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イベントレポート

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2014年5月8日(木) 19:00~21:00

鍵井 靖章(かぎい やすあき) / 水中写真家

水の中の宇宙空間

海の中は、クジラのような大きな生き物から米粒ほどのかわいい魚、タコやヒトデなど奇想天外な生き物に出会える不思議な場所。その広大無辺の無重力の世界は、まるで宇宙空間。小さな魚たちは流星群のように輝き、未知なる世界へと誘い込んでくれる。今回のセミナーは水中写真を20年間撮りつづけてきた鍵井氏のこれまでの作品を見ながら未知なる世界を体験する機会となった。

世界の海で出会った「大物」たち

講師の鍵井靖章氏は20歳の頃から海に潜り始め、23年間、海の中の生き物を撮影してきた水中写真家だ。今回のセミナーではトークショーのスタイルで、日本を含む世界中の海で出会った生き物たち、そして東日本大震災直後から撮りつづけている被災地の海中写真などをご紹介いただいた。
最初のスライドは、口を大きく開けたジンベイザメを正面から捉えた1枚。楕円形に開いた口は奥が暗く、穴というような感じ。大迫力の写真は「22歳のときに撮った」ものだという。成長すると10メートル以上にもなるジンベイザメは、ダイバーなら誰もが一度は遭遇してみたい「大物」だ。
「僕にとってもジンベイザメは憧れの魚。この魚に出会えたことが、水中写真家になろうと思ったひとつのきっかけになりました」
つづいてはマンタ。こちらもジンベイザメ同様、南の海でよく見られるダイバー憧れの魚だ。やはり口を大きく開いてプランクトンを補食している様は「まるで宇宙船のよう」。こんな生き物が生息している海中は、確かに「宇宙」のように感じる。そして、海中ではたくさんの生物に出会うが、ときには傷ついた魚を見ることもある。そうした魚たちに出会うたび、再び出会えることを願いつつ、シャッターを切っている。
前半は世界で出会った「大物」の写真が中心。東京都御蔵島のイルカに、フロリダのマナティー。ユーモラスな顔のマナティーは鍵井氏の「大好きな生き物」だ。驚くのはその生息地。撮影したクリスタルリバーの周囲は住宅地。人の住む場所のすぐ横にこんなに大きな動物が平和に暮らせる環境があるというのは「日本じゃありえない」。

その場でしか見ることができない野生動物の表情

大物中の大物であると同時に、「カメラマンとしてこの先もやっていける」という自信をくれたのが、27歳のときに西オーストラリアで撮影したミナミセミクジラだ。当時の鍵井氏はモルディブに住み、ダイビングのガイドの仕事をしていた。そこへオーストラリアに住む友人から「今ならクジラが撮れる」と連絡が入る。貯金していた全財産を持って渡豪した鍵井氏は、セスナをチャーターして沖合にいるクジラの群れを発見。すぐにボートに乗り換えて現場に行ってみると、そこで待っていたのは交尾中のミナミセミクジラだった。ミナミセミクジラの交尾は、数頭のオスが1頭のメスを巡って激しく競い合う。
巨大なクジラたちが「からまって」泳ぐなかでの撮影は命がけ、「こわい思いをしながら撮影したのを覚えています」と鍵井氏。世界でも珍しい、決定的瞬間を捉えた写真は、今森光彦、星野道夫といった動物写真家を輩出している「アニマ賞」を受賞。鍵井氏にとってもこの受賞は「写真家としての一歩を踏み出すもの」となった。 20代で「アニマ賞」を受賞したものの、それからの10数年間は好きな仕事をしながらもなかなか写真集が出せず苦しい時期が続いた。初めての写真集『アシカ日和』を出版したのは40歳のときだった。
セミナーのスライドは、その本のモデルとなったバハ・カリフォルニア半島のアシカたちの写真。アシカといえば水族館のショーでもおなじみの動物だが、野生のアシカは表情が違う。
「僕は水族館も大好きです。でも野生の生き物というのはその場で会うと、そこでしか見ることのできない表情を見せてくれるんです」
アシカは「海の中のワンちゃん」。犬のように好奇心が強く、これぞと思った相手とは「遊んでくれる」。ただし、なかには漁網がからまってかわいそうな姿になっているアシカもいたりする。
「きれいな写真をみなさんに見せるのは僕の仕事。でも、ときにはこういう写真も見ていただきたいんです」
ミクロネシアのチュークでは、ゴムの輪っかが口にかかったサメに出会った。サメは鍵井氏を見ると「取ってくれと言わんばかり」に大接近してきた。取ってあげたかったが、相手は巨大なサメ。まわりの人の反対もあって断念した。この件については今も自分の中で「後悔している」という。

