでもある。セミナー後半は、その土屋氏がこれまでに歩いて来たフィールドを観賞。奥秩父や八幡平、西表島など、さまざまな景色を持つ日本の自然、そしてロングトレイルについて解説していただいた。
「お花畑の写真、これはコロラドですね。」
 ロッキー山脈を行く「コンチネンタルディバイド・トレイル」の中の「コロラドトレイル(全長約600キロメートル)」は花がきれいなことで有名だ。途中にはロハスの発信地として知られるボールダーの町もある。そのトレイルを、うねうねとした山道がつづいている。アップダウンが少ない山道は、日本の縦走路などに比べると歩きやすい。
「コロラドだけでなくアメリカの山道は合理的。日本の縦走路は稜線伝いに通してあるけれど、アメリカの場合はその下に山肌に道をつけて、尾根を見あげながら行きます。」
 目にする景色はいかにもアメリカ的な広大なものが中心。が、中には日本の北アルプスを思わせる岩稜地帯の縦走路などもあるし、それこそ奥多摩かと見紛うような林の間を行く道もある。ロングトレイルはこんなふうにさまざまな顔を見せてくれる。車道やジープロードの移動もここではハイキングの一部。日本の登山だと興醒めしてしまう舗装路も、それも計画の一部と考えれば「視野を広げてくれる」。ロングトレイルの旅を楽しむには既成概念を捨てること、これがポイントだ。
 コロラドの次は登山道だけが延々300キロメートルつづくヨセミテ国立公園のジョン・ミューア・トレイル。岩山に囲まれた谷を行く道はハイカーの憧れだ。土屋氏いわく「アメリカの中でもスペシャルな1本」。しかも「誰でも歩ける」というのだから嬉しい。
 アメリカのロングトレイルに遠征しながら、日本の山にも愛着を持つ土屋氏。夢は「地元の山である奥多摩か奥秩父に山小屋を持つこと」。登山ブームの一方でマイナーな山には廃棄されている小屋や道がある。山文化を守るためにもぜひとも実現してほしい夢だ。

講師紹介

土屋 智哉(つちや ともよし)
土屋 智哉(つちや ともよし)
Hiker’s Depot オーナー
古書店で手にした「バックパッキング入門」に魅了され、大学探検部で山歩きをはじめる。都内アウトドアショップのバイヤー時代にアメリカでウルトラライトハイキングに出会い、傾倒していく。2008年に三鷹にウルトラライトハイキングとロングトレイルをテーマにした専門店「ハイカーズデポ」をオープン。自らも2008年、2011年、2012年に北米のロングトレイルを歩いている。