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2014年8月5日(火)19:00~21:00

井口 聖(いぐち さとる) / 国立天文台 電波研究部 主任

究極の望遠鏡:アルマ望遠鏡
-新しい宇宙観の扉が開かれる-

20世紀の科学技術の大躍進に伴い、ビッグバン、ダークエネルギー、ダークマター、ブラックホールといった新しい宇宙観が生まれ、それらの理解が進んだ。そして21世紀に入ると、インフレーション宇宙の存在までもが証明される段階に至りつつある。新しい観測事実はさらなる新しい宇宙観を生むのだ。しかし、宇宙の誕生、銀河および星の形成史、そして膨張宇宙における物質の進化に関わる謎は、今後も大きな課題として研究者たちの挑戦を待ち受けるだろう。そして、21世紀最初の究極の望遠鏡となるアルマ望遠鏡が登場した。この望遠鏡により、さらに私たちにとって最も興味深いテーマのひとつである"生命の起源"の研究への挑戦がはじまる。この望遠鏡がもたらす新しい宇宙観と天文学者らの寄せる期待について、国立天文台電波研究部主任の井口氏にお話しいただいた。

ガリレオから始まった今日の天文学

2013年から本格的な運用が始まった南米チリのアルマ望遠鏡。山手線の内側に匹敵する敷地に66台のパラボラアンテナを配置した巨大電波望遠鏡は、その驚異的な空間分解能=視力から「21世紀最初の究極の望遠鏡」と呼ばれている。本セミナーでは、この国際プロジェクトにおけるアルマ東アジア・プロジェクトマネージャーであり、国立天文台の井口氏に、今日に至るまでの天文学の歴史とアルマ望遠鏡についてお話しいただいた。
「まずはこれまであきらかにされてきた宇宙って何? というところから始めましょう」
天文学の端緒は古代文明。古代エジプト、ギリシャ、ローマや中国では、当時の人々が天体観測をもとに暦を計算していたと言われている。現在でも暦を決めるのは国家の仕事である。実は日本でも「春分の日や秋分の日は国立天文台が決めている」という。
実際に今日に通じる天文学が始まったのは17世紀頃。前世紀にコペルニクスが地動説を唱え、ケプラーが惑星の運動に法則があることを発見し、この2つをつないだのがガリレオ・ガリレイだ。ガリレオはさらに望遠鏡で天体観測を行ない、木星に衛星があることを発見する。地動説を巡っては天動説を絶対とするローマ教皇庁と対立し、終身刑の判決を受ける。今となれば、正しいのはガリレオだったのだが、存命中は報われず、科学的に地動説が認められるには18世紀まで待たねばならない。
20世紀に入ると天文学にはハッブルとアインシュタインという偉大なスターが登場する。ハッブルは長年の膨大な観測結果から「宇宙は膨張している」という結論を導き出す。一方、相対性理論を発表したアインシュタインは「すべての科学者の憧れ」。こうしたスターのあとを追って、天文学はどんどん発展していく。

