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2014年7月29日(火)19:00~21:00

鳴海 拓志(なるみ たくじ) / 東京大学 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 助教

錯覚で幸せになる技術

感覚器には異常がないにもかかわらず、実際とは異なる知覚を得てしまう現象が「錯覚」である。錯覚は、限られた情報から現実を最大限理解するために、脳が作り出した工夫の結果として生じる。「見間違いや思い違いなど、ネガティブな印象の強い錯覚であるが、これを積極的に活用することで、私たちの感じる感覚やリアリティ、感情をコントロールすることも可能になる」と語る鳴海氏。匂いと見た目を変えて食べ物の味を変える技術、見た目を変えて満腹感を変える技術、見るだけで楽しくなれる鏡の技術など、これまで鳴海氏が手掛けてきた「錯覚を応用して幸せを生み出す技術」についていくつかの例を交えながらご紹介いただいた。

「見た目」で変わる食べ物の味

研究者としての鳴海拓志氏の目的は「テクノロジーで人を幸せにする」こと。そこで鳴海氏が用いているのが「錯覚」だ。「バーチャルリアリティ=人工現実感」や「オーグメンテッドリアリティ=拡張現実感」といったものを駆使してコンピューターで「リアリティ」を作り出す、あるいは改変する。日々、そうした実験を積み重ねている。この日のセミナーでは、テレビなどでも紹介されている実験とその成果を、映像や画像をまじえて紹介。「錯覚」がもたらす人間の感覚や感情、行動の変化などについて語っていただいた。
まず見せてくれたのは、「拡張現実感によって味が変化するクッキー」。被験者の女性に渡されたのは普通の味のクッキーだ。しかし、ゴーグル型のデバイスを用いて、見た目をチョコレートクッキーに、さらにチョコレートの匂いを嗅ぎながらクッキーを頬張ると、「普通のクッキーなのにチョコレート味のクッキーだと感じてしまう」のだという。
「こんなふうに見かけと匂いを変えると、8割ほどの人はチョコレートクッキーの味を感じてしまいます」
同じように「錯視」によって起こる「錯覚」は、味だけではなく満腹感にも表われる。手に持った食物が大きく見えたり小さく見えたりするデバイスを使うと、もとのサイズは変わらないのに、少し食べただけで満腹になったり、いつもよりたくさん食べられたりする。グラスの飲み物にしても、入っている量は同じなのに、細長いグラスと底が幅広のグラスでは、人は一口に飲む量が変わるという。こうした「錯覚」は、身近なところではダイエットなどに応用可能だ。

白い段ボール箱を使えば疲れにくい

では、そもそもリアリティとは何なのか。最近の映画はCGの発達でバーチャルな世界があたかもそこにあるかのようなリアリティを我々に感じさせてくれている。ただし、できているのは「物体の挙動の再現」であって、今のところはまだ「会話」といった「知的で生命らしい挙動」を自動的に生成することはできていない。CGで描かれた人間に対して、静止画ではリアルに感じても、動き出した瞬間にどこか不自然さを感じてしまうのはそのためだ。バーチャルリアリティがこの壁を越えるには、「人間の頭の中を理解する」必要がある。鳴海氏は「錯覚」を「その手がかり」と考えて研究を進めている。
最初のターゲットは「感覚」。
「感覚の組み合わせから生じる錯覚というのはけっこう多い。とくにそれが顕著なのが味覚です」
見た目と匂いを変えれば味が変わったように感じるのはクッキーの実験で実証した通り。味覚以外にも感覚の組み合わせによって起こる錯覚はたくさんある。その代表例が腹話術。この芸を見ると、人はパクパク動く人形の口から声が出ていると錯覚を起こす。コンピューターがフリーズしたときなども、マウスを持つ手が重く感じたりするのは視覚がそうした触覚を勝手に頭の中に作り出すからだ。
ここでも実験をひとつ紹介。Aという普通の形をした円筒をモニター越しにさわってもらい、モニターにはBというへこんだ形の円筒を映し出す。すると8割ほどの人はAを触っているにも関わらずBを触っている気になって「へこんでいますね」と答える。
色もまた「錯覚」を引き起こす。大手の引っ越し業者などが使用している白い段ボール箱。これにはちゃんと理由があるという。
「なぜかというと白い方が軽く感じて疲れないから。これは実験でも証明されています」
鳴海氏の研究室では手に持ったものの色を変えてみせるシステムを制作。これを用い、ダンベルの色を変えたときに、どれくらい作業に影響が現れるかを実験した。すると白く見えるダンベルを持ち上げられた回数は、同じダンベルを黒く見せた時よりも18パーセントも多かったという。
「黒いものは視覚的に重そうに見える。だから体がよけいな力をたくさん出してしまう。一方、白いものは軽そうだから無駄な力が抑制され、その分たくさん持ち上げることができるんです」

