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イベントレポート

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2014年10月30日(木) 19:00~21:00

中村 純(なかむら じゅん) / 玉川大学学術研究所 ミツバチ科学研究センター教授

ミツバチはホントに減っている?
~不幸なミツバチを減らそう!~

生物系ドキュメンタリー映画として高評価を得た「みつばちの大地」。スイスではこの映画の上映を期にミツバチを飼う人が増えたそうだ。しかし、映画で描かれていたミツバチたちの「不幸で不都合な現状」は、「飼って守ろう」という気持ちだけでは解消しない。人間の文明がミツバチの生態系を傷つけたという文明批判が映画のテーマでだが、そこで忘れられがちなのは、ミツバチが蜜や花粉を集める活動範囲となる、巣から半径2kmほどの土地が傷ついていること。高度に組織化された社会を持ち、地球上での大先輩でもあるミツバチと、彼らが頼る土地の在り方を知ることで、私たちが暮らす環境に、これまでとは違った眼差しを向けることができるかもしれない。

ミツバチは増えつづけている

ミツバチの研究者として玉川大学で教鞭を執る一方、理事を務める『NPO法人みつばち百花』では、ミツバチの蜜源、花粉源となる花々を休耕地に植栽するといった活動を行なっている中村純氏。このセミナーでは専門家である中村氏に、ミツバチがいかに優れた生き物か、その素晴らしさについてお話しいただいた。
ミツバチが地球上に登場したのは人間よりはるか昔。約500万年前からほとんど姿を変えずに生きてきたという。その特徴は、優れた社会システムを持ち、集団で暮らすこと。女王蜂を中心に巣を作り、寒い冬も食料を加工して保存することで乗り切ってみせる。その加工食品であるハチミツは、人間にとっても価値の高いものであり、養蜂業は日本だけでなく世界中で営まれている。養蜂とは「ミツバチを介して、花の蜜や花粉などの未利用資源・流亡資源を生産物に変える」もの。養蜂で採れるのはハチミツの他に蜂蝋や、副産物であるローヤルゼリー、プロポリスなど。他にもミツバチは花粉を媒介することで農作物の受粉にも役立っている。そうした「花粉交配」による貢献を含めると、その産業規模は国内だけで1,700億円にも及ぶ。実際、もしミツバチによる受粉がないとスイカやメロン、カボチャなどは90パーセントもの減収になるという。これだけでもミツバチが人間にとってどれだけ役に立つ生き物かわかるというものだ。
誰でも知っているミツバチ。だが、それを取り巻く情報には誤ったものが多いのも事実。
「よくメディアなどで見かけるのは、〈ミツバチが減っている〉といった記事ですが、減少しているのは野生のハナバチであって、飼育可能な家畜であるミツバチはむしろ増えつづけています」
そうした誤解が生まれるのは「日本では英語の“bees”(ハナバチ)と“honeybees“(ミツバチ)を混同して、どちらも『ミツバチ』と呼んでいるから」。確かに野生のハナバチは土地開発などで減ってはいるが、ミツバチ自体は国内を見ても50年前よりも数が増えている。途中、数が減った時代もあるが、それは養蜂農家の戸数が減少したのが原因。むしろこの10年は若手の養蜂家が増え、微増傾向にあるという。海外を見れば、中国やアルゼンチンでは急激に数が増えている。

