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イベントレポート

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2013年9月24日(火)19:00~21:00

松浦 正浩(まつうら まさひろ) / 東京大学公共政策大学院特任准教授

「交渉」とは何か

「交渉」というと、大企業の合併や政府間の外交など、自分とは縁のないことだと思っていませんか。しかし、「交渉」を「二人以上の人間が未来の事柄について話し合いで取り決めを交わすこと」と定義すると、身の回りの問題から国際関係まで、使われる場面は幅広くなります。今回のセミナーでは、外交交渉から家族のモメゴトまで「交渉」に共通することがらを研究する松浦正浩氏をお招きし、ハーバード大学から広まった「交渉学」について、シミュレーションを通じた体験演習を交えながら、毎日の「交渉」を円滑にすすめるコツをお話しいただきました。

「とにかく勝つゲーム」で「社会の縮図」を体験

「交渉とは、実はみなさんが毎日誰かを相手にしていることです。今日のセミナーではそれにちょっと枠をはめて説明してみます。今までボーッと見ていたものに補助線を引くようなものだと思ってください。」
 松浦正浩氏のこんな言葉から始まったこの日のセミナー。まずは「中身の話に入る前に演習を」ということで、参加者全員によるゲームが行われた。ゲームの名は「とにかく勝つゲーム」。4人1組となって10回連続でXとYのカードを出しあう。その組み合わせによって得点が加算されたり引かれたりする。基本として話しあいはなし。ただし、途中に3回あるボーナスラウンドでは1分間の交渉が許されるというものだ。めざすは数十名の参加者の中での頂点。「あくまで私利私欲を追求してください」と松浦氏。結果はというと、最高点は49点。0から上のプラスになった人が約半数。残りの人はマイナスの点しかとれなかった。講師によれば、これは「社会の縮図」を体験するゲームだという。
「実は全員が協力してYを出しつづけていれば全員が25点をとれて、そこそこポジティブな社会になる。だけどお互いに出しぬこうとするとそれよりはるかに悪い、世智辛い世の中になる、ということですね。」
 そうしないためには法律や制度が必要。国のような大きな組織でも個人の家庭内の問題でも、放っておくと人間は自分の立場ばかり主張して身勝手になるし、揉め事がおさまらない。そこで生きてくるのが「交渉」だ。

「立場」の背後にある「利害」を見る

 もともと都市や環境の問題などに取り組んでいた松浦氏がこの「交渉学」について学びはじめたのは90年代半ばのこと。
「当時話題になっていたのは長良川河口堰の問題や阪神淡路大震災の復興事業。共通していたのは、どちらも反対派と賛成派に割れてもめていることでした。仲良くやるには、やはり交渉が大切だなと感じたんです。」
 そこで「交渉」をキーワードにマサチューセッツ工科大学に留学した。学んだのは「研究というよりは実学としての交渉学」。ハーバード大学から始まった「交渉学」は、「あらゆる〈交渉ごと〉について検討する学問」であり、対象は国家間の外交交渉から家庭問題までと幅広い。中にはスポーツ選手や芸能人の契約交渉や企業の苦情処理、迷惑施設の立地にともなう話しあいなども含まれている。基本的には「非常に冷徹」かつ「合理的」なゲーム理論。実学ゆえ学ぶ側は「交渉のスキル」を磨くのが勉強となる。それはたとえて言うなら「自動車の運転に似ている」という。
「学習して身につける人もいれば、本能的に上手な人もいる。失敗から学ぶところも車と似ています。」
 ここで、たとえ話としての「オレンジの話」。子どもの姉妹が1個しかないオレンジを取りあって互いに譲らない。「2つに分ける」、「ジャンケンで決める」と解決策はいくつかあるが、いちばんいいのは「何でほしいの?」と理由を聞くことだ。オチは「妹は実が食べたくて、姉はケーキを作るのに皮がほしかった」。一見、立場のぶつかりあっている両者でも、利害に着目すれば「Win-Win」になるという見本だ。実際に第三次中東戦争の際などはシナイ半島を巡って譲らないエジプトとイスラエルをアメリカがこうした方法を用いて停戦に合意させている。
「クラッシュの背後にある『なぜ』を考えれば交渉や合意はうまくいく。大事なのは両者の利害を満足させることですね。」

