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イベントレポート

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2013年11月26日(火)19:00~21:00

疋田 智(ひきた さとし) / 自転車ツーキスト・NPO法人 自転車活用推進研究会理事

ロンドンはどのようにして「自転車シティ」に生まれ変わったのか

ロンドン五輪は2005年に開催が決定し、2012年、大成功のうちに幕を閉じた。その7年間でロンドンでは何が起きたのか。実は都市の自転車化を推し進めたのだ。テーマは「エコ五輪」。当初のロンドンでは自転車のことが全く知られておらず、歩道に自転車レーンを作ってみたり、左右逆通行をしてみたりと、デタラメな自転車施策がはびこっていた。ところが7年でロンドンは学習し、数々の誤りを修正しながら自転車の利用率は年10%伸び続けた。現在ではロンドン市中に自転車ハイウェイが敷かれ、シェアバイクを6,000台投入し、自転車パレード「スカイライド」には8万人もの市民が集まるようになった。人口600万人の巨大都市ロンドンはどうして、ここまで変わることができたのか。東京五輪開催が決定したいま、自転車を活用した都市交通のあり方について、自転車ツーキストでNPO法人 自転車活用推進研究会理事の疋田氏にお話しいただいた。

健康に、家計に、良いことづくめの自転車生活

 自転車ツーキニストの草分けとして知られる疋田氏が自転車通勤を始めたのは29歳のときだったという。
「当時の私は体重84キロ。健康診断を受けると肝臓のガンマGTPもコレステロール値も中性脂肪も尿酸値も空腹時血糖値もC判定ばかり。おそらくそのままだったら今頃は生活習慣病になっていたと思います」
 そんな健康状態を一変させたのが自転車だった。「もともとはサイクル少年だった」という疋田氏。ふと思いたち、当時住んでいた江東区南砂から会社のある港区赤坂までの約12.5キロを自転車で往復してみると、電車で片道50分かかっていた通勤時間が35分で済むことを発見した。ストレスのたまる満員電車にも乗らなくていい。「これはいける」と自転車通勤をつづけたところ、体重が1年で17キロ減り、基礎代謝も良くなったことで、太りにくい体質になった。むろん、検診の結果もすべてC判定からA判定に変わった。
「世界を見るといろいろいろ国で医療費削減と健康増進のために自転車利用を推進していますね。私を見ればわかる通り、自転車は本当に効果があるんです」
 メリットはそれだけではなかった。
「それまでの私は車マニアだったんですが、車にはまったく乗らなくなったので売ってしまいました」
 駐車場代や保険代、車検代、税金などの浮いた維持費は年間約63万円。通勤にかかる交通費も約11万円の定期代が約4万円に減った。合わせて年間約70万円。このお金は「マンションのローンの繰り上げ返済」に使った。
 もうひとつ、良いところは自転車に乗ることによって「東京を初めてマイタウンと感じるようになれた」点。自転車で走ると「街が身近になる」。それまでは頭の中で駅ごとに区切られていた東京のいろいろな街が「実は地べたでつながっている」ことに気付く。と同時に街路樹の葉の色などに「季節を感じる」ようにもなったという。

