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イベントレポート

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2015年2月17日(火) 19:00~21:00

白川 淳(しらかわ じゅん) / トラベルライター・鉄道史研究家

世界遺産の鉄道を訪ねる

今では、人々の生活に欠かせない乗りものとなった「鉄道」。その歴史はすでに200年を超え、初期の「鉄道」で使われた施設は、近代化への礎となった貴重な歴史的文化財として評価されている。1998年からは、国際連合の専門機関であるユネスコが、「鉄道」を残すべき人類共通の遺産として捉え、「世界文化遺産」への登録を始めた。今回は、世界各地の鉄道を取材してきた白川氏に、オーストリア、スイス、ハンガリー、インドなど、世界遺産に登録された「鉄道」の昔と今や、海外の鉄道旅行の楽しみを、画像や映像を交えながらご紹介いただいた。

鉄道も「世界遺産」に登録される時代に

これまで鉄道旅行を中心に訪れた国は世界約130か国。雑誌や書籍への執筆の他、TBSの『the 世界遺産』の鉄道関連監修などを担っている白川淳氏。このセミナーでは「鉄道の中でもとくにそれにまつわる歴史が好き」だという白川氏が、旅のよもやま話などもまじえながら世界遺産に登録された海外の鉄道について紹介。旅行好きや鉄道ファンには興味の尽きない2時間となった。

「なぜ歴史が好きか。鉄道には車両にも景色にも必ずバックグラウンドがあるんですね。由来などを調べていると、私が生まれる前の世界が見えてくる。それがおもしろくて各地の鉄道や鉄道博物館をまわっているんです」

世界遺産というと、イメージされるのはマチュピチュやモンサンミッシェルといった遺跡や観光名所。鉄道はというと全部合わせても登録数は7つとまだまだ少ないのが現状だ。もっとも、鉄道もその歩みを辿るとかれこれ200年となる。世界で初めて蒸気機関車を使用したストックトン・アンド・ダーリントン鉄道が開通したのが1825年。200年も経てば「文化財として認識」されておかしくはない。そんなことから、最近ではオーストリアやスイス、インドなどの歴史ある鉄道が世界遺産に登録されてきている。

最初に動画で紹介されたのはハンガリーのブタペストを走る地下鉄1号線。ヨーロッパではイギリスに次いで2番目、道路の下を走る電車としては世界初の地下鉄が開業したのは1896年。わずか2年の工期で完成したという鉄道は「地面を掘って蓋をしただけ」というシンプルな工法で造られている。深さは3メートル。階段を下りればすぐホーム。ほぼ2分おきに列車が来るという便利さもあって、現在でも市民の足として愛されている。開通当時の車両も1両のみだが記念車として動態保存されている。アールデコ調のデザインは「今見てもお洒落」だ。しかし、実はこの車両自体は世界遺産に登録されていないという。

「世界遺産に登録できるのは線路や駅舎といった不動産だけ。車両は移動可能な動産であるので登録対象にはならないんですね」

とはいえ、車両をなおざりにすることはできない。世界遺産に登録されるには「今の状態を今後に伝えていこうという姿勢が大切」だからだ。

「だからインドのダージリン鉄道なども古い蒸気機関車を残しています」

蒸気機関車の運行が技術者を育てる

白川氏も車両の中では歴史を感じさせてくれる蒸気機関車がとくに好きだという。セミナー当日までの一週間も、京都の『梅小路蒸気機関車館』で山口線を走るC57形蒸気機関車1号機の修理風景などを取材して来たばかり。蒸気機関車は見た目の良さもさりながら、扱う側にとっては技術を磨くという点でメリットがある。最新型の電車は故障したらパーツを交換するだけ。生産が終わってパーツの在庫がなくなれば「ICチップが1枚足りなくなっただけでも動かせなくなる」。しかし蒸気機関車の場合は技術者が「頭で考え」、部品でもボイラーでも必要があれば自作する。だから長く走らせることができるし、技術者を育てるうえでも役に立ってくれるという。

