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イベントレポート

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2014年12月16日(火) 19:00~21:00

石橋 睦美(いしばし むつみ) / 風景写真家

風景写真を撮影するうえで大切なこと。

山岳写真から始まった石橋氏の写真活動は、年代を経るごとに撮影対象が変わっていった。東北の山々に親しんだことからブナ林の撮影を始め、やがて日本の森林帯に目を向けるようになる。この撮影を重ねるうちに自然崇拝を起因とする日本人の精神性が見えだしてきて、神々を祀る神域の風景に対象が移る。さらに、それを突き詰めてゆくと、歴史を背景とする日本の原風景に興味がわき、次の撮影テーマは、原風景が残る場所への旅となる。そして昔から語り継がれてきた民話や伝承に心が動き、現在は伝説の舞台となった地をめぐり、往時に思いを馳せて風景を見つめている。今回のセミナーでは、撮影テーマの変化や想いなどを今まで撮影してきた森や神域、原風景などの写真とともにご紹介いただきながら、作品表現に大切な技法(構図や色彩描写など)についてお話しいただいた。

写真は「記録性を含めた映像芸術」

風景写真家として「ひとつの被写体をずっと撮ってきたわけではなく、いろんなものを撮ってきた」と振りかえる石橋睦美氏。写真を始めたきっかけは「子どもの頃に抱いていた山への憧れ」だったという。
「風景写真を仕事にすれば好きな山に登れる。そう安易に考えたわけですね」
当然ながら最初のうちは「なかなか大変。食えるようになれなかった」。
「だけど、自分がこういうことをやりたいなと思っていると、それを手助けしてくれる人が必ず出てくるんですね」
若い頃のことです。設計事務所でアルバイトをしていました。そこの所長は「山に行きたければ1か月でも行っていい」と応援してくれた。そうするうちに出版社から仕事が入るようになった。始めのうちは「朝夕の情景とか、よくある感動的な写真を撮っていた」。が、10年ほどかけて好きだった東北の山の写真を撮っていくうちに「それだけだとおもしろくない」と感じるようになった。
「写真というのは記録性を含めた映像芸術です。山であるなら、その山が今こうして存在するにはどのような火山活動や地殻変動があったのか、その山の風景をつくっている歴史を知っておきたいと思うようになったんです」
そうしたことを頭において写真を撮ると、「まったく違う風景が見えてくる」。関心は山から森へ移り、そこに根付いて生きてきた日本人の生活形態や風俗へと広がった。北海道の縄文遺跡を巡ったときは、「目の前は海で裏は森、狩猟採集生活に適した高台の高級住宅地のような集落跡」に縄文人の「心の豊かさ」を感じた。稲作を主にする弥生人は、季節ごとの決まりによって働かなければならなかったから、縄文人のほうが時間的にゆとりがあったと思う。だから土器の装飾ひとつとっても手の込んだ物を作ることができたのではないか。そんなことを考えながら見えてきた風景を映像化するのが「おもしろくて仕方がなかった」。やがてそれが自分ならではの映像表現へと繋がっていった。

