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イベントレポート

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2014年6月24日(火)19:00~21:00

田中 誠(たなか まこと) / 映画監督

ヒット映画に隠されたメッセージとは
~ヒッチコックからアナと雪の女王まで~

映画の鑑賞スタイルは人によってさまざまです。ストーリーを楽しむ、キャストを楽しむ、音楽を楽しむ、最新技術を楽しむ......しかし、映画の楽しみ方はそれだけではありません。ヒット映画が生まれる背景には必ず、観客の隠された欲望があります。そして見事にその欲望に応えた映画だけがヒット映画となるのです。映画監督の田中誠氏が、誰もが知っているヒット映画に隠された、思いもよらないメッセージを解き明かします。

時代につれて変遷する映画のヒーロー像

古今のヒット映画にはどんなメッセージが隠されているのか。「私の意見は基本的にデータより勘。作り手として自分の経験したことからお話ししたいと思います」と前置きしてセミナーは始まった。
「映画監督はその時代の観客の気持ちといかにチャネリングし、新しいアイデアを出すかが勝負」。
冒頭は、田中氏が5年ほど前に舞台挨拶で足を運んだ地方都市のシネコンの話。家族向けの商業施設を想像していた田中氏は、そこで「びっくり」させられる光景に出会う。
「入口を入ると左側がシネコンで右側が巨大なパチスロ店。ショッピングモールもレストラン街も無い。極端な言い方をすると、ここに来る人たちは休日を過ごすのに映画を観るかパチスロをするかしか選択肢がないんです」
地方のシネコンの来場者は、現在の映画業界にとっては大切なお客さま。しかし地方では経済が疲弊し、人々は未来に希望を抱けないでいる。田中氏は『カイジ 人生逆転ゲーム』という映画を観たとき、そのヒットの秘密を理解した。
「『カイジ』は借金で首がまわらなくなった人間が命がけのゲームに挑む物語。これがパチスロしかすることがないような、ある層のお客さんにチャネリングしたんだなあと。映画監督は、こういう人たちを理解して映画を作らねばならないのです」
映画のテーマやヒーロー像というのは、時代につれて変遷するもの。ヒット作を生み出すには、作り手がこれに気付くかどうかが鍵となる。例えば、田中氏の子どもの頃のヒーローは「西部劇に登場するジョン・ウェイン」だった。ジョン・ウェインといえば、1940~60年代の保守的なアメリカ人にとっては「理想像」。ジョン・ウェイン演じるガンマンの価値観は「男」であるか否か。あるいは「プロフェッショナル」であるか否か。アメリカ文化に憧れていた当時の日本の子どもたちも同様に「大人になったらジョン・ウェインのようになりたい」と思っていた。同じ頃、盛んだったのがハードボイルド。トレンチコートの襟を立てたハンフリー・ボガート演じる渋い探偵の物語は、ヌーヴェルヴァーグの巨匠ゴダールに言わせると「昼日中から大の大人が好きなところをうろついて、好き勝手に人の裏を突っついている話」。毎日、朝から晩まで働いて土曜の夜にやっと映画館に足を運べる観客にとっては、さぞ「自由人」に見えたことだろう。
「日本で言えば『フーテンの寅さん』や『無責任シリーズ』がうけたのと同じ。さすがはゴダール。本質を見抜いているんですね」

