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イベントレポート

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2014年2月6日(木)19:00~21:00

草薙 奈津子(くさなぎ なつこ) / 平塚市美術館館長・美術評論家

美術館を楽しもう!

スポーツや音楽会などと比べると、来場者数が少ない美術館。そのことに「美術の絶対人口が少ないということもあるでしょうが、魅力がないということも否定できません。」と語る草薙氏。どうしたら美術館に足を運んでもらえるのか。学芸員は日夜そのことを考え、涙ぐましい努力をしている。草薙氏が館長を務める平塚市美術館では、「まず玄関を明るく入りやすくし、次にロビーを、そして展覧会場を」と少しずつ工夫していったところ、少しずつお客さまの数も増え、いろいろなところで話題にあがるようになった。そんな美術館の歩みと変化、さらには裏話を交えた楽しみ方などをお話しいただいた。

「ポピュラリティー」を重視した展覧会で来場者数をアップ

平塚市美術館の館長を務めて10年になる草薙奈津子氏。10年前の着任時は「本当に人影がなかった」という同美術館だが、現在は県内でも有数の人気を誇る施設へと変貌している。閑古鳥の鳴いていた美術館がどう変わっていったのか。今回のセミナーはその点を中心に、展覧会を開く際のポイントや公立美術館ならではの条件など、運営当事者ならではの貴重なお話を聞かせていただいた。
神奈川県の湘南地域にある平塚市は人口26万人の都市。市街北側には工場が多く、平塚市美術館はその一角の、「地元の高校生に聞いても知らない」ような目立たぬ存在だった。ただし、バブル期の1992年に作品収集の予算を含むとはいえ約100億円を費やして造られた施設は立派で、躯体は震度7の地震にも耐えられるよう設計されている。建物は大理石をふんだんに用いた贅沢なもので使い勝手もいい。「小さな市にはもったいないぐらいの素晴らしい美術館」だ。館長就任当時の来館者は年間3万人程度。市側は「市民のための美術館」を標榜しているし、26万人という人口を見れば、その1割以上が来館しているというデータは悪くない。だが、新館長としてやって来た草薙氏に課せられたのは「来館者を増やす」というミッションだった。
「市立美術館というのは市民の税金で成り立っている美術館です。大勢の人が入らないと、『こんなものがあっても、もったいないだけじゃないか』と投書が来るんです」
納税者である市民からすれば、お金ばかりかけて機能していない美術館は「癪の種」。それまでは私立の美術館である『山種美術館』に勤務していた草薙氏にとっては驚くことが多かったという。
まず取り組んだのは「親しみやすく思ってもらうこと」だった。玄関に女性好みの花を置き、前庭の芝生には休憩用のテーブルや椅子、パラソルを配置した。そうするうち、犬の散歩などで立ち寄る人が増えてきた。肝心の展覧会は、「ポピュラリティー」のあるものを重視。それまでの平塚市美術館では地域性にこだわってか、日本画の専門家である草薙氏ですら知らない地元の日本画家の作品展を行っていたりした。しかし、これでは集客は望めない。そこで「誰でも知っている有名な作家」の展覧会を開くこととした。
「実を言うと、有名な作家の展覧会はどこでもやっていますし、同じようなことをしても美術館のステータスは上がらない。私たち学芸員にしてもちょっと気恥ずかしかったりするんです」
それでも「ポピュラリティー重視」は功を奏した。誰でも名前くらいは知っている作家の展覧会を次々に開催したところ、来館者が目に見えて増えていった。
「いちばん大勢の方が来たのは2009年に開いた『わたしがえらんだいわさきちひろ展』。この時は夏休み中の開催期間に約4万人が来場されました」