「前景」と「中景」と「遠景」で立体感を出す

セミナー前半では「森」の写真を鑑賞。最初の1枚は「北海道の落葉広葉樹の森」。下から木々とその枝葉の間に覗く空を見上げるアングルで撮った写真は「落葉広葉樹の森の明るさを表現しようと試みた」ものだ。落葉広葉樹の森の特色は「葉が薄く日光が林内に差し込んでくる」。このように森を撮るときにいつも思うのは「その森の形態を知ること」だという。日本の森林は、シベリアのタイガ(針葉樹林)に似た北海道の北方林、ブナ林に代表される落葉広葉樹林、常緑広葉樹主体の照葉樹林、南西諸島などの亜熱帯系の森、それに高山の中腹にある亜高山針葉樹林などに分かれる。それぞれの森の特色を把握すれば「自分の撮りたい写真が見つかる」という。
「そうでないと奇抜な映像ばかり追いかけてしまう。たとえば、霧や朝の陽光に輝く風景は一見すると素晴らしいけれど、すぐに忘れちゃう。それではつまらないのだ」
森の成り立ちを知ったうえで、自分の感性と複合させてその姿を映像に留め、1枚の写真を完成させる。すると見る人にも「なるほど、この森はこういう特色を持っているのか」と伝わる。
2枚目はやはり北海道の白樺林。ただ見るだけでも美しい写真だが、「森の歴史」を知っていればより深みのある写真に見えてくる。
「実は森というものには形成されてゆく過程で優占する樹種が変わるんです」
白樺は湿原などが乾燥して森に変わっていく段階で「最初に生えてくる木」。日射しを好む白樺は、やがてさまざまな樹が繁茂するようになると生存競争に敗れて消えてしまう、とてもかわいそうな存在だ。だから白樺林は永遠ではない。それを知ったうえで白樺林を見ると、「風景に哀愁を感じるようになる」という。
もうひとつ、ポイントになるのは「構図取り」。石橋氏の写真の特徴は「前景」、「中景」、「遠景」といった被写体が整然と配置されている。そしてそれらの間に「遠くを見通す部分」がある。こうした構図取りをすることで平面な画像に立体感や奥行きが生まれる。これは森だけではなく風景写真全般に有効な技法だ。

「大事なのは主役の奥で静かに訴えかけてくるもの」

後半は寺社の写真。仁和寺の御室桜は「西行を意識して撮った1枚」だ。御室桜と言い、桜の花だけをクローズアップすると「たんなる桜の写真」になってしまうので、ひと味加えるために後方の塀を背景にした。塀を入れることで、見る人には「お寺の境内の桜だよ」と周辺環境を訴えかけるようにしたのだ。
「メインになるものは目立つように。大事なのはその奥に隠れているものが控えめに存在感を示すような構図を組み立てることです」
写真の中の主役は「ひとつでいい」。あとはそれを引き立てるうえでの脇役であり装飾だ。これらは構図上で、控えめな存在感を果たすように配するのがよい。
「それと大切なのは画像の色。正しい色彩表現は写真をうまく見せる最大の方法です。色が悪い写真はどんなに構図がよくても写真の質が下がってしまう」
逆に言うと色がよければ「構図が多少悪くともよい写真に見えてしまう」。この「色彩表現」を体得するには「絵でも焼き物でも建築物でも一流の物を見るのがよい」。一流といわれる芸術作品は構図も色彩も素晴らしい。
「色だけではなく、一流のものに触れていると、自分の心に反映して作品に気品が備わってくるのです。」
現在はデジタルカメラの時代。石橋氏もデジタルカメラで作品づくりをしている。実はデジタルカメラはフォトショップなどの画像編集ソフトを使用すれば、ラティチュード(露出範囲)がフィルムカメラより格段に高くなるため、自分独自の映像表現が出来るのです。たとえば明暗差の激しい場所での撮影などで黒くつぶれてしまう部分も微妙なグラデーションを生じさせることができる。
「自分なりの表現がしたい人は、ぜひパソコンで作業をしてみてください。写真が数段よくなります」
石橋氏の「夢」は「以前にフィルムカメラで撮った森の写真をデジタルカメラで撮影して上梓すること」と、もうひとつは「西行が歩いた道筋を追いかけて平安末期の日本の情景を幻想的な形で映像化すること」だ。
「西行は日本人で初めて『歌枕の旅』を試みた人。時間がかかるでしょうけれど、足跡を追いかけて見たいと思っています。」

講師紹介

石橋 睦美(いしばし むつみ)
石橋 睦美(いしばし むつみ)
風景写真家
1947年 千葉県佐倉市生まれ。1975年頃から東北地方の素朴で広がりのある風景に魅せられ、本格的に撮影活動を始める。その後、日本文化を培った自然環境に興味を持ち、森林を撮影テーマとし、歴史を踏まえて風景を見るようになる。主な著書に『鳥海・月山』、『民話と伝承の絶景36』(山と渓谷社)、『ブナを巡る』(白水社)、『森林美』、『森林日本』、『神々の杜』、『歴史原風景』(平凡社)、『日本の森』、『熊野神々の大地』(新潮社)などがある。