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イベントレポート

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2013年11月12日(火)19:00~21:00

佐々木 浩(ささき ひろし) / 生物学者・東京大学 分子細胞生物学研究所 助教

最先端生物学ガイドツアー

「21世紀は生物学の時代」といわれて十数年が過ぎた。iPS細胞の医療応用への期待が高まる一方で、普段の生活の中で、生物学の進歩を意識する機会はほとんどない。しかし、生物学研究の最前線から見えるものは、生き物のあり方を覆し、わたしたちの未来を確実に変えていく、興奮と畏怖の入り混じった大きな潮流。いま、生命科学の姿がどんなことになっているのか。気鋭の生物学者・佐々木氏が科学としての純粋な面白さから、未来の生活への影響まで、ニュースの向こう側にご案内いただいた。

生物は「部品」からできている

講話の冒頭、クイズの出題として佐々木浩氏が示してくれたのは「1,033,344」という数字。
「実はこの数字は、昨日までの1年間に世界で発表された医学生物学分野の論文の数です」
 この解答に、会場からは「へえ」と驚きの声があがった。佐々木氏によれば「5年前は70万本ほどでしたから、生物学の研究分野がいかに広がっているかおわかりになると思います」。その広い世界を今回のセミナーの2時間で話すのは不可能だ。よって今回は「観光名所を巡るようにみなさんを最先端生物学の名所にご案内いたします」。佐々木氏が案内してくれる「観光ツアーコース」は以下の通り。
1.はじめに:生き物の部品を調べる
2.iPS細胞:なぜノーベル賞を獲ったのか
3.ゲノム科学:ヒトゲノム解読のその先へ
4.脳科学:光で脳を操作する
5.合成生物学:わかるからつくるへ
 いずれも興味深い項目が並んでいる中、まずは「イントロダクション」として「生き物の部品を調べる」について話していただいた。
 モニターにランダムに映ったのはさまざまな生物の画像。そこには人もいるし、魚や鳥もいる。昆虫や微生物もいる。生物には樹高100メートルにもなるセコイアの木もあれば、顕微鏡でなければ見えない菌類もいる。こうした多様な生物の「不思議」を研究してきたのが生物学だ。その基本となる方法が分解。自動車という機械が1個1個の部品からできているように、人間もまた臓器や細胞といった部品からできている。人間の体は成人男性の場合、70パーセントが水で残りがタンパク質や脂質などの「部品」から成っている。タンパク質の中にはよく耳にするコラーゲンやヘモグロビンなどがある。こうしたタンパク質も、もちろんすべて「部品」だ。人の体内にあるタンパク質は約10万種類。もし人間の身長が地球と同じくらいあるとしたら、ひとつのヘモグロビンの大きさは直径4センチのピンポン玉程度。こんなふうに小さな部品が無数に集まってできているのが人間なのである。