「大宮にあるJRの鉄道工場などを見ると若手の技術者がいっぱい入っています」

こうした背景もあり、現在の日本では蒸気機関車が牽引する観光列車が多数走っている。

「私のような蒸気機関車好きにはいい時代になってくれました」

つづいては1998年に、鉄道としては世界で初めて世界遺産登録されたオーストリアのゼメリング鉄道。ウィーンにも近いゼメリング峠を走る全長約41キロの鉄道は「世界初の山岳鉄道」。開通は1854年。この鉄道の魅力は自然景観とそれを考慮して造られた石橋など。「途中には博物館もあるし、トレッキングも楽しめます」と白川氏。ハプスブルグ家の意向でイタリアのトリエステまでの物資輸送をスムーズにするため建設された鉄道は、その後のオーストリアの隆盛を支えたという。着目すべきは岩山をくり抜くなどの難工事でありながら線路2本分の幅を確保しているところ。これを実現したのが設計者のカール・ゲーガ。沿線には世界遺産の案内板と一緒に彼を讃える記念碑が建っている。

「こんなふうに優れた鉄道には必ず優れた技術者がいるんですね」

世界遺産登録の可能性がある日本の新幹線

ところは変わってインドのダージリン鉄道。こちらも山岳鉄道。ここでは610ミリという狭軌の線路を観光用のトイトレインが1日3本運行している。スピードは「子どもが走るより遅い」。線路の隣は道路。バラックが並ぶ山間の町を車と道を分けあいながら走る様は「宮崎駿さんの世界のよう」だ。機関車には上り坂での空転を防ぐための「サンドマン(砂をまく係)」が乗っている。このダージリン鉄道が世界遺産登録されたのは1999年。2005年には同じインド国内のニルギリ山岳鉄道も登録されている。インドにこうした山岳鉄道が造られた理由は「暑さ」。大英帝国支配下のインドには多くのイギリス人が住んでいた。暑さが苦手な彼らは、夏の間、山岳部に避暑に出かけた。インド南部を走るニルギリ鉄道の特徴は「ラックレール」。歯車型の車輪で走る蒸気機関車は急勾配でも「後ずさりしない」。実際、白川氏が見たときも「こんなところを登るのかというようなところを汽車が登って行きました」という。インドのもうひとつの世界遺産であるカールカー=シムラー鉄道にはイギリスではもはや見られないタイプのタブレット閉塞器が列車交換に使われている。路線上にある何百ものトンネルと橋は、まさに山岳鉄道といった感じだ。

白川氏が「ヨーロッパで行くならここ」とおすすめなのが、高さ65メートルのラントヴァッサー橋などの絶景が見られるスイスのレーティッシュ鉄道。箱根登山鉄道と姉妹鉄道であるレーティッシュ鉄道は、途中駅での乗り降りもしやすく「居心地のいい旅ができる」。

最後はいまだ鉄道の世界遺産がない日本の話題。候補の最有力は三井三池炭坑鉄道。明治時代の風情を残した肥薩線も有望。そして意外にも新幹線に可能性があるという。

「新幹線は世界初の高速鉄道。ユネスコでも登録対象になり得ると宣言しているんです」

白川氏の「夢」は「日本から列車を移動の中心にして遠くへと行くこと」だ。

「できるだけ鉄道を使ってアフリカや南米の方まで行ってみたいと思っています」

講師紹介

白川 淳(しらかわ じゅん)
白川 淳(しらかわ じゅん)
トラベルライター・鉄道史研究家
1964年東京都生まれ。日本や世界の鉄道を取材するほか、エコツアーにも詳しい。鉄道や野生動物を求め、南極・北極圏を含む世界各地、120以上の国や地域を訪れる。雑誌各誌への執筆のほか、TBS系放映の番組「the 世界遺産」の鉄道関連監修を担当。著書に『全国鉄道博物館』(JTBパブリッシング刊)、『御召列車』(マガジンハウス刊)など多数。