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イベントレポート

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2013年10月15日(火)19:00~21:00

久保 紘一(くぼ こういち) / 芸術監督

バレエをもっと楽しもう!

バレエというと『敷居が高い』『物語がわかりづらい』そんな印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかし、一度その魅力にはまってしまうと抜け出せなくなる人が大勢いるのも事実。些細なきっかけと少しの予備知識があれば、だれでもバレエを楽しむことができます。バレエはスポーツに例えれば「サッカー」みたいなもの。世界中で知らない人はいません。ミュージカルやオペラとは違い言葉を発しないからこそ、国や人種の壁を越えて、世界中の人が感動を共有できるのです。踊って楽しい、見て楽しいバレエの魅力を芸術監督でもあり、自身もダンサーとして踊ってきた久保氏にバレエの演者としての視点からお話しいただきました。

「日本のバレエを何とかしたい」

 現役時代は長く米国コロラドバレエ団でプリンシパルとして活躍し、現在は所沢に本拠を置くNBAバレエ団の芸術監督として舞台づくりに励んでいる久保紘一氏。本セミナーではその久保氏を講師に迎え、NBAバレエ団正団員の高橋真之氏、岡田亜弓氏による実演、舞台の映像などを交えながら、普段は滅多に聞けないバレエダンサーや芸術監督の生の声に触れる機会となった。
 久保氏が渡米したのは18歳のとき。コロラドバレエ団に在籍中の1991年から2009年までの18年間は「幸せな現役時代」だった。「スタイルもよくないし身長も低い」というコンプレックスを持っていた久保氏だったが、芸術監督に気に入られ、「白鳥の湖」や「ジゼル」では主役を担い、「ドン・キホーテ」、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」、「コッペリア」など数々の古典作品にも出演するなど、「望外な役」をやらせてもらっていた。その間には「ダンサーにつきもの」の怪我も経験した。膝関接の靭帯を断裂。そして手術による復帰。年間100公演をこなす苛酷な日々だったが、「いま振り返れば恵まれていました」。現役を引退したのは37歳。NBAバレエ団から「バレエマスターのポジションが空いている」と声をかけられ、日本への帰国を決意したという。
「ダンサーは現役を引退すると仕事を探すのがとても大変なんです。だから年齢的には少し早かったのですが、これはチャンスかなと日本に帰ってきました。」
 帰国の理由はそれだけではない。久保氏の中には「日本のバレエ界を何とかしたい」という思いがあったという。
「残念ながら日本のバレエは職業としては成り立っていない。ダンサーは優秀でレベルが高いけれど、職業化していないからみんな海外に出てしまうんです。」
 アメリカではバレエは多くの人に受け入れられている。劇場のロビーは観客たちの社交場。日本で言うなら歌舞伎のようなものだ。アメリカで踊ってきた久保氏の目には、海外と日本の差がはっきりと見えていた。

ダンサーの実演に拍手喝采

「バレエというと敷居が高いというイメージです。まずチケットの値段が高いし、話も予備知識がないとわからない。だけど一度知ってしまうとこんなに楽しいものはありません。」
 NBAバレエ団は1993年の発足。これまで日本で未紹介の作品を積極的に上演するなど、その活動はトップレベルの芸術団体として文化庁にも高く評価されてきた。そこに久保氏は「バレエファンの裾野を広げる」という目的を付け足した。このセミナーのあとに公演が予定されている直近の作品は、誰もが名前を知っている「くるみ割り人形」。
「東京だけでもバレエ団は10以上。『くるみ割り人形』などは各バレエ団とも趣向を凝らした演出で他との違いを表現しています。」
 解釈の幅が広いこの作品に、今回は新演出、新振付で挑むという。チケットの料金もバリエーション豊かに、かつリーズナブルなものとした。アメリカには学生でも気軽に見られる10ドルの立ち見席から200ドル以上の席までが用意されている。同じように日本でも手軽な料金で古典の名作が見られる、そんな公演をNBAバレエ団は提供しようとしている。
 職業としては成立していないがダンサーの人口やバレエ団の数はけっして少なくない日本。その中でバレエ団が発展していくには地元との連携も欠かせない。NBAバレエ団も地元の所沢市との関係を大切にしているという。
 バレエ団の毎日はフル稼動。朝は9時から研究生や準団員=若手ダンサーたちの稽古が始まり、次いで正団員の稽古、夕方までリハーサルという苛酷な日々がつづく。「怪我がつきもの」という話にも納得できる。
 ここで高橋氏と岡田氏が、基本の5つのポジションやピルエット(回転)を披露。ごくごく基本的な動きとはいえ、やはり目の前で見るのは違う。次回の「くるみ割り人形」でも主役を演じるというダンサー2人のしなやかでダイナミックな動きに参加者は拍手喝采。最後は久保氏が岡田氏をリフト。「明日は腰痛です」と笑う久保氏だが、さすがは元プリンシパル、会場はおおいに盛り上がった。

