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イベントレポート

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2014年5月13日(火) 19:00~21:00

岩井 達弥(いわい たつや) / 照明デザイナー

光を楽しむ

日本の照明は「明るいほうがより良い」という風潮が現在も脈々と続いている。でも、明るければ良いというのは、「おなかがいっぱいになるだけの食事」と同じだと思わないだろうか。最近、話題となっているLEDは「明るくて省エネルギー」などと言われ、「いっぱい食べても太らないダイエット食」のようである。「素材の良さを活かしたおいしいものを楽しみたいと思う気持ちと同じように、光もその場にあった良質の光を楽しんでほしい」と語る照明デザイナーの岩井氏に、現代の光を楽しむ方法をお話しいただいた。

「省エネ」だけで「光」を選んでいいのだろうか

「今日の話は照明について。光ってこういうところが大切なんです、というお話をしたいと思います」
そう語るのは照明デザイナーの岩井達弥氏。『国立新美術館』や日本郵政の商業施設『KITTE』などの照明デザインを手がける一方、日本大学や女子美術大学、武蔵野美術大学などで教鞭を執っている。前半のテーマは、「LED時代の住宅照明」。参加者にとっても家庭の照明は身近なもの。セミナーはまず、講師のこんな問いかけから始まった。
「最近は照明というとLEDが話題になっています。LEDというと省エネルギー。でも、省エネだからといって、それだけで照明を選んでいいのでしょうか」
省エネのLEDは「節電」にもぴったり。ただし、照明というのは「いかに良質な光を楽しむか」ということも大切だ。LEDと従来からある白熱球を比べると、実は「光の質」が高いのは白熱球。省エネも大事だが、一概に省エネだけで照明を選ぶのも短絡的。照明は生活シーンなどによって使い分けていく必要がある。
岩井氏が講師を務める日本大学生産工学部居住空間デザインコースをつくったのは建築家の故・宮脇檀氏。ここでは宮脇氏が照明について遺した「名言」を辿りながら、住宅照明というものを考えてみた。
「宮脇さんは言いました。〈昼間、照明をつけなければいけない住宅は失敗である〉と」
家というものは空間を屋根や壁で囲む以上、現実には光の届かない場所が出てくる。宮脇氏が言いたかったのは「建築家は家を設計するとき、自然光を取り込む工夫をしなければならない」ということだ。
「しかし、どうしても昼間照明を点けたい時は、昼間暗く見える部分に光を当てるのが効果的です」
家の中でいちばん暗く見えるのは、光が入る窓のすぐ横の壁などであり、この部分を照らすのに活躍するのが間接照明だ。

