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イベントレポート

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2015年2月10日(火) 19:00~21:00

阪口 秀(さかぐち ひで) / JAMSTEC数理科学・先端技術研究分野(MAT)分野長

地震YD
~科学者目線VS国民目線~

国民の大半は、「いつどこで地震が発生するか知りたい」と望んでいる。しかし、多くの地震学者は、「現代の知識と技術による地震予知は不可能である」という見解を示す。要約すれば「地震は予知できない=地震YD」状態なのだ。今回は、粒状体力学を専門とし、海底の砂流の動きによる地震予知を研究している阪口秀氏をお招きし、この地震YDに対して、現状と問題点、我が国で進められている取り組みについて、科学者目線と国民目線の両方から分かりやすくお話しいただいた。

地震は「YD=予知できない」?

地震は予知できるのか、できないのか。その答えをタイトル=「地震YD」とした今回のセミナー。講師の阪口秀氏によれば、「YDというのは若者言葉のKY(=空気読めない)などと同じで、ひとつの言葉をアルファベットの2文字で省略したもの」だという。

「みなさんが“KY”でなければこの“YD”の意味も読みとれると思います」

マスメディアも盛んに報じている「地震予知」だが、専門家の集団である日本地震学会ですら「地震予知はどの程度あてになるのでしょうか?」といった国民目線での質問に対し、「日本で唯一予知できる可能性のある東海地震ですら、必ずしも予知できるとは限りません」と回答している。しかも「阪神・淡路大震災を引き起こした1995年の兵庫県南部沖地震のようなM7クラスの内陸の浅い部分で起こる地震(いわゆる直下型地震)の予知はさらに困難です」と明言している。阪口氏は、実はその阪神・淡路大震災の被災者だ。

「あのときは地震で家を失い、6か月間ほど勤めていた神戸大学に避難していました」

大学は休校。阪口氏ら職員は被災者の救護と介護で「昼夜を問わず働いた」。自身は無事であったが、有望な教え子の学生2人が命を落とした。残った人々も生活が元に戻るまではストレスの日々。もちろん、それまでの生活を取り戻せずに人生が大きく変わってしまった人も大勢いる。こういう体験を経ているからこそ、地震予知がいかに大切か、誰よりもその必要性を理解している。

「日本における組織的な地震予知研究は1965年にスタートしています。ところが50年経っても現状は地震YD状態なんです」

では、テレビやスマートフォンに届く緊急地震速報はどうなのか。

「あれは予知ではなく測定。太平洋沖のような遠くで起こった地震を地震計がとらえて教えてくれる。地震波よりも電気の方が速いことを利用したシステムなんですね」

その地震速報ですら、東日本大震災の際は実際に揺れを感じてから届くような状態だったという。そしてもうひとつ覚えておきたいのは、「地震学は地震を予知する学問ではない」ということ。地震学とは、「地震を解析し、地球の内部を研究する学問」。よって必ずしも地震学者のすべてが地震予知に取り組んでいるわけではない。

「もちろん、実際に予知に取り組んでいる科学者もいます。真面目にやっている人たちは地震発生の履歴や発生メカニズムの解明に努力しています」

実践的で国民目線の「短期予知」が大事

そうしたなか、昨年設立されたのが日本地震予知学会だ。この学会では人工衛星などを用いた地震電磁気現象などを手がかりに地震予知を実現しようとしている。地震予知には数十年から数百年先を予測する「長期予知」と、数年から数十年先の「中期予知」、それに数日から1か月程度先を見る「短期予知」がある。このうち日本地震予知学会が目指すのは「短期予知」だ。阪口氏も「国が真剣になってやるならこれだと思っている」という。

「中期や長期は科学者目線。短期予知は実践的で国民目線。夫婦喧嘩も同じですね。奥さんの態度を見て直前に何か変化があれば、もしかしてと先に手を打つことができるんです」