30日の一生で「仕事」を変えてゆく働きバチ

では、そもそもミツバチとはどんな生き物なのか。ミツバチの脳は2ミリほど。しかし、この小さな脳には匂いや味、色、図形などの識別能力や、音を聞く力、長さ・角度を測る力、それに優れた記憶力と学習能力が備わっている。数は4までなら数えることができるし、ある実験ではモネとピカソの絵画を見分ける力があることも証明されている。また、ダンスによって「方角」や「距離」を仲間に指し示す能力も持っている。巣をともにする群れの数は約3万匹。女王蜂は1日に1,000個の卵を産む。働き蜂の寿命は約30日だから、毎日1,000匹が死んで、1,000匹が生まれるという計算になり、群れの数は常に「安定」している。しかも働き蜂のうち実際によく働く「エリート」は約3割で、残り7割の「リザーブ」は「失業状態」。人間の組織では、10人いたら10人が能力を出し切ることを目標値としているが、ミツバチはその目標値が3割に設定されている。「リザーブ」が動員されるのは、例えば、大量に蜜が採れるアカシアの花が咲く時期。ここでミツバチは一気に蜜を貯め込み、花の咲かない冬を越す。
働き蜂の一生は約30日。人間と比べるとおそろしく短命のようで、そこにはちゃんと意味がある。長寿になって老化が進めば、当然の如く個体の能力は低下するし感染症の発生確率が高まる。ミツバチは「死ぬまで社会の構成員として働く生き物」。個体よりも優先されるのは群れ。そのためには資源不足となる冬を除けば、「長寿」というリスクは負わない方が賢明ということになる。
生まれてから30日の間、働き蜂は生まれた日数に応じて「仕事」を変える。成虫になって3日目くらいまでは「巣の掃除」。それから7日目までは「育児(幼虫への餌やり)」。10日目までは「巣作り」。それが過ぎると「ハチミツ作り」。巣の外に出て「採餌(蜜や花粉集め)」を担うのは3週間を過ぎた年老いた蜂のみ。天敵などに襲われて死ぬ確率の高い「危険な仕事」は寿命の短い蜂が担当するという合理的なシステムとなっている。この「採餌」の際の行動半径は、季節によるが最大で半径2キロメートルほど。「主食」である蜜は米のように貯蔵し、「おかず」である花粉は自転車操業的に日々集めてくる。こうした行動をとるのは、蜜がとれる花がある程度限られているのに対し、花粉源となる花は一年中咲いているからだ。

「ミツバチの側から人間を見る」

ミツバチが他の生物と比べておもしろいのは単一の遺伝子だけで群れを構成しない点。女王は一度に10匹から15匹のオスと多回交尾して、父親違いの姉妹集団(※働き蜂はすべてメス)を生み出す。いわば「血縁優先」ではなく「個性優先」の集団。遺伝子が同じだと何かあると「全員が同じ行動をとる」ことになるが、個性優先集団なら原因に応じて段階的な対応が可能になる。おそらくそこが、ミツバチが個性優先集団を選んだ理由だと思われる。もちろん「個性優先」といっても最優先されるのは「社会」であり、年に一度の「巣分かれ」で新しい巣をどこにつくるかなどの意思決定は「民主的」に「議論(ダンス)」で決められる。ここで注目すべきは「定足数反応」。これは、「だいたい8割程度意見が一致したら即行動に移す」といったもの。言ってみれば「多数決」でのスピード採決が「定足数反応」だ。
ミツバチは減ってはいない。しかし「冬を越せない不幸なミツバチは増えている」と中村氏。原因はダニや病気、農薬、土地開発、気候変動、養蜂の管理によるストレスなど。そしてその大半に人間が関わっている。「不幸なミツバチ」を減らすには栄養環境と衛生環境を改善するのが最善策。具体的には都市部に花を増やすなど、ミツバチの住みやすい環境をつくることが大事だ。
研究者として「ミツバチの側から人間を見る」ことを意識しているという中村氏。「夢」は「人間とミツバチの間に立って、ミツバチの視点で彼らが何を伝えようとしているのかを、みなさんに伝えること」だという。
「人間がいる空間をよくすればミツバチがいる空間もよくなる。それを伝えたいですね」

講師紹介

中村 純(なかむら じゅん)
中村 純(なかむら じゅん)
玉川大学学術研究所 ミツバチ科学研究センター教授
玉川大学大学院農学研究科博士課程を修了(農学博士)。玉川大学農学部助手、学術研究所講師、助教授を経て現職。ミツバチのために花を咲かせる『NPO法人みつばち百花』理事。