知られていない作家を世に送り出す

こうした有名作家の展覧会を開く際、心がけているのは「作品の質を落とさない」ことだ。例えば、横山大観展ならば数ある作品の中から何を選んで展示するか。テーマはどうするか。そこに学芸員の手腕が問われる。まずは過去の美術雑誌や展覧会の資料を集め、その中から展示したい作品を選ぶ。もちろん、展示したいと思っても、手配できるかどうかはわからない。それ以前に、手始めとして企画自体が実現可能かどうか、作家や著作権者に打診して内諾を得る必要がある。その上で美術館や企業、個人のコレクターなど、所蔵家に貸し出しを依頼する。これに要する年月が約3年。貸し出しを断られることも珍しくないし、作品の中には、所有者が変わって「行方不明」になっている物もあったりする。
「美術品が投資対象になっていたバブルの頃は、交渉先と借りた先と返却先がすべて違っていた、なんてこともありました」
予算もむろん限られている。そうした苦労を重ね、ひとつの展覧会が開催される。
「学芸員にとっては悩みも多いのですが、楽しい仕事でもあります」
平塚市美術館の展覧会は「大中小」の3種類。大は有名作家の展覧会が中心。中は「玄人の間では評価は高いけれどあまり知られていない作家」の作品展をメインに行っている。これは学芸員にとってモチベーションが上がる仕事だ。自分の発見を人々に伝えるのは喜びであるし、うまくいけばメディアからも注目される。専門家の間でも「平塚はいい展覧会をする」と評価が上がるからだ。

展覧会を楽しむポイントは「作品を見ながら話すこと」

「もうひとつ、美術館として力を注いでいるのがワークショップです。平塚市美術館ではアトリエや使っていなかった設備を利用して、1歳児から大人まで、幅広い人を対象としたデッサン教室や版画教室などを開いています」
講師は作家やその道の専門家。母子で楽しめる催しなどは毎回満員だという。それに加えて、年に2回は倉庫など美術館の裏側が見られるバックヤードツアーも開催。「赤ちゃんのための鑑賞会」や、作品を見て俳句を詠む美術館版の「吟行」なども行って、どれも好評を博しているという。また、「まずい」、「サービスが悪い」、「高い」と「三重苦」であった併設レストランもリニューアル。味やサービスの向上に努めたところ、評判が良くなった。
最初の頃は「夏は涼みに、冬は暖をとりに、トイレを利用するだけでも来てくれれば嬉しいと思っていた」と話す草薙氏。だが、やはり美術館に行くからには展覧会を目的としたい。その展覧会を楽しむコツは「話すこと」だという。
「夫婦や友達同士で来たのなら、作品についてお互いにコメントする。何か一言でもあると、その作品が印象に強く残ります」
言うまでもなく大声は禁物。ただし、隣の人に聞こえる程度の声ならお喋りは悪くない。
「黙ってじっと見ているよりは、ずっと深く記憶に刻まれます。無口にならず、もっと話しながら楽しく見てほしいですね」
美術館の職員というと学芸員。もっとも、「平塚市美術館がうまくいっているのは管理部門の事務方のおかげ」でもあるという。一方で、やはり来館者に直接訴えかけるのは学芸員の役目でもある。草薙氏の「夢」は、その中心となる「若手の学芸員たちの自立」だ。
「学芸員には自分で判断し行動することが求められます。同時に、協力し合うことも不可欠。展覧会のテーマを決定し、仲間と力を合わせてそれを実現できる学芸員が出てきてくれたら、と願っています」

講師紹介

草薙 奈津子(くさなぎ なつこ)
草薙 奈津子(くさなぎ なつこ)
平塚市美術館館長・美術評論家
横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。専門は近代・現代日本画史。山種美術館学芸員を経て、2004年より平塚市美術館館長。美術史学会、明治美術学会などの会員。美術評論家連盟常任委員。美術館連絡協議会理事。神奈川県芸術文化財団理事。国内外での主な展覧会企画監修は「今村紫紅」「奥村土牛・中川一政」「松尾敏男」「山本丘人」「速水御舟」「伊東深水」など多数。主な著書に「20世紀日本の美術4(安田靫彦)」(集英社)、豪華限定画集「今村紫紅」(共著日本経済新聞)、「東山魁夷全集3」(講談社)、「現代の日本画2 奥村土牛」(学習研究社)、「美術館へ行こう」(岩波ジュニア新書)などがある。