「錯覚」で「楽しい気持ち」になる

「錯覚」はまた、人間の感情や判断にも影響する。例として挙げられたのは「吊り橋効果」。揺れる吊り橋と普通の平坦な道。そのどちらもゴールに女性を配置して、男性にそこまで行ってもらう。すると吊り橋をドキドキしながら渡ってからの方が、男性の目には女性が魅力的に映るのだという。これは「本当は吊り橋でドキドキしているのに、頭が女性にドキドキしていると錯覚を起こすから」。似たような例はほかの実験でも見られる。また、ポジティブなときとネガティブなときでは物の見方や捉え方が変わってきたりもする。
「人は心理状態によって世界の見え方が変わってしまうということですね」
算数の世界では、1+2=3という「順問題」と、逆に「答えが3なら何と何を足すのか」という「逆問題」がある。
「感覚を足し算していくと心理になるならば、その逆問題を解けば、感覚を組み合わせて心理もつくれるということです」
次に見せてくれたのは「表情を少しだけ変える鏡」。これを使うと自分の顔が笑顔に見えたり悲しげな顔に見えたりする。自分の笑顔を見た人は「自分は今楽しいんだ」という気持ちになり、逆に悲しげな顔を見ると、気持ちは悲しくなる。「楽しい」や「悲しい」といった感情は、こんなふうにある程度操作ができてしまうものなのだ。
スカイプなどを通じてのやりとりでも、このシステムを使うと効率が上がったりする。
「お互いが笑顔だと実際にアイデアがたくさん出て来たりします」
感覚や感情だけではなく、「錯覚」は人間の行動も変える。短期的には、ウェアラブルデバイスやiPadなどのタブレット端末を使った「視覚的なエフェクト」や「心地良さの体感」で人は簡単に「錯覚」に誘導されるし、長期的には生活習慣や食事の好みも変わっていく。一例は、買物などでもらうレシートを記録したライフログを使ったアプリ。その人が過去にどこでどんな買物をしたか、そこから予想して天気予報ならぬ「消費予報」を出すといったアプリは、無駄な出費を抑えたいときなどに有用だ。
鳴海氏が世に送り出している技術の一部は、「おおげさなものではなく、iPhone1台あればできる、自分自身で使えるもの」だ。こうした研究の裏には「人間ってなんだろう」という素朴な疑問と「みんなにそれについて考えてもらいたい」という願いがある。
「夢は、考えるのに役立つような体験をみなさんに提供していくこと。これからも変なものを作ってはお見せしたいと思います」
若き研究者の夢に会場からは大きな拍手が送られ、セミナーは幕を閉じた。

講師紹介

鳴海 拓志(なるみ たくじ)
鳴海 拓志(なるみ たくじ)
東京大学 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 助教
東京都出身。2006年 東京大学工学部システム創成学科卒業。2008年 同大学大学院学際情報学府修了。2011年 同大学大学院工学系研究科博士課程修了。 2011年より同大学情報理工学系研究科知能機械情報学専攻助教、現在に至る。拡張現実感、錯覚を利用した五感インタフェースに関する研究に従事している。博士(工学)。