スルガ銀行 Dバンク支店

SURUGA d-labo. Bring your dream to reality. Draw my dream.

イベントレポート

イベントレポートTOP

2013年9月26日(木)19:00~ 21:00

楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう),塚田 有一(つかだ ゆういち) /

響会
季節と音を巡る旅「月しろ」

日本の遺したい音を保存し、楽しみ方を皆さんにお伝えしている音遺産プロジェクト。その音遺産プロジェクトが主宰する「響会」という音を五感で楽しんでいただくイベントをd-laboで2回連続でお送りする第一回目。初回のテーマは秋ということで「月」に因んで「月しろ」。月しろは「月代(白)」と書きますが、月そのものではなく、月の光が届く範囲や月特有の目に見えない力などをいう。楠瀬誠志郎氏が月のイメージで選んだ2種類の音を聴き比べ、それに合わせて塚田有一氏に花を生けていただいた。

昔からすばらしい聴覚を持っていた日本人

 セミナーの開催は中秋の名月からちょうど1週間後。会場中央のモニターに映し出されているのは、その中秋の名月の拡大写真。d-laboでは初となる「響会」は、「僕たちは音のない世界では一秒たりとも過ごすことなく生きている生物です」という楠瀬誠志郎氏の挨拶から始まった。
「人間はおかあさんのおなかにいるときから音を感じているし、寝ているときも聴覚は研ぎすまされている。とくに日本人の聴覚は鋭いです。」
 そんな日本には「ものすごく昔からいい音が残っている」。そうした音にはきっと意味がある。だからこそ消えずに残ってきた。そこを「あぶりだしてみる機会をどうしてもつくりたくて始めたのが『響会』なんです」と楠瀬氏。9回目となる今回の「お響きがき」は「一月寺(いちがつじ)」。千葉県松戸市にある日蓮正宗の寺院に吊るされていた「月国の鐘(げっこくのかね)」。開山時は禅宗の寺だったというこの寺の鐘の音を全員で聴いてみた。
 静まりかえった会場に、鐘の音が響く。間隔を置いて鳴りつづける鐘の音にまずは身を委ねる。近くで聴くというよりは、遠くで鳴る鐘の音を聴くといった風情。「ごーん」よりは「ふぁーん」。「聴く」と同時に音を「感じる」。静かに、音と向き合う時間は約3分半。だが実感としてはもう少し長い。音が、時間の流れを大河のそれのようにゆっくりさせているような印象を受ける。
「非常にかっこいい音ですね。耳で聴いちゃ駄目です。肌で聴いてください。」
 今聴いたのは、「夜7時以降の鐘の音」。実はこの鐘の音には「秘密が隠されている」という。それは日中と夜とでは音が違うということ。
「日中は音がひとつしか出ないのに、夜になって気温が下がると音がふたつ出るんです。」

「月しろ」をテーマに花を立てる

 一月寺の鐘の「不思議で魅力的」な音色。ではなぜそんな音が出るのか。松戸市が調べてみたところ、実はこの鐘は二重構造であることがわかった。「コップの上にもうひとつコップを重ねた」ような鐘は他では見られないものだ。だが、こうした構造にすると普通はもっといろいろな音が発生してしまう。それを当時の職人は間に赤粘土を貼ることで吸収する構造とした。残ったのはドレミファの音階で言うなら「ファ」と「シ」に当たる音。この鐘を造った職人がいかに優れた感性と技術を持っていたか。これもまた日本人の「聴覚」のすばらしさを表わすものかもしれない。
 もう一度聴いてみる。知識が加わったせいか、ふたつの合わさった音がよく聞こえる。参加者の女性からは「銀の糸のような音」という感想が。楠瀬氏は「やっぱり」とうなずきながらも、「正直言うと、僕のファーストインプレッションは〈こわい〉だったんです」と応える。ただ聴いているうちに「実はものすごく明るい音だと気がついた」とも言う。
「ここからは仮説なんですが、西洋で見てもこの「ファ」と「シ」の音がたくさん入った楽曲というのは、だいたい祈りの曲なんです。」
 畏怖、あるいは厳かさを感じさせつつも人に希望を持たせる。「ファ」と「シ」の音が持つ性質というのは、「祈り」や「平和」といったものに通じる何かがある。
「7年後のオリンピックに向かって、この2音で曲をつくったらいいでしょうね。」
 つづいて、その西洋の音楽と一月寺の鐘の音を「ドッキング」させた音源を鑑賞。その曲に合わせて、塚田有一氏が「月しろ」をテーマにした花を生けてみせてくれた。
 音楽が流れる中で華道家が花を切ってゆく。参加者は皆、じっとそれを見ている。日常の中ではなかなか得られない贅沢な時間だ。できあがったのは背後の月に合った見事な生け花。「日本人は月見の行事が好きなんです」と塚田氏。中秋の名月は中国から入ってきたものだが、日本には他にも陰暦九月十三夜の「後の月」や十月十日の「十日夜(とおかんや)」といった月見があった。今回の「響会」のテーマである「月しろ」とは、月そのものではなく、その影響で派生するものすべてを指す。満月の夜にできる自分の影、青く照らされた路地、海面反射でできる月の道……これらはすべて「月しろ」だ。そして月本体は地球上から見ると唯一満ち欠けのある天体。新月は「朔(さく)」と呼ばれるが、これは花の「咲く」と語源は同じだという。ここで生けたくれたのは「満ち」を表わす「盈(えい)」と「欠け」に当たる「虚」を題材した花。「盈」には実りの秋を思わせる実や彼岸花を。そして「虚」には「枯れた感」を含んだすすき。見事な生け花はまさに芸術家の仕事だ。