ビッグバン、ブラックホール、宇宙の謎に迫る

「近年、雑誌などでよく聞くのが、ビッグバン、ダークマター、ダークエナジー、ブラックホールといった言葉です」
宇宙の始まりが「ビッグバン」という大爆発だったことはもはや定説であるといって良い。理論物理学者のジョージ・ガモフ氏が1948年にビッグバン宇宙論による宇宙背景放射の存在を提唱し、1964年にベル研究所のアーノ・ペンジアス氏とロバート・ウッドロウ・ウィルソン氏が宇宙マイクロ波背景放射を観測的に発見したことを発表した。
ビッグバンがあったとして、では、どうやって今日の宇宙の広がりができたのか。それがインフレーション=急膨張だったと主張したのが日本人研究者の佐藤勝彦氏やアメリカ人研究者のアラン・グース氏だ。さまざまな宇宙の進化論の中でも「現在、強く支持されているのが彼らのインフレーション理論である」。その痕跡を見つけるべく、NASAをはじめ世界中の研究機関が調査に取り組んでいる。これらの観測を通じて、ダークマター(暗黒物質)やダークエナジー(暗黒エネルギー)といった、まだ人類が発見していない、目に見えない宇宙の物質やエネルギーの存在がぼんやりとだが分かり始めた。決定打となる研究成果はまだ出ていないが、一説として宇宙全体で見るとダークエナジーが73パーセントでダークマターは23パーセント、人間に把握できるのは残り4パーセントの世界でしかないといわれている。
井口氏が個人的にもっとも関心を寄せているのがブラックホールだ。光さえ脱出できない強い重力を持つという特性からか、ブラックホールは「何でも吸い込む」というイメージを持ってしまう。一方で簡単には「何でも吸い込めない」理屈がある。それは、物質がブラックホールのまわりを回転すると、遠心力が働き、そのため落ち込むことはできなくなるからだ。ただし最近ではブラックホールに落ちていくであろう天体も発見されている。が、予想された時期には残念だが落ちなかった。この事実を考えると、宇宙時間は長く、そして観測もまた容易でないことがわかる。まだまだ、ブラックホールがどうやって成長するのかはよくわかっていない。井口氏がブラックホールの成長のモデルとして期待しているのは、ブラックホール同士の衝突を繰り返し巨大化することである。ブラックホールが隣接すれば重力波も少なからず生まれ、遠心力との均衡関係が崩れる。そして、互いに位置の関係が変わり、また重力波が出て、やがては衝突するといったシナリオだ。宇宙では、このようなブラックホールの衝突といった非常にダイナミックな現象があちこちで起きているのかもしれない。

アルマ望遠鏡が迫る「宇宙の起源」、「生命の起源」

セミナー後半は「アルマ望遠鏡」について。現在、日本、台湾、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ14か国、チリの各機関が協力して運用しているこの電波望遠鏡の建設が始まったのは2002年。場所は標高約5,000メートルのアタカマ砂漠。プロジェクトでは前述した通り、ここに66台のパラボラアンテナを配置した。一般に望遠鏡は径が大きければ大きいほど性能が上がる。だが、ひとつの望遠鏡ではサイズに限界があるため、アルマ望遠鏡では複数のアンテナを広範囲に置くことで分解能をアップした。その性能は、世界三大望遠鏡といってもよい「ハッブル宇宙望遠鏡」や「チャンドラX線観測衛星」、「VLA電波望遠鏡」を一蹴するほどである。「アルマ」という名称は、チリの公用語であるスペイン語で「魂」を意味するという。
「アルマ望遠鏡に期待されているのは、宇宙や生命の起源を探ることです」
実際、アルマ望遠鏡はその高感度の観測によって、初期科学観測運用の段階から、遠方スターバースト銀河やガンマ線バースト母銀河の観測、外縁惑星の起源、惑星誕生現場での糖類分子の発見など、光学望遠鏡やこれまでの電波望遠鏡では見えなかった宇宙の謎を解き明かしつつある。なかでも生命の起源につながるアミノ酸に近い物質である「糖類」の発見は非常に印象的である。
「糖(厳密にはグリコールアルデヒド)が見つかったのは、我々の太陽系と似たサイズの別の惑星系がまさに誕生しつつある場所。もしかするとそこには我々と同じような文明を持つ星ができるかもしれません」
井口氏の「夢」はブラックホールの研究をこれからも推し進めることと、アルマ望遠鏡で得る経験を次の国際プロジェクトに携わる研究者たちに還元すること。
「アルマ望遠鏡も本格運用が始まったばかりで、困難なことも多いです。でも学問というのはそういうもので、それこそが本当の真理に迫れる道なのだと思っています。これからは、国際舞台で、多くの日本人研究者が自信を持って活躍していく時代が来ると期待しています。」と、失敗を恐れるなという井口氏からのエールで、セミナーは幕を閉じた。

講師紹介

井口 聖(いぐち さとる)
井口 聖(いぐち さとる)
国立天文台 電波研究部 主任
電気通信大学大学院 電気通信学研究科 電子工学専攻博士課程を修了。国立天文台助教、准教授を経て、現在、国立天文台電波研究部主任、国立天文台教授、総合研究大学院大学併任教授。チリ共和国に建設されたアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(アルマ望遠鏡)プロジェクトに携わり現在、アルマ東アジア・プロジェクトマネージャーを務める。