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イベントレポート

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2014年5月17日(土)14:00~15:30 

八代目 大谷 友右衛門(はちだいめ おおたに ともえもん) / 歌舞伎役者

日本の伝統芸能・歌舞伎鑑賞への誘い

昨年歌舞伎座が生まれ変わり、あちこちで歌舞伎の話題が出ている。しかし一方で"敷居が高い"、"知らないと楽しめない"などというイメージから歌舞伎鑑賞へ足踏みされている方も多いのではないだろうか。歌舞伎は日本固有の演劇で、2009年にはユネスコの無形文化遺産に登録された伝統芸能。江戸時代より続く演劇様式の伝統を大切にしながら、一方で時代に合わせた新しい演出を採り入れた現代演劇としても昨今世界で注目を浴びている。今回のセミナーでは、歌舞伎役者である八代目大谷友右衛門氏をお招きし、歌舞伎の楽しみ方、また役者から見た歌舞伎、所作の実演も交えて、わかりやすくご紹介いただいた。

「荒事」は江戸で発達した歌舞伎

今日の講師は、八代目大谷友右衛門氏。「まずは『毛抜』の話をさせていただきます」と始まったセミナーは、ちょうど歌舞伎座で公演中の『毛抜』にまつわるエピソードから。公演中の舞台での大谷氏の役は、公家の当主である小野春道。物語はその春道の娘、錦の前が同じく公家の文屋豊秀に輿入れすることになっていたところを、小野家を乗っ取ろうする家臣たちが、婚儀を妨げようとして「髪の毛が逆立つ」という奇病を作り出すという御家騒動物語。歌舞伎のなかでは『助六』や『勧進帳』と同じく、「歌舞伎十八番」に入る演目だ。
「『毛抜』は架空の話。髪の毛が逆立つというのは、種明かしをすれば天井裏に隠された磁石によって鉄製の鈿(かんざし)が持ち上がるということなんですが、磁石がどんなものかを知っている私たちから見れば無理のある話ですよね。主人公の粂寺弾正がそのからくりを見破ろうと一生懸命になっている。そうしたシーンが凄くおもしろいんですよ」
タイトルの『毛抜』は髭を抜く道具である毛抜のこと。弾正は自分の髭を抜こうと持ってきた毛抜が磁石に反応して動いたことから、家臣の企てを見抜いて事件を解決する。『毛抜』を含む「歌舞伎十八番」とは、市川家が代々伝えてきた十八の演目を指す。その大半は「荒事」だ。
「荒事は江戸で発達した歌舞伎。ダイナミックというか、アクション的なものです。最近は市川海老蔵さんがいろいろと掘り起こして、長いこと上演されなかった演目も上演されるようになりました」

演じた役は100以上、歌舞伎役者には「前の役を忘れる技術」も必要

江戸の荒事に対し、関西に多いのが「和事」。これは今で言うトレンディードラマ、つまり恋愛物だ。他にも歌舞伎の演目には歴史的な人物が登場する「時代物」や、江戸の町人社会などを描いた「世話物」などがある。時代物にはナレーション的要素として浄瑠璃(義太夫)が入り、役者はそれに合わせて演じていく。世話物で有名なのは盗賊を主人公とした『弁天小僧(青砥稿花紅彩画)」。この世話物には義太夫は入らず、かわりに長唄やお囃子が入って「下座(効果音)」を演奏する。歌舞伎の舞台では客席から見て右側の上手が義太夫など浄瑠璃の場所、左側の下手は長唄やお囃子。下手には「黒御簾(くろみす)」というすだれのかかった小部屋がある。一説によると、江戸の昔は「ここに紋付を着た武士の次男坊、三男坊がいて、アルバイトで演奏していた」という。歌舞伎の太夫たちが紋付姿なのはこれに由来するのかもしれない。
今回のセミナーでは、『毛抜』で使う小道具の「毛抜」や「方位磁石」を特別に公開。披露されたのは小道具会社が予備に保管しているダミーだが、古い物はすでに骨董品扱いされているという。なかでも注目は「書き抜き」と呼ばれる台本。これは芝居のセリフの中から、その役者が喋る箇所だけを選んで書いたもの。現在は歌舞伎も他の芝居と同様に役者全員のセリフが入った台本を使用しているが、20年ほど前まではこの「書き抜き」が普通に使われていた。当然、役者は、物語の流れを理解していないと、自分のセリフをどの場面のどのタイミングで言ったらいいかがわからない。歌舞伎役者たちがどれだけ研鑽を積んで役に取り組んできたかが窺える話だ。そういう状況のなか、役者たちは幾種類もある役をそのときどきによって演じてきた。「『勧進帳』とか『助六』というのは人気の演目なので、僕らもどの役でもできるようにしとけと言われるんですが、なかなか……」と笑う大谷氏。これまでに演じてきた役は100を優に超す。歌舞伎の興行は25日間。ひとつの芝居が終わって、次の演目の合わせ稽古ができるのはわずかに5日間。その間に「役」を自分のものにしなければならない。そこにはセリフや動きを覚えるだけではなく、「前の役を忘れる技術も必要」。でないと次の芝居で「つい出てしまう」からだ。