人間は花を咲かせるかわりに言葉を発し、歌をうたう

 第2部となる後半はファシリテーターとして土谷貞雄氏も参加。楠瀬氏とともに、ここ数年、「月に向かって花を生ける」という活動をつづけてきた塚田氏に話を聞きながら、その作品を画像で紹介していただいた。
「なんで月に花を生けてみようかと思ったのか、自分でもよくわからないんです。」
 そう話す塚田氏。つきつめてみると「花を立てるという意味を考えてみたかったからかもしれない」という。花はもともと野生のもの。それをわざわざ人間が切り取って、「立てた」のは、柱立ての元型とも言える。「依代(よりしろ)」は音信を待つ場であった。最初は単純な土饅頭に依代である花を立てた。やがてそれが神社という空間や生け花という芸術を生み出したという。
 花と月、音をめぐる話はさらにつづく。「人間の内臓器官はたとえると植物器官。『花』は『話す』と語源が一緒。人間は花を咲かせるかわりに言葉を発する。それがもっと強くなると歌に変わるんです。」
 塚田氏は楠瀬氏のライブを聴いて「そう感じた」と語る。
 昼と夜。満月と新月。そこに共通しているものは「ゆらぎ」。人間は「ゆれっぱなしの中で生きている」。だが、その中でも「花を立てる」ように何か「芯」となるものを立てれば、そこに境界が生まれ、安定が生まれる。人間はそれを自然や「音」からも得ている。一月寺の鐘の音にはそんな意味が含まれているのかもしれない。
「今日は日常の中では流れてしまう音にこうやって向きあうことで、みんなで時間を共有でき、さらに想いを広げることができました」と土谷氏。
「この2時間できっと聴覚が変わったはず。こうした時間がときどき持てたらいいですね。」 
五感が研ぎ澄まされていく感覚を楽しみ、その贅沢な2時間に心が癒された参加者の顔が印象的なセミナーだった。

講師紹介

楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう),塚田 有一(つかだ ゆういち)
楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう),塚田 有一(つかだ ゆういち)

楠瀬 誠志郎(くすのせ せいしろう) 写真左
発声研究家・ミュージシャン

1986年CBSソニー(現Sony Records)より「宝島」でデビュー。TBS系ドラマ「ぽっかぽか」主題歌「しあわせまだかい」、TBS系ドラマ「ADブギ」主題歌「ほっとけないよ」が70万枚の大ヒット。これまでに13枚のオリジナルアルバム、21枚のシングルを発表。本田美奈子、沢田研二、米良美一、SMAP等、多数のアーティストに楽曲の提供もしている。2000年、ヴォイストレーニングアカデミーAcademy of INTERNALCUBeを設立。アーティストとしての活動の他、現在も表参道のBreavo-paraスタジオで「声」、「表現」の素晴らしさ、楽しさ、気持ちよさを伝え続けている。Breavo-para


塚田 有一(つかだ ゆういち) 写真右
ガーデンプランナー

1991年立教大学経営学科卒業。草月流家元アトリエ、株式会社イデーを経て、2005年に有限会社温室を設立。世田谷ものづくり学校(IID)にて「学校園」を開始。2007年株式会社limbgreenを設立。2009年には東京大学「こまみどりプロジェクト」や赤坂氷川神社「ともえ会」でのワークショップを開催。2011年世田谷ものづくり学校グリーンディレクター/花綵列島プロジェクトを始動。2012年にはOKAMURA Design Space R で企画展“Flow-er”を開催した。