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イベントレポート

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2014年7月8日(火)19:00~21:00

フランク・アンダーソン / デンマーク王立バレエ団元芸術監督

ロマンティックバレエ入門
~オーギュスト・ブルノンヴィルの「ラ・シルフィード」の世界~

「ロマンティックバレエ」とは「ロマンティック」なバレエではなく、「ロマン主義時代」のバレエという意味。ロマンティックバレエの特徴は妖精や魔女が登場する幻想的な作品であること。代表的な作品には「ジゼル」、「白鳥の湖」、「ラ・シルフィード」があげられる。特に「ラ・シルフィード」はロマンティックバレエの代表的作品だが、日本ではあまり知られていない。今回のセミナーではデンマークのオーギュスト・ブルノンヴィルが振付した「オーギュスト・ブルノンヴィル版ラ・シルフィード」について、デンマーク王立バレエ団芸術監督を15年以上にわたって務め、今もブルノンヴィルバレエの普及のために世界中を駆け回っているフランク・アンダーソン氏をお招きし、オーギュスト・ブルノンヴィルという人物や、デンマーク王立バレエ団の歴史、そして「ラ・シルフィード」の物語とその背景にある心の動きを表わすのに使われるテクニックやマイムをダンサーの実演を交えながらお話しいただいた。

古い歴史を持つデンマーク王立バレエ団

「バレエというのは言葉のないコミュニケーションです」
そう話すフランク・アンダーソン氏は長い伝統を持つデンマーク王立バレエ団の元芸術監督。このセミナーでは7月19日と20日に予定されている公演『オーギュスト・ブルノンヴィルの世界』を前に、デンマークにおけるバレエの歴史と、19世紀に活躍した同バレエ団の芸術監督オーギュスト・ブルノンヴィル及び彼の作品である『ラ・シルフィード』について、映像や実演を交えてお話しいただいた。通訳は「30年のおつきあい」という井上バレエ団の諸角佳津美氏。井上バレエ団は世界中にあるカンパニー(バレエ団)の中でもブルノンヴィルの作品を上演していることで知られ、アンダーソン氏も現役のダンサーの時からゲストダンサーとして出演している。
「19世紀に生きたブルノンヴィルにとって日本は遠い国でした。それが今こうして多くの方にブルノンヴィルの話を聞いてもらい、作品を観てもらえるようになった。彼がこの場にいたら、きっと喜んでくれることでしょう」
オーギュスト・ブルノンヴィルは、1805年にコペンハーゲンに生まれた。デンマークではそれ以前の17世紀からオペラや演劇、バレエなどが盛んに上演されていた。とくに国王が好きだったのがバレエ。王室がスポンサーとなってバレエ団が結成され、フランスやイタリアなどヨーロッパ各地からバレエマスター(舞踊監督)が招かれていたという。その中でも有名なのがイタリア人のヴィンツェンツォ・ガレオッティ。1775年に王立バレエ団に招聘された彼は、新しいバレエ作品を創ったり、バレエ学校を設立したり、ダンサーの教育にあたったりと、40年にわたって同バレエ団に貢献し続けた。1786年に作られた『キューピットとバレエ教師の気まぐれ』は、現在でも当時のままの振付けで踊られている「世界最古」のバレエ作品と言われている。と同時に「この作品自体がデンマーク王立バレエ団の歴史」とも言える作品だ。

