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イベントレポート

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2015年2月26日(木) 19:00~21:00

坪田 耕三(つぼた こうぞう) / 青山学院大学教育人間科学部教授

学校教育における「ハンズオン・マス」

学校での算数・数学教育では、紙と鉛筆だけで内容を理解させていこうとする傾向が非常に強く、またテストで正解してもらうことが重要視されている。しかし、子どもが具体的に理解・納得していくためには、手を使って、頭の中にその体験を残していくことが重要である。これを、「ハンズオン・マス」(手を使った体験的な算数活動)と呼び、この例として、はかる道具としての「用具」、自らの考えを知らせるための「説明具」、そして、問題を設定したり、試行錯誤したりするための「考具」の3つの道具を使って「ものづくり」を行なうことが挙げられる。今回は、算数教育の第一人者である坪田氏をお招きし、実際に教育の現場で発想する子どもの考えをご紹介いただいた。子どもの思考の柔軟性や創造力の豊かさを感じて、参加者の仕事にも役立つ2時間となった。

「なぜ?」に答えられる子どもたちを育てる

昔の算数の授業、とくに掛け算や割り算といった計算式は、「決まったやり方を教わって、あとは訓練を重ねるもの」だった。小学校の最後に習うのは分数の割り算。分数÷分数の答えを出すには、後ろの分数の分母と分子をひっくり返して掛ければいい。長年、算数教育に携わってきた坪田耕三氏によれば、こういう計算では「何の疑問も持たない素直な子ほどよくできる」という。

「それが最近では、なぜ後ろの分数をひっくり返すのか、その理由が言える子どもを育てようという考え方に算数教育は変わってきているんです」

単に教えられたことを繰り返すのではなく、なぜそういった計算の仕方をするのか。今の教科書はどれを開いても、章の導入部分にそうしたことが書かれている。大切なのは子どもに「なぜ」と思ってもらうこと。そして先生たちが目指しているのは「なぜ」に答えられる子どもになってもらうことだ。国の学習指導要領でも、計算については「意味を理解すること」と「計算の仕方を覚えること」、そして「それが活用できること」の3つを重視している。

九九を習うのは小学2年。これが3年になると二桁の掛け算を学ぶことになる。ところが掛け算や割り算というのは、実は国によって計算の仕方に違いがあったりする。二桁の掛け算というと日本では筆算で計算するのが当たり前。それしか方法がないような気がするが、インドでは棒線を交叉させることで生まれる交点の数を数えることで同じ答えを出している。OECD加盟国内での調査を見ると、日本の小学生の算数の学力は5位とトップクラスにある。しかし、同時に行なわれている「算数が好きか嫌いか」の調査では「下から数えた方がはやかったりする」。これは小学校における算数の授業が依然として「頭ごなしに教えるだけ」のものである証拠だ。

「決まりきったやり方として頭ごなしに教えていると、子どもはこれしかないと思う。だけど子どもというのはいったん興味を示すと、自分からいろんなことを調べ出すものです。答えは同じでもそこに至る考え方はいくつもある。今日はそうした算数教育についてお話しさせていただきます」

物を使って体験的に理解力を深める「ハンズオン・マス」

坪田氏が提唱しているのは手や物を使った「ハンズオン・マス=体験的な算数活動」。理科の実験などが物を使って学ぶように、算数でも紙と鉛筆だけに頼らずに物を使って理解を深めようといったものだ。

「ここではみなさんにも物を使って考えていただきたいと思います」

参加者に配られたのは何の変哲もない1枚の封筒。これを言われたとおりに真ん中で折って「垂直二等分線」をつくる。次はそこを折れ線にして斜めに折り、正三角形をつくっていく。2回折って正三角形が4つできたら、中に空気を入れて立方体にする。出来上がったのは4つの正三角形に囲まれた正四面体。子どもの頃に折り紙で遊んだ日本人ならたいていつくることができるが、外国などでワークショップを開くと教員でも「ぶきっちょでほとんどできない」という。こうやって考えると、物を使った遊びがいかに大事かが見えてくる。