車と自転車の事故は「日本がワースト」。原因は「逆走」と「歩道走行」

 そんな都会での自転車生活で推奨したいのが流行りのクロスバイクとフォールディングバイク(折りたたみ式自転車)だ。クロスバイクはロードバイクほど前傾姿勢がきつくなく、それでいてスピードも出るし、長距離も走れる点がいい。フォールディングバイクは「会社帰りに一杯」のときに便利。畳んでバッグに入れれば飲んだあと、電車やタクシーで持ち帰れるからだ。
 現実を見ると、日本でもっとも多い自転車は「ママチャリ」。実はこの「ママチャリ」は日本特有の「不思議な自転車」だ。
 ママチャリの誕生は1970年。この年、道路交通法の改正によって自転車が「指定歩道」を走行できるようになった。そこで生まれたのが、あまりスピードが出ず、長い距離を走りにくい、つまり自転車としての性能を犠牲にした「ママチャリ」という自転車だったという。
 ここでパリの町を走る自転車の写真を紹介。見るとわかるのは、ママチャリのような自転車は一台もないこと。サドルは高い。そして自転車はみんな車道を走っている。自転車が車道を走るのは「海外では常識」。なぜならば「その方が安全だから」だ。実は「自転車が歩道を走っているのは世界で日本くらい」なのだという。車と自転車の衝突事故についての各国のデータを比較すると、件数が圧倒的に多いのが日本。「歩道を走っていれば安全」というイメージを持っている日本人にはにわかには信じ難い数字だが、「これは厳然たる事実です」。
 ではその事故はというと、7割以上が交差点で起きている。とくに目立つのが、車が左折時に歩道から出て来た自転車とぶつかる事故、それと車道に対して逆走=右側通行で走って来る自転車との出会い頭の事故だ。車道を走るドライバーにとって同じ車道を走る自転車は「邪魔だと感じる一方で見えるから対処できる」存在だが、生け垣や街路樹、ポストなどで仕切られた歩道を走っている自転車は見えにくい存在。こうした交差点での事故を減らすには「逆走を禁止」にし、「自転車は車道を走る」を徹底させる。警察もそれがわかっていて2011年には「自転車は車道通行を」という通達を出している。また自転車施策の議連でもそうした諸々の案を提言している。が、こうした国の動きと地方自治体の動きは必ずしも一致しない。自転車が車道を走行するにはヨーロッパの国々によくあるような自転車レーンを車道に設けるべきだが、正しい自転車レーンを設けている自治体はごくわずかで、まだ多くは歩道の中にレーンを設けたり、逆走を許すような間違った表示をしていたりする。

都内の車道に自転車走行レーンを。ロンドンを見習おう!

 疋田氏が「東京がお手本とすべき」と訴えるのがロンドンの取り組みだ。ロンドンはオリンピック開催が決まった2005年からボリス・ジョンソン市長の号令のもと、オランダやドイツなどに比べて大きく遅れていた自転車施策に「気合いを入れて」取り組み、「エコ五輪」の実現に向けて人口600万人の都市を「自転車シティ」に生まれ変わらせた。当初は日本と同様に歩道に自転車走行帯を設けたり、それも障害物だらけといったひどい有様だった。しかし7年かけて学習をしたロンドンは、五輪開催時までに、市内に12本の「自転車スーパーハイウェイ」を通し、6,000台のシェアバイクを配置した。自転車の普及率は毎年10%ずつ増え、見事に世界に誇れるエコ五輪を成功させてみせた。2020年に五輪を開催する東京は当然それを見習うべきであろう。
「オリンピックの東京開催が決まった9月8日、ボリス・ジョンソン市長は東京に対し、こんなメッセージを贈ってくれました。〈おめでとう、東京の人たち。今日ばかりは勝利の美酒に酔うべきだ。明日から苦悩と戦いに満ちた大変な7年間が待っているんだから。自転車時代は到来した。世界に誇れる『エコ五輪」を。ロンドン市長ボリス・ジョンソン〉」
 疋田氏の「夢」は「7年後の五輪の際に少なくとも半径8キロのオリンピックエリアの中に“車道の自転車走行レーン”を敷く」ことだ。レーンはもちろん車と「順方向」の左側通行だ。
「自転車施策を論じる人間として、自転車乗りとして、こういう社会をつくることに携わることができればと願っています。そして、これは夢では終わらない、7年後の現実になってくれるものだと思っています」

講師紹介

疋田 智(ひきた さとし)
疋田 智(ひきた さとし)
自転車ツーキスト・NPO法人 自転車活用推進研究会理事
1966年宮崎県生まれ。東京大学文学部卒。自宅から会社までの通勤に自転車を使う“自転車ツーキニスト”の草分けとして、自転車の乗り方、楽しみ方、ひいては自転車行政の形、理想的な都市交通のあり方などを論ずる。NPO法人自転車活用推進研究会理事、学習院大学生涯学習センター非常勤講師。自転車関連の近著に「だって、自転車しかないじゃない」(朝日文庫)、「自転車はここを走る!」(枻出版社)「ものぐさ自転車の悦楽」(マガジンハウス)「自転車の安全鉄則」(朝日新書)「自転車ツーキニスト」(光文社知恵の森文庫)「自転車とろろん銭湯記」(ハヤカワ文庫)などがある。疋田智の「週刊自転車ツーキニスト」