大晦日のサントリーホールで『勧進帳』を

さまざまな演目の中でも『勧進帳』は大谷氏にとって思い入れのある作品。富樫左衛門や源義経、四天王など、弁慶以外のさまざまな役を演じてきただけでなく、10歳で初舞台を踏んだのもこの『勧進帳』だった。演じたのは富樫の太刀持(たちもち)。本身(真剣)の入った刀は子どもには相当な重さ。弁慶と富樫の問答が終わるのを待つ間、まわりからは「重いから置いていいよ」と言われていたが、必死で持ちつづけた記憶がある。
「『勧進帳』の舞台で何が辛いかというと待つこと。歌舞伎の衣装はかたい衣装が多いんですね。富樫や義経を演じているときなどは衣装が映えるように辛い姿勢で立ったり座ったりして待っていなきゃいけない。四天王にしてもセリフは2つくらいであとはじっと待つだけ。番卒の役も座りっぱなしで動きがないので体が痺れてくるんです」
肉体的にハードな歌舞伎役者という仕事。大谷氏の父の四代目中村雀右衛門氏は88歳まで現役の役者として活動した。その裏ではジム通いなど、体力を維持するためのたゆまぬ努力があったという。
セミナー後半では『毛抜』の小野春道の「呼び止め」を参加者全員で体験。大谷氏の手本に従い、全員が下腹に力を入れて「きいた~、きいたあ~」。ほんの一瞬ながら、自分が歌舞伎役者になったかのような楽しい時間を共有することとなった。
最後は質疑応答。好きな演目は「世話物」。得意でないのは「踊り」。「もともとは女形でしたが、帯はきついし、鬘(かつら)は重いしで、すごく苦しい」、「富樫と弁慶だったら富樫の方が突き詰めていくとおもしろいかも」、「決めのシーンで“明石屋!”と声をかけてくれると嬉しい」と、ざっくばらんに語ってくれる大谷氏。最後はd-labo恒例の「夢」についての質問。
「やりたいのは大晦日に『勧進帳』をサントリーホールで上演すること。第九を聴くように、『勧進帳』の名曲で1年を締めくくることができればいいですね。舞台には形のいい本物の松の木を持って来て、配役は若手中心に最高のものとする。自分はそれを演じるのではなくプロデューサ―として客席から観てみたいんです。それが僕の今の夢です」

講師紹介

八代目 大谷 友右衛門(はちだいめ おおたに ともえもん)
八代目 大谷 友右衛門(はちだいめ おおたに ともえもん)
歌舞伎役者
東京生まれ。四代目中村雀右衛門の長男。屋号・明石屋。定紋は丸十、替紋は水仙丸。俳名に紫道がある。1959年2月歌舞伎座「勧進帳」にて初舞台。1964年9月、歌舞伎座「ひと夜」で八代目大谷友右衛門を襲名。歌舞伎座・国立劇場などの歌舞伎公演にて主に立役を務める。近年では、フランス、イギリス、イタリアなどを含む国内外の歌舞伎公演やテレビ出演などを多数精力的にこなしている。http://www.akashiya.net/