キーワードは「チャネリング」

一昨年ヒットした『桐島、部活やめるってよ』のテーマは「スクールカースト」。学校内の閉塞的な上下関係を描いた映画は、アメリカの場合、すでに1978年の『アニマル・ハウス』などでも見られる。ジョン・ウェインのマッチョなヒーロー像とは違って、冴えない主人公がヒーローになる、といった話もハリウッドでは一種の定番。2007年公開の『トランスフォーマー』でも踏襲されている。こうした主人公たちは「僕には無理」と弱音を吐きながら世界を救ってみせたりする。大ヒットした『マトリックス』はもっと進んでいて、一般人である主人公が突如「努力なし」で救世主になってしまう。
「こうした映画の主人公像に疑問も湧いてしまうのですが、一方で『こんな主人公がいても悪くないかな』という気持ちにもなります」
かつて教えていた映画制作の専門学校の学生たちは、せっかく入学したのに夏休みが終わると半数以上も退学してしまうという。皆、「才能がないから」と努力する前にあきらめてしまうのだ。とは言え、確かに全員が映画監督になれるわけではない。
「そういう人たちが夢を抱ける場所として映画館はあるはずなのです。だから『マトリックス』のような映画があってもいいし、ヒットするのも当然なのです」
セミナー後半は「映画のマーケットとしての日本の特殊性」について。日本はつい最近までは世界第2位のマーケットだった。だから新作映画が公開となると、ハリウッドスターたちがこぞってキャンペーンに訪れた。しかし最近では「これぞ」とハリウッドが力を入れた映画が、思うほどヒットしなくなってきている。
「僕がそれをいちばん感じたのは、2008年公開の『ダークナイト』。アメリカでは歴代新記録の興行収入でしたが、日本では10数億円と、他の作品に完敗でした」
クリストファー・ノーラン監督がこの作品に込めたのは「格差社会の民衆の姿」。これがアメリカやヨーロッパの人々には「自分たちの話」と受け入れられた。しかし日本はその頃まだ格差社会は深刻では無かった。だから当たらなかった。
『ダークナイト』に限らず、「SF映画は荒唐無稽だからこそ時代の空気を読まないといけない」。1950年代、アメリカでは「宇宙人が襲ってくる映画」がたくさん作られた。背景にあったのは「共産主義への恐怖」だった。同じ頃、日本では『ゴジラ』が撮られた。水爆実験の影響で生まれた怪獣が東京を焼き尽くす悪夢のような光景は、太平洋戦争での空襲や原爆、そして第五福竜丸事件を経験したばかりの日本人には鮮烈だった。

今の若者たちが無意識でチャネリングしている『進撃の巨人』

「最近の日本の特徴は、世代論が可能なくらい年齢によって嗜好が違うところです」と田中氏。若い世代にうけていると言われるアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』と『進撃の巨人』でも実は年代でファン層が別れる。「エヴァ」には「説教する親」が登場し、敵はむしろ「親」なのだが、『進撃の巨人』にはもはや親の存在は無く、主人公たちは自分たちの力だけで、圧倒的な相手=巨人に立ち向かわなければならない。自分たちを補食する巨人から逃れて城塞都市に籠る人類の姿は、ガラパゴスな現代日本を彷彿とさせる。
「『進撃の巨人』に今の20歳くらいの子たちは理屈でなく、無意識にチャネリングしています」
「やる気のある若者」が登場する作品に「期待している」と田中氏は言う。
最後に紹介された作品は250億円の大ヒット作となっている『アナと雪の女王』。挿入曲、『Let it Go ~ありのままで~』は女の子が自立を決意する歌。これを全員で合唱。セミナーの最後は田中氏の「夢」について。
「これから日本は変わっていく。僕らの時代は何とかなると思っていたけれど、今の若い人たちは果たしてどうなるのか。彼らの行く末を見届け、天寿を全うしたいと思います」という言葉でセミナーは幕を閉じた。

講師紹介

田中 誠(たなか まこと)
田中 誠(たなか まこと)
映画監督
1960年 神奈川県横浜市生まれ。成城大学在学中に『すしやのロマノフ』(‘83年)で、第3回ヤングジャンプ・シネマフェスティバル優勝。卒業後、フリーの映像ディレクターとしてテレビの音楽番組やバラエティ番組の演出をした後、鈴木清順監督作品『ピストルオペラ』(‘01年)のアシスタント・プロデューサー、紀里谷和明監督作品『CASSHERN』(‘04年)のアソシエイト・プロデューサーなどを務める。2005年『タナカヒロシのすべて』で脚本・監督デビュー。これまでの主な映画監督作品は、『おばちゃんチップス』(‘06年)、『うた魂♪』(‘08年)、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(‘11年) などがある。