その一方、2014年の暮れには政府の地震調査研究推進本部から国民に向けて地震に関する情報提供があった。中身は最新の地震予測や地盤の調査結果を加えた「地震動予測地図」の改訂版。色分けされた地図を見ると、今後30年以内に震度6弱以上の地震に襲われる確率は、例えば一番高い横浜市だと78%、千葉市は73%、水戸市と高知市が70%となっている。これを見れば、一般の人間でも地震に対する備えを意識することは間違いない。その意味では有益な情報だが、実際にこうしたパーセンテージはいかにして導き出されるものなのか、イチロー選手の打撃成績や阪口氏が大ファンである阪神タイガースの勝率などを例にわかりやすく解説していただいた。

野球の打率や勝率といったものは小学校で習った「場合の数」や「確率」からはじき出される。簡単に言うと「サイコロの目は6分の1の確率で出る」。それを「格調高く」言うと「すべての事象n回に対してある事象がa回起こるとき、ある事象が起こる確率PはP=n分のaである」となる。イチローの全打撃成績ならば23年間のヒット数4,122を全打席数12,583で割れば3割2分8厘と割り出すことができるし、阪神タイガースの球団創立以来の勝率である5割1分7厘であれば4,976回の勝利を9,625回で割ればいい。ここまでは「きちんと数学にのっとった話」。ところが阪神ファンには「勝手な確率論」があるという。

地震予知は「しなくてよいはずがないテーマ」

「阪神の最低年間勝率は3割3分1厘です。これは、10試合やれば3試合以上は勝てるように思える確率です。だから、たとえ7連敗した直後でも、よっしゃ次の巨人戦3連戦は7連敗のあとだから3連勝や、と考えてしまうのが阪神ファンなんですね」

結果は無惨にも3連敗。単純な確率論で言えば勝っているはずなのになぜ負けてしまうのか。答は「n=分母の小ささ」にある。「確からしい確率」を出すには「n」は大きければ大きいほどいい。勝率にしても、4桁の分母から算出されるものならともかく、数十試合程度のデータから得られた確率には「一喜一憂しない方がいい」という。地震の発生確率も仕組みはこれと同じ。過去にあった地震の回数や規模をもとに計算しているわけだが、震度6弱以上の地震というと数は非常に限られている。その場所で起こる大地震は数十年や数百年に一度。そうした地震を「今年起きる」と言いきるのはさすがに難しい。故に「30年」という幅を持たせたのが「地震動予測地図」だ。こうなると、やはり欲しいのは過去のデータばかりに頼らない予知方法だろう。

阪口氏が所属する海洋研究開発機構(JAMSTEC)で行なっているのは「物が壊れる時の運動の観測」。実験をしてみると茶碗ひとつでも割れるときは「どこで割れるか悩んでいる」。この仕組みが解明できれば、それを人工衛星による地殻の観測などにも応用して地震予知にもつなげることができる。今は「予算がつかないので理論研究をしている」ところだという。

「地震予知は〈しなくてよいはずがないテーマ〉です。私が現役でいられるのはあと8年。19世紀の物理学者であるケルビンは、1895年には〈空気より重い機械を空に飛ばすことは絶対に物理的に不可能である〉と言っていました。しかし、その8年後にはライト兄弟の飛行機が飛びました。残された時間は8年。私はライト兄弟ほど賢くはないし実力もありませんが、8年というのは人間が革命的なことをやるためには十分な時間であると思います。それまでには地震の短期予知ができる何らかの道筋はつけたい。これが私の夢ですね」

講師紹介

阪口 秀(さかぐち ひで)
阪口 秀(さかぐち ひで)
JAMSTEC数理科学・先端技術研究分野(MAT)分野長
1962年東京都生まれ。大学時代に農学部でサイロ(貯蔵庫)の中から穀物が爆発する原因を調べるうちに粒々のシミュレーションにのめり込み、地震の兆候をとらえる研究にも着手するように。現在は、地震の予知研究だけにとどまらず、海洋・地球・生命に関する他の研究センターや研究分野とタイアップしながら、生物から宇宙にまで及ぶさまざまな現象についての数理科学研究と、数理科学に裏打ちされた先端技術研究を行なっている。