次はこの四面体の「尖ったところ」を上にして、辺ごとに切ってみる。すると、ミニサイズの同じ四面体が4つ切り取れる。もしこれが封筒のような空洞ではなく、粘土などでつくられた正四面体であるならば、4つのミニ四面体を切り取ったあとに中央の部分が残る。この残った部分は、はたしてどんな形をしているのか。子どもたちにこうしたことをやらせると「答えが出るまではものすごく真剣に取り組む」という。答えは「8つの三角形で囲まれた正八面体」。ここまでくると「紙と鉛筆」だけではなかなか答えがイメージできない。しかし、どこか遊びの要素が含まれた学びは子どもたちを夢中にも真剣にもさせてくれる。

「もしも先生たちがこうしたハンズオン・マスを知っていれば、子どもたちと一緒にいろいろなことができるのではないでしょうか」

紙とハサミで「増え方の法則」を考える

セミナー後半は、坪田氏が以前に勤めていた筑波大学付属小学校での授業に密着したテレビ番組をビデオ上映。授業で教えるのは5年生。教室現場ではいかにして「ハンズオン・マス」を活用しているのか。紙のテープを使って「不思議な数のきまり」を学ぶ子どもたちの姿を見てみた。

番組の中で坪田氏が子どもたちに出した問いは「折った紙を重ねて切ると、紙は何枚になるでしょう」といったもの。1回折った場合の答えは「3枚」。これは全員が正解。では「折って、折って、切る」とどうなるか。子どもたちの答えは「5枚」と「6枚」と分かれる。坪田氏が大切にしているのは「なぜそう思ったか」。この「なぜ」の一言が子どもたちを「算数の世界」に引き込む。正解は「5枚」。

では今度は「折って、折って、折って」と3回折った場合はどうなるか。多くの子どもたちは最初が3で次が5と「2増えた」ので、その次もプラス2で「7枚」になると考える。この時点から子どもたちは「前の増え方を見て次を考える」という「増え方の法則」に目を向け始める。実際の答えはというと「9」。それではさらに1回「折って」を増やして、計4回折った場合はどうなるか。

子どもたちは「これがこの先も解けるかどうかの分かれ道」と考えて法則を読み取ろうとする。いろいろな子がいろいろな考え方で答えを導き出して発言する。そのうちに子どもたちはこれが足し算ではなく掛け算だということを発見する。同時に答えが奇数であるのは「手の指は5本あるのに、指と指の間は4つしかない」のと同じであることにも気付く。4回折ったときの答え「17」。ここまで来ると子どもたちも法則を理解してくる。1回折ったときの「3」という答えは1×2=2に+1したもの。次の「5」は2×2=4に+1。その次の「9」は4×2=8に+1。「17」は8×2=16に+1。では5回折った場合の答えはというと、16×2=32に+1で「33」。これを図にして上から見ると、答えはどれも「ハサミが一度に切る枚数にプラス1」だとわかる。映像で印象的なのは活き活きと「素直に考える」子どもたちの姿だ。坪田氏の「夢」は「今までやってきたことを、教員を目指す若い人たちに伝えること」と「子ども向けの本をつくること」だという。

「大人になってからも素直さが抜けないような子どもが育つといいなと思っています」

講師紹介

坪田 耕三(つぼた こうぞう)
青山学院大学教育人間科学部教授
1947年東京生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。筑波大学附属小学校副校長、筑波大学教授を経て、現在、青山学院大学教育人間科学部教授、早稲田大学教育学部非常勤講師併任。元全国算数授業研究研究会会長、ハンズオン・マス研究会代表。NHK学校放送算数番組企画委員。教科書「小学算数」(教育出版)監修者。前小学校学習指導要領作成協力者。第32回読売教育賞受賞。主な著書に、『算数楽しく授業術』(教育出版)、『算数楽しくオープンエンド』(教育出版)、『プレミアム講座 坪田耕三の算数授業のつくり方』(東洋館出版社)、『算数科授業づくりの基礎・基本』(東洋館出版社)、『算数的思考法』(岩波新書)などがある。