交渉に不可欠な「BATNA=代替案」と「ZOPA=合意可能領域」

セミナー後半は「交渉における基本的な物の考え方」。ひとつめは「BATNA(バトナ)=不調時対策案)」。これは“Best Alterative to a Negotiated Agreement”の略。日本語に訳すと「もしこの交渉を成立させなかった場合に取り得る対策案、代替案のうち、最も大きな満足をもたらしそうなもの」。
具体的に言うなら、新規出店するためにある物件を借りようと不動産会社と交渉する場合、もしそれが借りれなかった時のことを想定し、あらかじめ別の物件を代替案として用意する・・・その用意した別の物件が「BATNA」だ。取引先との交渉でも物の売り買いでも、二者間の交渉の場合、たいていはお互いに「BATNA」を持っている。「BATNA」は「交渉妥結の判断材料」であり「感情的判断を避けるための手段」である。そして自分に対しては「判断の合理性を示す材料」であり、相手に対して「脅しの材料」でもある。相手の「BATNA」がどの程度のものか、交渉ではそれを探りあう。先にでた新規出店の賃料交渉を例とするならば、貸し手のBATNAが50万円、借り手のBATNAが60万円だとすると、貸し手は50万円以下では貸さないし、借り手も60万円以上で借りることはない。両者が合意する領域は50万円~60万円で、貸し手のBATNA(50万円)よりもよく、かつ同時に、借り手のBATNA(60万円)よりも良い条件となる。この「合意可能領域=ZOPA(Zone of Possible Agreement)」内にある条件のなかから、両者が合意する条件が一つに定まっていく。(どれに定まるかは交渉駆け引き次第)。ただし相手のBATNAを読みちがえてあまりに強気のファーストオファーを出したりすると、交渉駆け引きを通じて「ZOPA」の中に合意条件を見出すことができずに合意に至らないことも多い。こうして破談となる交渉は「世の中に数多ある」。
もっとも「ZOPA」がなくて合意できなさそうに見える状況でも解決の手段がないわけではない。議題がひとつしかない「配分型交渉」ではなく、条件を増やす「統合型交渉」に変えれば解決策が生まれたりする。企業が下請けに仕事を発注して、双方が提示する金額がどうしても折り合わないといった状況を想像してみよう。発注側は「この金額でお願いしたい」と言い、受注側は「それでは安い」としぶる。金額だけの交渉ではうまくまとまりそうにないこのようなケースの場合、そこに「納期」などの別の条件を加えてみるといい。すると、実は発注側は「金額」よりも「納期」を重視していることがわかったりする。となれば、受注側は「納期は早くするから金額は下げないでほしい」と交渉することができる。取り引きの第一段階で提示する見積もりの「金額」は、交渉学的に言うとそれぞれの原則的な「立場」を示している。だが、お互いの「利害」はこの「立場」の「背後」にあったりするものだ。その背後に存在している相手が本当に求めていること、あるいは譲れないことを、「納期」などの条件を加味し探っていくことで「ZOPA」の光明が見えてくることもある。こんなふうに複数の条件の間でお互いに譲りあって満足度をあげることを「パレート効率性」と言う。統合型交渉はこの「パレートド効率性」をあげるためのもの。ひとつの条件だと行きづまってしまう交渉も条件を増やしてパイを大きくすれば打開できる可能性がある、ということだ。
「世の中というのは、短期的な関係なら出しぬいたりだましたりする者が勝ったりもしますが、長期的な共存の場合はどうしても協力が必要となる。そういうときはやはり立場の違う者同士でも合意の道筋を見つけなければならない。家でもお子さんが争っていたら、まず『なぜ?』と聞いてみることですね。」
 松浦氏の「夢」はこうした「交渉学」の考えた方を広めて「世の中の無駄な交渉」や「無駄な駆け引き」を減らすことだ。
「そうすればみんなの満足度が高まるし、仕事にかかる時間も減る。余暇が増えて家族とすごす時間や自分の時間が確保できる。そういうみんなが幸せな社会にしたいですね。それが交渉学を教えることの究極の目的です。」

講師紹介

松浦 正浩(まつうら まさひろ)
松浦 正浩(まつうら まさひろ)
東京大学公共政策大学院特任准教授
東京大学工学部土木工学科卒業。(株)三菱総合研究所研究員、マサチューセッツ工科大学都市計画学科Ph.D.課程等を経て、2008年10月より現職。専門は合意形成論、都市環境政策、最大限の 相互利益をもたらす交渉と利害調整の方法論、持続可能なガバナンス、社会規範と制度の交錯に関する研究。主な著書に『実践!交渉学:いかに合意形成を図るか』(筑摩書房)『Localizing Public Dispute Resolution inJapan』(VDM、2008)、『コンセンサス・ビルディング入門』(共訳、有斐閣)ほか論文多数。
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