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イベントレポート

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2013年12月17日(火) 19:00~21:00

小川 克彦(おがわ かつひこ) / 慶應義塾大学環境情報学部教授

Place Meets Media
人とまちをメディアがつなげる

スマホばかり眺めている電車内の光景に、人のつながりの希薄さを感じたことはありませんか。シャッターの目立つ地方の商店街に、将来の高齢社会を憂いたことはありませんか。今回のセミナーではそんな街を活性化し、人と人の新たなつながりをつくり出すメディアについて考えます。映画、写真、ポスターといったアナログから、スマホやサイネージといったデジタルまで、メディアの果たす役割、そして伊東温泉の商店街、江ノ電の15駅、ひたちなか海浜鉄道の那珂湊における実践例の紹介、さらには自動運転車の走る未来のまちづくりの夢をお話しいただきました。

「まちという場所」から生まれる「人と人のつながり」

 最近よく耳にする「つながる」「つながっている」といった言葉。
「ネットの世界でもリアルでも『つながり』と言えば『人と人』が基本ですね。このつながりを生むのが『まち』という場所なのです」
 そう語るのは慶應義塾大学で研究室の学生たちと「新たな『場所メディア』をつくっている」小川克彦氏。「場所メディア」とはネットならばSNSなど、リアルならば「まち」やそこにある何かと考えればいい。
「新しいことを言っているようですが、実は古代ローマ時代あたりから、メディアの起源は都市=まちと言われていました」
 ここで言う「メディア」はテレビや広告などのマスメディアとは限らない。「気づいていない人に、気づいてもらったり」、「自分が思っていた印象を変えてくれたり」するものすべてを指す。人はその場に行くことで新たな発見をしたり、他者とのつながりを持てたりする。「メディア」はそのきっかけを与えてくれるもの。それはときには「都市」そのものであったり、カフェやレストラン、電車の中であったり、そこに貼られているポスターやちょっとした小物であったりする。
 セミナー冒頭、「つかみの話」として小川氏が見せてくれたのは、ヴェニスを舞台とした映画『旅情』の名場面。キャサリン・ヘプバーン演じる主人公のアメリカ人女性が、鉄道に乗って訪れたヴェニスでイタリア人男性と出会って恋に落ちる。この映画ではヴェニスの「まち」そのものが人と人が出会うメディアとなっていると同時に、映画自体も観る人にとってはメディアだ。「鉄道好きで映画好き」という小川氏は、その後、ヴェニスを訪れたとき、この映画を思い出し「ああ、ここか」と感慨に耽ったという。こんなふうに「まち」や「映画」が人の心になんらかの作用を及ぼすのも「つながりのひとつ」だ。

「メディア」が社会の問題を解決するものになるかもしれない

「なぜこんな研究をしているのかというと、「メディア」を使って社会全体をよくしたいと思っているからです」
 メディアとしての「まち」を考えたとき、日本の多くの「まち」には問題がある。ヴェニスのような、あるいは秋葉原のような唯一無二の個性のある「まち」ならばともかく、実際の日本の「まち」はどこに行っても同じようにコンビニが並ぶ「没個性=没場所性」に陥っている「まち」が多い。地方に行けば閑古鳥の鳴いているシャッター商店街が目につくし、観光地のお土産は、販売元が違うだけでよく見ると製造元は一緒だったりする。
また、小川氏が最近気になるのが「鉄道の多くの駅にあるホームの青い光」だ。自殺防止を目的につけられたこのライトを見るたび、「日本は自殺の国なのだ」と感じる。
「この青い光を見るたびに悲しくなるのです。これは何かしなきゃいけないと。メディアは、もしかしたらそうした問題を解決するものになるかもしれません」
 多様なメディアの中でも、やはり人に何かを訴えるのに効果的なのが映像だ。小川氏が次に見せてくれたのは『男はつらいよ』シリーズ第8作の『男はつらいよ 寅次郎恋歌」。この映画の中では舞台となっている備中高梁の描写もさるものながら、渥美清と志村喬の2人が語る信州安曇野の情景描写が素晴らしい。小川氏の研究室でも映像による表現に挑戦している。ここで見せてくれたのは、ゼミの課題で学生たちがつくったという恋愛ドラマ風の「山手線物語」と、おちゃらけた雰囲気が楽しい「東急沿線替え歌」。YouTubeでも鑑賞できるという作品は、小川氏から見ても「うまいな」と思える出来。これらの作品は普段なにげなく見ている「まち」や「駅」も、一工夫加えれば気づきや感興をもたらす「場所メディア」となり得ることを示してくれている。