「タスク&アンビエント」の発想で生活シーンに合わせた照明を

間接照明をうまく利用しているのが飛行機の機内。窓上部の間接照明は窓周辺が暗く見えるのを緩和している。天井の間接照明と合わせて機内の明るさ感を出しているが、本を読んだり書き物をするには明るさが足りない。だからそれが必要な乗客は自分の上にある読書灯をつける。
「飛行機の機内は非常に効率良く光を使っています。専門用語ではこれを〈タスク&アンビエント照明〉と言っています」
「タスク」とは「本を読んだりするための照明」。対して「アンビエント」は「全体的な環境照明」。飛行機の例でいうなら「タスク」が読書灯、「アンビエイト」が天井と窓上の間接照明だ。この考え方は、「節電」が呼びかけられるようになった東日本大震災以降、日本でも見直されるようになったという。
かつてと違い、昨今は日本の住宅事情もだいぶ良くなった。以前の日本の住宅というと、6畳程度の居間を天井の中央から下がる照明が部屋中を均一に照らしていた。明るければ良いという照明だった。居間が広くなった昨今でもこれはあまり変わっていない。明るさだけを追求した照明は、食事でいえば量重視の定食のようなもので「おいしい照明」ではない。
「おいしい照明というのはもっと光に抑揚があるものです」
「タスク&アンビエント照明」は、照明のプロがよく使う言葉「適光適所」という考え方に基づいている。
「適切な光を適切なところに使いなさい、という意味ですね」
人が空間に入って実際に目にするのは床や天井ではなく壁だ。ならばその壁をスタンドなどで明るくすると空間が明るく見える。ソファーで本を読む習慣があるのなら、ソファーの横にスタンドを持ってくれば効率よく必要な明るさが得られる。くつろぐことが第一義ならば、低い位置に「重心の低い光=低いフロアスタンド」を配置する。「重心の低い光は人の気持ちを落ち着かせる」からだ。一様でないこれらの光がおいしい照明をつくるのだ。
そもそも日本の住宅は昔から「重心の低い照明」が当たり前だった。行灯しかり、囲炉裏しかり、古くは竪穴式住居の時代から、人々は低い場所にある火=明かりを囲んでいた。照明が「天井の中央」に移ったのは「電気が通ったから」だ。安全性への配慮から床に這わすわけにはいかない電気は、天井を取り出し口とした。必然的に照明も天井に場所を変え、日本の住宅は明るくなった。しかし「良質な光を楽しむ」という観点からすれば、部屋全体を照らすのは非効率だしムードに欠ける。
「大学の授業では、天井の真ん中に照明器具をつけるということは頭からはずすよう教えています」
また、ときには照明は暗くすることも大切だ。 
宮脇氏の名言中の「名言」は、「日本人は明るい家庭と明るい照明を混同している」。
暗い光には人の気持ちを鎮静化する作用があるから、もめごとが大きくならない。また、女性の肌は白熱球を暗めに調光したときがいちばん美しく見えたりするので、歳を重ねるごとに夫婦の寝室を暗くすることが夫婦円満につながるのだ。
現代はさまざまな光の種類の照明器具やさまざまな光のシーンをボタン一つで再現できる調光システムがある時代。これらをうまく組み合わせ、生活シーンにあった光を楽しめばいい。
「食事をするとき、くつろぐとき、趣味を楽しむとき、そのシーンごとにおいしい光を楽しもうということです」

光は人の心を和ませる

セミナー前半のラストは照明の実演。持参した白熱球やLEDなどを点灯して光の違いを体験。休憩を挟んでの後半は事例紹介。東京駅を臨む『KITTE』のテラスや、環境省の「第4回省エネ・照明デザインアワード」を受賞した『アーツ前橋』、いろいろな色が楽しめるLEDを活用したレストランの照明、東京スカイツリー直下の道路照明、故・黒川紀章氏設計の『国立新美術館』、「木漏れ日照明」をコンセプトにした熊本の再春館製薬所本社社屋、日本橋川沿いに延びる「大手町川端緑道」、それに今年9月にオープンする『京都国立博物館・平成知新館』等々、岩井氏がこれまでに手がけてきたプロジェクトの中でも新しいものを中心に、そのコンセプトについて画像を見ながら解説していただいた。照明デザインは平面図だけではなかなかできないもの。模型を使ってのプレゼンや現場での調査や実験、さらにクライアントや建築家とのコミュニケーションが不可欠だ。見る人を魅了する「光」の裏にはデザイナーの努力が隠れていることがわかる。
岩井氏は、この先も「常にステップアップして自分の仕事を一歩ずつ着実にやっていきたい」と願っている。
「光は心を和ませるし、みんなが幸せになる。それが平和な社会につながればいいですね」

講師紹介

岩井 達弥(いわい たつや)
岩井 達弥(いわい たつや)
照明デザイナー
建築家の父の影響で建築を学び、就職活動で照明会社と出会い、光の世界に魅了され照明デザインを生業とする。国立新美術館、神奈川県立近代美術館葉山、豊田市美術館、梅田スカイビルなどの照明デザインを担当。人の心理に働きかける光の風景をつくることを心がけている。国際照明デザイナーズ協会プロフェッショナル会員。日本大学、女子美術大学、武蔵野美術大学の講師も務める。主な著書に『眼を養い手を練れ・宮脇檀住宅設計塾』(彰国社)などがある。