潜ってみた「震災の海」

セミナーの後半は「震災の海」から。あの地震と津波のあと、鍵井氏はいろいろ縁があって、岩手県宮古市の海を潜るようになる。震災直後、溢れるニュースのすべては陸の上のことを伝えていた。海の中の生き物たちはどうなっているのだろうか。そうした水中写真家としての想いもあって、大津波に襲われた宮古市を訪れた。初めての調査は震災から3週間後。海底には住宅や車、家具など、「人間生活のいろいろな品々」があった。海の中にはウニやヒトデはいたが、魚の姿はなかった。命の気配がないその海で、鍵井氏は体長20ミリほどの小さなダンゴウオに出会う。「魚はやっぱり生きている」と感動し、その後も折を見ては宮古市を訪問。「震災の海」での潜水は現在もつづいている。ここではその海底の様子を捉えた写真の数々を紹介。ひっくり返った車のタイヤからのびるコンブ。藻のついた扇風機に擬態しているアナハゼ。テレビの基盤を隠れ家にするリュウグウハゼ。ゴム製の長靴に繁茂する海草。震災直後は寂しかった海も、少し時間が経つと魚たちが帰って来て産卵を始める。本来は海にない瓦礫を利用して生きる生き物たちの姿はたくましく、見ているこちらの胸を震わせてくれる。
ここ数年、日本では震災の海を、海外では淡いトーンのきれいな海を撮ってきた鍵井氏。最近ではその写真は女性服の柄にも使用されている。
「カメラマンの仕事は写真集を出せば終わりではない。こんなふうに洋服に使ってもらえたり、自分の写真がみなさんの日常生活に密着していたらめちゃくちゃ嬉しいですね」
ラストは最新刊の『ゆかいなお魚』や既刊の『夢色の海』、『海中散歩』、6月に出す新しい写真集の中から選んだ写真。新刊のテーマは「2匹の魚」。これにはかわいいペアの魚たちが登場する。
魚の寿命は人間に比べればはるかに短く、その出会いは大半が一期一会だ。だからこそ「1回1回、がんばって撮ってあげたい」。
「どんな作品であろうとも、そこに夢や希望をメッセージとして入れていきたいですね」
そうした写真を撮っていくことが鍵井氏の「夢」だ。

講師紹介

鍵井 靖章(かぎい やすあき)
鍵井 靖章(かぎい やすあき)
水中写真家
1971年 兵庫県生まれ。水中写真家として世界中の海をフィールドにさまざまな事象の撮影を続ける。自然のリズムに寄り添い、生き物に出来るだけストレスを与えないような撮影スタイルを心がける。震災直後からは、定期的に岩手県宮古市の海に潜り、再生の様子を伝えている。第15回アニマ賞受賞(平凡社)、2003年日本写真協会新人賞受賞など受賞歴は多数。写真集 2008年「Deep Blue」 (Goodman) 、2011年「アシカ日和」 (マガジンハウス) 、2012年「海中散歩」 (パイインターナショナル) 、2013年「ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生」 (新潮社) 、2013年「夢色の海」 (パイインターナショナル) 。2014年4月に写真集「おかしなお魚」、6月に写真集「二匹のさかな」(共にパイインターナショナル)を出版。