「ゴールデンエイジの申し子」だったブルノンヴィル

19世紀に入ると、ヨーロッパはロマンティシズムの時代を迎える。19世紀はデンマークにとっても「ゴールデンエイジ(黄金時代)」。社会的、政治的には首都のコペンハーゲンを襲った二度の大火やイギリスとの戦争など試練の時代であったが、芸術においては、バレエはもちろん、美術や建築、音楽などさまざまな分野の芸術家たちが活躍した。ブルノンヴィルはまさにこの時代に生まれた「ゴールデンエイジの申し子」。同じ1805年には童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセンも生まれている。この背景にあるのは、18世紀後半のフランス革命の影響と、ロマンティシズムとほぼ同時に起きていた産業革命がある。政治はそれまでの王政から民衆のものへ。また工業の発展により、それまで下層階級だった人々が中流階級層となり、より物質的、金銭的な欲望を求めるようになっていた。しかし、ほどなくして人々はそれだけでは足りないことに気付いた。人生を価値あるものにするには何が必要か。思想家たちはその答えを芸術の中に見出してゆく。
「ブルノンヴィルのバレエ作品は、まさにこうした普通の人々を題材にし、その人々に向けて作られたものです」
『ラ・シルフィード』はスコットランドの男性の物語。『ナポリ』はそこで暮らす漁師が主人公。ブルノンヴィルはこうした作品を通して人々に「超自然的なことや不可思議なこと、エロティックなこと」などを伝えていった。
「ロマン主義の世界を取り入れて、王様や貴族は主人公にせずに普通の人々を描く。これがブルノンヴィルの作ったロマンティックバレエでした」
ブルノンヴィルの父親はフランス出身のアントワ―ヌ・ブルノンヴィル。スウェーデンの王立バレエ団でダンサーとして踊っていたアントワーヌは、次にコペンハーゲンのバレエ団に入り、そこでブルノンヴィルは生まれる。オーギュスト・ブルノンヴィルは優れた舞踏手であり、教師であったオーギュスト・ヴェストリスに師事した後、パリで修業を積み、やがてデンマーク王立バレエ団の中心的存在となる。その間に作ったバレエ作品は約50にのぼる。演劇に挿入する振付けなど小さな作品も無数に生み出した。一方で、収入面では社会的地位の低かったダンサーたちの給料を引き上げたり、恩給制度を設けたりと、バレエに携わる人々の待遇改善にも取り組んできた。たんなるバレエマスターやプロデューサーの域に留まらないその活動ぶりは「偉大な劇場人」と呼ぶのがふさわしい。

人々に愛されつづけてきた『ラ・シルフィード』

このブルノンヴィルの代表作が『ラ・シルフィード』。最初、パリでイタリア出身の振付家フィリッポ・タリオーニが振り付けたこの作品を見たブルノンヴィルはコペンハーゲンでの上演を夢見るが、タリオーニには協力を断られてしまう。そこで生まれたのが、まだ20歳だった作曲家リーヴェンスキョルを起用してのブルノンヴィル版『ラ・シルフィード』だった。婚約者との結婚に疑問を抱くスコットランドの男性ジェイムスが妖精ラ・シルフィードと恋に落ちる物語は「誰の人生にもあるかもしれない話」として共感を呼び、今日も上演されつづけている。
セミナー後半では、2005年にブルノンヴィル生誕200周年を記念して行なわれた公演の映像を上映。また、井上バレエ団のプリンシパルである西川知佳子氏をラ・シルフィード役に、アンダーソン氏はジェイムス役としてその一場面を再現するなど、言葉ではなくバレエの実演を交えながら作品を解説。参加者に『ラ・シルフィード』という作品の魅力を伝えてもらった。
アンダーソン氏が見せてくれたのは「シルフィードに誘われてジェイムスが森にやってきたシーン」。ラ・シルフィードを追って森の中へと入ったジェイムスは、妖精と愛を確かめあう。触れようとしてもなかなか触れさせてくれないラ・シルフィードに当惑するジェイムス。イチゴや泉の水でジェイムスをもてなすラ・シルフィード。人間と妖精の愛は、やがて悲劇で幕を閉じる。
「ブルノンヴィルの作品で悲劇的な結末を迎えるのは実はこの『ラ・シルフィード』だけです。だからこそ、多くの人に愛されつづけているのかもしれません」 アンダーソン氏の母親もプリンシパルダンサー。7歳から王立バレエ学校でバレエをはじめ、バレエ一家に生きるアンダーソン氏。アンダーソン氏の日本での「夢」は「井上バレエ団でファンタスティックな仕事をつづけること」。
「日本の方々に対し、バレエで何かできるのか、最善を尽くしたいと願っています」

講師紹介

フランク・アンダーソン
フランク・アンダーソン
デンマーク王立バレエ団元芸術監督
デンマーク王立バレエ団プリンシパルとして、ブルノンヴィルの「レパートリー」をはじめとする数々の作品の主役を演じ、1985年~1994年、2001年~2008年の2回にわたり、デンマーク王立バレエ団の芸術監督を務める。芸術監督在籍期間中の1992年と2005年に「ブルノンヴィル・フェスティバル」を主催。現在はアメリカやフランス、ウルグアイ、中国など、世界各地でブルノンヴィルバレエの作品の指導、ステージングを行なう傍ら、講演会やセミナーを通じてブルノンヴィルバレエの普及に努めている。夫人のエヴァ・クロボーグとともに井上バレエ団の指導にもあたっている。