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イベントレポート

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2013年7月4日(木)19:00~21:00

岡本 健(おかもと たけし) / 奈良県立大学地域創造学部講師

「コンテンツツーリズム」から見えるもの

映画のロケ、大河ドラマ、マンガ、アニメなどのコンテンツを通じて醸成された地域固有のイメージに「ストーリー」や「テーマ性」を付加し、それを観光資源として活用する「コンテンツツーリズム」。近年はこうした地域を巡る「聖地巡礼」と言われる観光行動が活発化を見せている。なぜいま「コンテンツツーリズム」が流行り始めたのか。5年以上前からコンテンツツーリズムのフィールドワークを行ってきた岡本氏に「観光」と「コンテンツ」が出会うことで生まれる新たな地域形成の可能性についてお話いただきました。

「アニメ聖地」の可能性

 アニメやマンガ、映画などを観光振興に使う「コンテンツツーリズム」。観光研究を専門としている岡本健氏がこのコンテンツツーリズムと出会ったのは、大学院在学中の2008年のこと。当時の岡本氏は修士課程の2年生で、それまでは修学旅行を研究対象としていた。それが「アニメ聖地」として賑わっていた埼玉県の鷲宮町(現・久喜市)を訪ねたところ、「めちゃくちゃ楽しい空気」になっていることに驚いた。
「鷲宮は人気アニメ『らき☆すた』の舞台となった町です。鷲宮神社をはじめ登場するのは実在の場所ばかり。行ってみると、ファンの人も地域の人もみんなとってもいい笑顔をしている。こんな観光地があるのか……と思いましたね。」
 たんなる観光振興を超えた可能性を感じ、研究対象を「アニメ聖地巡礼」に切りかえた。博士論文では『らき☆すた』の久喜市鷲宮と、同じく人気作品『けいおん!』に登場する滋賀県豊郷町を主に取りあげて、アニメ聖地巡礼について観光社会学の観点から分析をした。卒業後の現在は奈良県立大学に勤務し、メディア・コンテンツ論、メディア産業論の授業を担当。現場をフィールドワークしつつ研究を進めている。
「今日は私が研究している情報化社会と〈アニメ聖地〉を通してみるこれからの観光のありかたについてお話ししたいと思います。」
 セミナーの参加者の中にはアニメに詳しい人もいればそうでない人もいる。まずは理解を深めるために、セミナーの前月に北海道の洞爺湖で開催された『TOYAKOマンガ・アニメフェスタ2013』の模様を写真で紹介。そこに登場するのはさまざまなアニメのキャラクターに扮したコスプレイヤーたち。4年前にはじまったこのイベントは、観光客の減少に苦戦していた湖岸の温泉街にふたたび人を呼び込むこととなったという。
「最初の年は3,000人だったのが、今年は4万9,000人。集まるのはコスプレイヤーの人たちだけではありません。それを見に来る一般の人たちも大勢います。」
 コスプレの楽しみのひとつは写真撮影。普段は屋内や限られた空間でしか撮影のできないコスプレイヤーにとって、洞爺湖畔のかなりの広範囲で自由に撮影ができるこうしたイベントは貴重だ。撮る側も撮られる側も「いい笑顔」ばかり。「オタク」と呼ばれているアニメファンの人たちは、言うならば小さな「島宇宙」の住人。同じ趣味を持つ者同士は交流しあうが、そうでない人たちとはなかなかつながる機会がない。が、「アニメ聖地」に来れば自分以外の他者と接することになる。そこには同じ趣味を持つ仲間だけではなく、地域の人たちがいる。ここに「アニメ聖地」の特殊性と可能性がある。