革命的だった山中伸弥教授のiPS細胞

 では、こういう部品たちを研究してきた生物学が今現在どこまで行き着いているのか。
まずは昨年のノーベル賞に輝いた山中伸弥教授のiPS細胞(人工多能性幹細胞)。佐々木氏がこのiPS細胞について知ったのは2006年。山中教授の論文を読んだと同時に「これはひさしぶりに日本人から医学生理学賞が出る」と感じたという。
「私だけでなく、生物学者なら誰もがこの研究はノーベル賞をとると、論文を読んだ瞬間にわかったはずです」
 iPS細胞の何がすごいのか。それは「わずか4つの遺伝子を導入するだけで、体細胞の運命を初期化できる」点。人間の体内にある細胞は200種類以上。心臓には心臓の、肝臓には肝臓の細胞がある。こうした細胞たちは、もとを辿れば受精卵。受精卵の細胞は分裂することによって体のどの細胞にも変化することができる。これを「分化」という。そしてこの「分化」は一方通行なのが特徴。たとえば、いったん血液幹細胞になった細胞は血液以外の細胞になることができない。ところがiPS細胞はそれを「初期化=リプログラミング」することができるのだ。人間の持つ遺伝子は約2万2,000個。山中教授はそのうちの4つでこんなものを作ってしまった。何よりもこの点に世界の研究者たちは驚いた。
「iPS細胞はまだ1人の命も救っていませんが、再生医療の研究はどんどん進んでいる。さらに、iPS細胞は医薬品開発の新たな道を開いてくれる。山中教授の研究からは新しい研究分野が生まれたわけです」
 次はゲノム科学。これは「生き物がもつ遺伝情報のすべてを網羅的に調べていく研究」だ。「DNA」とは「遺伝情報が記録されている化学物質」であり、「遺伝子」とはその遺伝情報のひとつの単位を指す。「ゲノム=genome」はその全体、「遺伝子=gene」と「集合=ome」を合わせた言葉だ。人間のゲノムならば「ヒトゲノム」。このヒトゲノムは13年の年月と3,000億円の費用をかけて2003年に解読が完了した。遺伝子情報が解読できれば難病の原因や病気にかかるリスクがわかる。ここでは難病の娘を持つ元臨床遺伝学者で実業家のヒュー・リンホフ氏の活動を紹介。リンホフ氏はDNA配列解読装置の開発会社と共同で娘の病気の原因を探り当てた。それを可能にしたのが、ゲノムを高速で解読する次世代DNA配列解読装置の誕生だ。前述した13年で3,000億円というコストは、「現在では2週間で50万円まで下がっている」と佐々木氏。このペースでコストダウン化が進めば「人間ドックで血液検査をするように自分のDNAをすべて調べることが当たり前になる」という。その意味でゲノム科学は人々の健康や生活にかなり近づいてきている科学だと考えていい。

生物学は「わかる」から「つくる」の時代へ

 4番目の観光コースは脳科学。佐々木氏が解説してくれたのは、ネズミに「偽の記憶を刷り込ませる」実験。今年7月にニュースになったばかりのこの研究では、光遺伝学を用いてネズミの脳の活動を操作し、誤った記憶を持たせることに成功した。脳は人間の持つ器官でももっとも不思議なもの。それだけに研究は盛んだ。EUでは「人の脳を再現したコンピューターをつくる」プロジェクトが進行中だともいう。
 最後は合成生物学。これは生物を「わかる」だけでなく「つくる」研究だ。生物学の研究はどこまでいったら終わるのか。佐々木氏が考えるそのひとつの答えが「生き物をつくれたとき」。実際、遺伝子工学の世界ではすでにゲノム情報だけでシンプルな生命(=細菌)を動作させることが可能になっている。むろん、人間のような複雑な生物はそう簡単につくれるものではないし、そこには倫理上の問題もある。だがこうした研究を進めることで「いろんなことができるようになった」という。一例が「石油を作り出すことのできる藻」。こうした技術が実用化されれば貴重な資源や医薬品の原料を安価に生産できるようになる。また100ナノメートル(髪の毛の太さの1000分の1)の単位で作れるDNA折り紙の技術が発展すれば、癌細胞などの狙った細胞を攻撃できる分子ロボットも作れるという。
 生物学は「広大なフロンティア」。佐々木氏の「夢」は「新しい生物学を生み出すこと」だ。
「あとにつづく人たちがわくわくしてくれる、そんな学問をつづけていきたいと思います」

講師紹介

佐々木 浩(ささき ひろし)
佐々木 浩(ささき ひろし)
生物学者・東京大学 分子細胞生物学研究所 助教
1983年東京生まれ。2011年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は生物物理学、構造生物学、生化学。細胞をつくるタンパク質やRNAといった小さな部品のカタチを調べたり、1つ1つのふるまいを見たりする研究を行っている。現在の研究テーマは、全反射顕微鏡を用いたRNA-タンパク質複合体「RISC」形成過程の1分子イメージング解析。また研究の傍ら雑誌WIRED日本版vol.4の生物学特集の監修や記事の寄稿を行うなど、サイエンスライターとしても活動している。