ダンサーに大切なのは「やっぱりハート」

 実演後は、高橋氏と岡田氏も一緒に公演の裏話など。作品によってはまだ出演する機会もある久保氏。この6月に上演したアイリッシュダンスの「ケルツ」では前夜に肉離れを起こし、当日の朝稽古までなんとか出演を試みたが、回復しないため出演できなくなったという。そこで代役を務めたのが高橋氏。だが伝達に行き違いがあり、開演10分まで「紘一さんが出るものだと思って自分は稽古のジャージでいました」。スタッフに言われ、あわてて衣装に着替えて舞台に出た高橋氏だが、見事に大任を果たした。「僕は本番前はガチガチに緊張するタイプなんですが、あのときは緊張する暇もなかった。おかげさまであれから本番前に緊張することがなくなりました。」と高橋氏。当人たちのみぞ知る舞台裏のエピソードだ。
 後半はその「ケルツ」の映像。アイルランドの歴史を表現した踊りがメインのコンテンポラリー作品は、男性が男性をリフトしたり、パンツひとつで力強く踊ったりと、バレエというと「古典」、「トゥシューズ」、「白タイツ」といったイメージを覆すもの。このようにバレエにはさまざまな作品や表現がある。
 バレエダンサーにとってもっとも大切なのは「ハート=心の持ち方」。
「いかにお客さまを感動させられるか。共感できる表現を発することができるか。大切なのはやっぱりハートだと思います。」
 高い技術を持つダンサーでも、「タイミング」や「運」がなければ大舞台のチャンスはつかめない。そのタイミングや運をつかむためにも、ダンサーには「ハート」が必要だ。
 質疑応答を経て、話題は3人の「夢」へ。
「できるだけ長く踊りつづけて、紘一さんみたいなバレエ団の顔になりたい。たくさんの人に、いい踊りを観たなと思ってもらえるダンサーになりたいです。」(高橋氏)
「今年は人生で初めて大きな怪我をしたのですが、何とか次の「くるみ割り人形」までに治して、みなさんに感動してもらえるクララを演じたいです。」(岡田氏)
「日本のバレエを何とかしたい。職業として成り立つようにしたい。そのためにもすばらしいバレエを全身全霊で創造してまいります。ぜひ劇場に足を運んでください。」(久保氏)

講師紹介

久保 紘一(くぼ こういち)
久保 紘一(くぼ こういち)
芸術監督
1989年の第6回モスクワ国際コンクールにて16歳でトップ成績を収め、渡米。ボストンバレエ団のゲストダンサーを経て、コロラドバレエ団のプリンシパルとして迎えられる。在籍中のニューヨーク公演ではNYタイムズで「完璧なるバレエの巨匠」といわれるなど、小柄ながらもダンスクラシックの精神を体現している舞踊家として、米国で高い評価を確立、日本人では初めてアメリカダンスマガジンの表紙を飾った。1999年10月にはモスクワボリショイ劇場やNY、米国のベイル市などの世界ガラ公演に出演。風格在る様式美からなる彼の踊りは辛口の評論家からも絶賛されている。今までに多くの古典の全幕作品のタイトルロールを踊り、バランシン作品、創作作品などに主演している。2010年より日本のNBAバレエ団にバレエマスターとして招聘され、2012年6月より芸術監督に就任。