個人の情報発信から「聖地」が生まれてゆく

 ではなぜ、「アニメ聖地」が生まれるのか。背景としてあるのは「アニメ産業の現状」と「メディアコミュニケーション」の2つ。かつては旅行情報を調べる際の「御三家」といえば「家族や友人の話」、「ガイドブック」、「旅行会社のパンフレット」だった。が、2008年以降、1位はインターネットが占めるようになった。と同時に、ネットは自己表現のできるメディアとしても普及し、とりわけ「誰かがつくったものからどんどん創造行為を伝播していく『n次創作』が盛んに行なわれる場となった。そこでは個人が自由に表現をし、情報を発信できる。「旅行情報」もまた例外ではない。一方、最近のアニメは「日常」を舞台にした作品が多くなってきている。そこには背景としての普通の町並が大量に必要となる。リアリティのある日常の風景画をまったくの空想で描くのは大変な作業だ。そこで制作会社は実際の風景を写真に撮っては絵におこすといったことをつづけてきた。それらの多くは有名な観光地などではなく、どこにでもあるような地方都市が中心。これがファンには気になる。
「アニメファンの中には、そこがどこだかわからないと気が済まない人がいるんです。」
 岡本氏が「開拓的アニメ聖地巡礼者」と呼ぶこうしたファンたちは、手段を尽くして舞台となった土地を見つけ出してみせる。そしてそこに行き、情報をネットにアップする。するとそれを見たほかのファンたちがまたそこへ行く。こうやって「アニメ聖地」が生まれてゆく。その中にはもちろんコスプレイヤーもいるし、外装をアニメのキャラクターで彩った「痛(いた)車」と呼ばれる車で乗りつけて来る人もいる。神社の絵馬はアニメのキャラの絵が入ったものばかり。アニメを知らない人から見たら何でもない場所で記念撮影をする人が出てくる。地元の人たちから見ればさぞかし奇異に映ることだろう。事実、「アニメ聖地」の中には地域の人との間でトラブルになった事例もあるという。ただ、鷲宮や豊郷町のようにそれをきっかけに地域振興につながるケースも多い。
「アニメファンの人たちはマナーがいい。地域の人たちに迷惑をかけないように自分たちでルールをつくって守っているんですね。」

「違っている他者」とつながるハイブリッドなネットワーク

 アニメ聖地巡礼者が普通の観光客と違うのは「表現」をするところ。おもしろいことにファンの人たちは自分の持っているフィギュアなどを「聖地」に置いていったりする。舞台となった場所にセットをつくって場面を再現する。こうなると、通常はホストが用意する「観光資源」をゲストが創り出していることになる。そして地域の人たちもこれに応えて作品世界に寄りそったお土産物を用意したりする。それを何種類もつくり、地元の商店に割りふって販売する。ファンの若者たちは「コンプリート(完全に揃えること)」めざしてすべての店をまわる。当然、そこでは会話が交わされる。地域の商店主と他県や他の町から来たアニメファンの若者。普通に生活していたらまずつながらない者同士がつながる。祭りやイベントでは、両者が協力しあって運営に関わる。最初は「アニメが好き」だけで来ていた人が、そこで生まれたハイブリッドなネットワークを大切にしたいと、ついには移住に踏みきるといった話も聞く。価値観が多様化した今の時代、このように「自分を肯定してくれる場所=精神的な拠り所」を持てることは若者にとって幸せだ。岡本氏はここにコンテンツツーリズムの大きな可能性を感じている。舞台となった土地への影響が2年程度しかない大河ドラマなどに比べると人気アニメの息は長い。最近は自治体もこれに着目し、アニメ作品へのタイアップを積極的に考える市町村が増えてきたともいう。
「本当はコンテンツはアニメに限らず何でもいい。コアとなるのは興味や関心、楽しさ。これを元に人々にとって良い関係性ができればと願っています。」
 そう語る岡本氏の「夢」は、「価値観が異なる他者と協力して楽しいことができる日本になったらいい。」
「アニメ聖地」は、まさにそれを実現してくれる空間だろう。

講師紹介

岡本 健(おかもと たけし)
岡本 健(おかもと たけし)
奈良県立大学地域創造学部講師
1983年 奈良県生まれ。北海道大学文学部で認知心理学を専攻した後、2007年4月より北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻で観光研究を開始し、博士後期課程修了。2008年に有名アニメの聖地である埼玉県久喜市鷲宮を訪ね、コンテンツツーリズムの研究を開始する。代表的な著作として『n次創作観光―アニメ聖地巡礼/コンテンツツーリズム/観光社会学の可能性』(NPO法人北海道冒険芸術出版)がある。