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イベントレポート

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2014年2月12日(水)19:00~21:00

辻 秀一(つじ しゅういち) / スポーツドクター

日本はなぜスポーツが体育なのか
~QOLに役立つスポーツを考える~

日本では「体育の日」と「文化の日」が分かれており、スポーツ=文化と考えている人は少ないのではないでしょうか。「文化」は英語で「カルチャー」と訳され、その語源を辿るとフランス語系のラテン語で「カルティヴェイティブ」。「耕し、豊かにする」という意味を持ちます。スポーツも文化と同様に「人間性を高め、心を豊かにする」ことからスポーツ=文化と捉えることができると辻氏は考える。2020年東京オリンピックが決定したいま、スポーツの文化的価値、スポーツが身近になる社会づくりについて、スポーツドクターの辻秀一氏と一緒に考えた。

スポーツは人生を豊かにしてくれる「文化」である!

スポーツドクターであり、プロバスケットボールチーム『東京エクセレンス』のゼネラルマネージャーでもある辻秀一氏。この日のセミナーの内容は、自身が専門としているスポーツ心理学や、スポーツで世の中を豊かにするための活動についてが中心。「スポーツは文化です」と語る辻氏の言葉に参加者は釘付け。熱のこもった2時間となった。
冒頭は開催中のソチオリンピックの話題から。テレビも新聞も、大きく報道するのはメダルを獲ったか逃したかの「結果」ばかり。
「どうしてそうなってしまうのか。日本ではスポーツが文化として浸透していないからなんですね」
日本では「文化の日」と「体育の日」が分かれている。学校にも体育の授業があり、「逆上がりは小学五年までにできるように」と指導要領で決められている。日本では「体育=スポーツ」であり「きつい」「苦しい」「根性」「気合い」といったイメージ。本来はスポーツは誰でも楽しめるはずのものなのに、体育の授業が苦手なばかりに嫌いになってしまう人が少なくない。スポーツがただするだけのものではなく、「文化」として確立している欧米と比べると、日本人のスポーツ観は「未熟」だという。
「スポーツはやるだけではない。〈見るスポーツ〉もあれば、高校野球のマネージャーのように〈支えるスポーツ〉もある。パラリンピックに行けば、大勢のボランティアがいます。彼らは皆、充実した顔で『僕らはボランティアスポーツをしているんだ』と言います」
本来のスポーツはこうしたもの。体を育てるためだけの「体育」ではなく、「人生を豊かにしてくれるのもの=文化」なのである。 

バスケットボールは人生に似ている

もともと大学病院の内科医だった辻氏が、スポーツの可能性に気付いてスポーツ医学を学び始めたのは30歳のとき。きっかけはクォリティオブライフ(以下QOL)をテーマにした映画『パッチ・アダムス』だったという。この映画には、笑いで人々のQOL向上に取り組む医師の姿が描かれている。映画を見て感銘を受けた辻氏が考えたのは、「スポーツでQOLを向上させる」こと。スポーツのプレーには「心の状態」がよく表われることに気付き、スポーツ心理学を勉強し始めた。ここで自分流のメソッドに用いたのが、高校のバスケットボール部を描いた大人気コミックの『スラムダンク』。学生時代、バスケットボールに夢中だった辻氏にとっては身近な素材であり、同作品には読者の心を打つ言葉が溢れていた。
「それで著者の井上雄彦先生にご相談したところ、本にするとおもしろいのではと言われたんです」
初の著作である『スラムダンク勝利学』は35万部のベストセラーに。これを機に勤めていた大学病院を離れ、独立を果たした。現在はスポーツドクターとしてスポーツ選手や企業、個人のメンタルトレーニングに携わる一方、日々積極的に講演活動や『東京エクセレンス』のチーム運営をこなしている。
数あるスポーツ競技の中でもバスケットボールをメソッドにしたのは、もちろん自分が経験者だからではあるが、そこにはバスケットボールが他の競技に比べてより「人生」に近く、日常生活に応用しやすいといった理由がある。バスケットボールは「シュートが入ってもいちいち止まって喜ばないスポーツ」だ。人生というのも実は「連続している」。実際の生活でうまくいった直後にうまくいかないことが起きたりするし、その逆の場合もある。
「点を入れられても落ち込まないで、すぐに切り替えてまた次のチャンスに点を入れればいいんです」
こうしたプレーヤーの心理はビジネスマンにも参考になる。5人制であることも大きな特徴。5という数字は個人が役目を果たしながら協力しあうという点で「ちょうどバランスがいい」。仕事の会議などでも5人という人数は多くもなく少なくもないベストな構成。この人数だと「絶対に参加していないといけない」し、「自分事になりやすい」という。

プロチームの活動を通して理念を伝えてゆく

「僕の仕事は〈ご機嫌な心〉をつくることです。機嫌というのは人生の宝物。機嫌がいい方が病気にもなりにくいし、アイデアも出る。人生のQOLはそのときの機嫌の良さで決まっていくんです」
なのにその「機嫌」を「多くの人は簡単に手放してしまう」という。これではもったいない。スポーツの世界では「練習ではうまくいくのに本番ではうまくいかない」のが当たり前。なぜなら自分を負かそうとする相手がいるからだ。人生もそううまくいかないときもあるだろう。ならば、その状況の中でいかに「自分の心を自分でつくっていくか」。これができるようになれば人生はより充実したものになる。そしてスポーツにはそのヒントが詰まっている。
「スポーツを通して豊かな人生を送る人をたくさんつくっていきたい。そのためにはスポーツが文化だという意識改革を進めていく。これが僕のミッション。いろんな活動をしているのも、すべてはそこに紐づいています」 
その「グラスルーツ(草の根)」活動のひとつが『東京エクセレンス』の運営だ。「元気」「感動」「仲間」「成長」というチームの4つのキーワードは「人間の心に必要な4つのビタミン」だ。これは欧米の人々がスポーツに対して「医療性」「芸術性」「コミュニケーション性」「教育性」といったものを見出しているのと共通している。「リーグでの優勝」や「天皇杯でのベスト8」などは目標とするが、けっして勝利至上主義ではなく、そこへ至るプロセスを大事にする。コーチも選手も皆、その理念を共有している。そしてそれを伝えるべく、試合会場の体育館がある地域のイベントや学校に足を運び、子どもたちやファンの人たちとコミュニケーションを図る。試合では終了後に観客全員とハイタッチ。サインは求められればすべてに応じている。
「スポーツが身近になれば、出会いが増えるし感動が増える。学びも増えるはずです」
それが広がれば「日本人の行動が変わり、日本の街が変わる」。
個人としての辻氏の「夢」は、「奥さんと2人の娘が幸せを感じてくれること」。
「勝手に病院をやめて、勝手にプロチームをつくって……いつも苦労をかけている家族が、心から幸せを感じて生きて欲しい」

講師紹介

辻 秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター
1961年 東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学医学部で内科研修を積む。同大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学び、1999年に株式会社エミネクロスを設立。現在、「人間力ワークショップ」を年に3回開催するとともに、企業でも継続的なメンタルトレーニングを実施。また、「スポーツを文明から文化に」をミッションに一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブを設立。2013年より、自身がGMを務めるプロバスケットボールチーム『東京エクセレンス』が日本バスケットボール協会新リーグ「NBDL」に参戦。