「まち」に笑いとユーモアをつくることでみんなに幸せを運びたい

 セミナー後半は静岡県伊東市や神奈川県の藤沢や鎌倉を走る江ノ島電鉄(江ノ電)で取り組んできた活動を紹介。まずは伊東。「デジタルよりもアナログの方が好き」という小川氏がこの「まち」で行ったのが商店街のポスター作り。それぞれの店舗のポスターは「あたたかさ」を感じさせる店主の写真入りポスター。最初は「顔を出すのは嫌だ」と拒んでいた商店街の人たちだが、承諾した一軒の文具店がそのポスターを店先に貼りだすと、たちまち子どもたちに人気となり、今では「俺のところもやってくれ」という店が増えたという。ポスターのコピーは学生が店の人にインタビューし、その中からおもしろそうなセリフを使う。商店街の活性化に一役買っているこのポスター作りは、今後は地元の高校生に委ねていく予定だ。
「こうした活動が『まち』の活性化につながっていくのではないかと思っています。今後、日本中でやれたらいいですね」
 神奈川県の江ノ電では車内に各駅の情景をポスター化した「江ノ電の情景」を展示。1か月の予定だった展示期間は、地元の乗客に好評で2か月に延長。なかには「うちのネコが写っている」という人もいたし、遠く中国からの観光客からも「大好きな『スラムダンク』に出てくる踏み切りが写っていて気に入った」というメールが研究室に届いた。そうした連絡をくれた人たちにはイベント終了後、ポスターをプレゼントしたという。
「ポスターを見た多くの人たちがいろいろなことを言ってくれて、少しは『あたたかいつながり』ができたのではないかと思います」
 他にも研究室ではビニール傘に笑いを誘うシールを貼った「ファンブレラ」や、街中のツイートを声で聴く“寄り道支援アプリ”「Walk ON」などのユニークなメディアを次々開発している。常に意識しているのはアランの「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」という格言や、ウィリアム・ジェームズの「幸せだから歌うのではなく歌うから幸せになる」という言葉。
「ポスターでも傘でも、僕がいいと感じるものは、やっぱり笑いを生むものです。笑いがあれば会話も生まれる。『まち』の中にちょっとしたユーモアをつくることでみんなに幸せを運べるのではないかと思います」
 目を転じれば、日本各地で「まち」の活性化を目的としたイベントや取り組みが行われている。その多くがまだ「悩みながら取り組んでいる」状態だ。小川氏は「この〈悩み〉を共有化することによって『まち』は活性化していく」と考えている。「夢は毎日楽しく満足して生きること」という小川氏。セミナーの最後は自動運転の超小型モビリティを映像で紹介。夢溢れる近未来社会の姿を見せてくれた。

講師紹介

小川 克彦(おがわ かつひこ)
小川 克彦(おがわ かつひこ)
慶應義塾大学環境情報学部教授
1978年に慶應義塾大学工学部修士課程を修了し、同年NTTに入社。画像通信システムの実用化、インタフェースデザインやウェアラブルシステムの研究、ブロードバンドサービスや端末の開発、R&D 戦略の策定に従事。NTTサイバーソリューション研究所所長を経て、2007年より現職。工学博士。専門は、コミュニケーションサービス、ヒューマンセンタードデザイン、ネット社会論。主な著書に「つながり進化論」(中央公論新社)、「デジタルな生活」(NTT出版)がある。