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イベントレポート

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2015年2月28日(土) 14:00~16:00

山﨑 徹(やまさきとおる) / 附け打ち

音で楽しむ歌舞伎
~歌舞伎舞台を支える附け打ち~

「附け」は、歌舞伎には欠かすことの出来ない大切な技術。その「附け」から発せられる音は、観客と舞台をつなげる大切な役割を担う。過去から現在、そして未来へ。先人たちが切磋琢磨して生み出した技術を受け継ぎ、平成のいまの歌舞伎をより楽しんでいただこうと、日々、音の質を極み、そして打つ間合いの感覚を磨き続ける附け打ち達。そんな附け打ち職人の活動背景や技術の奥深さに触れていただき、日本伝統芸能"歌舞伎"の世界へ一歩踏み出すキッカケづくりとなった。

附け打ちとは何か~成り立ち、衣装、道具など~

歌舞伎の舞台に見立てた布が敷かれ、さながらd-labo二子玉川座といった雰囲気の中で行なわれた今回のセミナー。講師は歌舞伎独自の効果音である「附け」を専門に担当する「附け打ち」の山﨑徹氏。ゲストに、むすめ歌舞伎俳優の市川阿朱花(いちかわあすか)氏を迎え、「附け」という切り口から歌舞伎の楽しみ方について教えていただいた。

附けの原点は「民俗芸能の中で、鬼や龍神など、超人的な存在が登場する時に、芝居小屋の壁を叩いて音をたてた」こと。後の元禄年間に初代市川團十郎が登場し、荒事を特徴とする『江戸歌舞伎』が発展。それと軌を一にするように「附け」の技術も磨かれ、今では歌舞伎になくてはならない存在となっている。具体的には、床に置いた板(附け板)に2本の木(附け木)を交互に打ち付けて音を出し、それによって「役者の動作などを強調し、芝居を盛り上げる」のが役割だ。

以前は「役者付きの附け打ちや、大道具との兼任」が多かったが、近年その専門性が再認識され、現在は10名の附け打ちが活躍中。衣装は「上が黒の着流し、下は仙台平の裁着け袴に脚絆」。これは附け打ちが「大道具の流れを汲んでいることの表れ」だという。

道具は附け板と附け木の2つ。

附け板のサイズは縦1尺2寸(約36cm)×横2尺2寸(約66cm)。厚さは「削り上がりが8~9分(約24~27mm)で、打ち込みながら削っていき、6分(約18mm)が最も良い響きがする」という。材質は「割れにくく、音の切れと粘りが良い」欅(けやき)の1枚板で、かなりの重量。「公演毎に3~4枚」をジュラルミンケースに入れて持ち運ぶという。

一方の附け木は樫の木を使用。定型のサイズはあるが、附け打ち個々の手や指に合わせた大きさになっている。拍子木とは違い、手前の部分を丸く削り落としているのが特徴で、この「削った面を先に附け板に落とし、附け木を前に倒すようにして音を出す」という。実際に、平面を直接打ち付けた音と比べると、驚くほどに響きが違う。

「1クッションさせることでインパクトのある音になるんです」

実演で学ぶ「附け」の役割

「附けの種類は大きく分けて2種類。①走る、転ぶ、物を投げるといった日常の動きを強調する附けと、②見得や睨みなど力を表現する様式的な音としての附けです」

ここで市川氏に登場していただき、「附け」の実演がスタート。まず①の例として世話物の比較的リアルな動きに、役者の仕草を強調する「アシライ」と呼ばれる音をつけてみることに。暗闇にいる泥棒が大風の中、戸を蹴破って外に出ると、雨が降っていて…という設定。説明なしの動きだけでは理解が難しい場面が、「附け」が入ることで臨場感が増し、戸や雨がまるで目に見えるよう。次に、時代物の動きと「附け」の組み合わせや、動物の足音を表す「附け」などを紹介。続いて②の例として「押し戻し」を実演。これは花道上で怨霊や妖怪の類と立ち廻りを繰り広げるもので、いかにも歌舞伎らしい派手なシーン。今回は、「荒事の様式美を1つにまとめた」特別バージョンを披露。ダイナミックな演技と、大小の鼓が小気味よい華やかなお囃子、役者の動きを正確に捉えて打たれる「附け」が渾然となって、会場のボルテージは上昇。見得が決まると「成田屋!」の声がかかり、まるで本物の劇場にいるかのような高揚感に包まれた。

そんな高揚感冷めやらぬままに始まったのが、セミナー参加者が舞台に立つ「だんまり」の実演。暗闇の中、手探り状態で宝物を奪い合う様子を見せるもので、「花形役者が勢揃いする、顔見世的な役割」もあり、「ひとつの舞台に必ず一度は入る」といっても良い、歌舞伎好きにはおなじみの場面だ。参加者から4人が立候補し、手始めに軽いリハーサル。無人の舞台に順次登場し、一旦揃って見得を切ってから、互いの気配を感じつつ宝物に見立てた扇子を奪い合い、最後にもう一度全員で見得を決めるという段取り。市川氏のお手本を参考に「悠々とした動き」を心がけて、初めての「だんまり」に挑戦した4人。本番では「附け」の合図による登場から、音楽に合わせた演技、最後の見得まで、各人個性的に決まり、たくさんの拍手を浴びていた。

オリジナル歌舞伎にチャレンジ

休憩を挟んだ後半は、今回のセミナーのためにわざわざ創っていただいた『d-labo Kabuki 2015 湧昇双子玉川駿河夢(わきのぼるふたこたまがわするがのゆめ) ?夢つかみ?』を題材に、歌舞伎の稽古から本番までを疑似体験。実際の稽古と同じ手順で芝居を作り、歌舞伎を解剖してみるという試みだ。

基になるのは、主人公と鯉の精との立ち廻りが見どころの『鯉つかみ』。今回の『~夢つかみ~』では、夢を失った姫君と、彼女を案ずる家臣・駿河夢之介が登場。川の主である鯉の封印を解き、人々の夢を取り戻せるか?!…という筋書きの10分程度の芝居を作る。夢之介を市川氏が演じ、姫、ナレーション、布を使って川と波を表現するコロス(生きた風景を演じる役割)を参加者が担当。①台本の読み合わせ、②立ち稽古、③下座音楽を入れての附立、④「附け」を入れての総ざらいを経て、本番へと臨んだ。

果たして、本物の多摩川を背景に演じられた『~夢つかみ~』は堂々の出来。演者となった参加者にとってはもちろん、ゼロの状態から芝居が構築されていく様をつぶさに見ることができた観客席側にとっても、忘れられない時間となった。仕上げに、稽古場での総ざらい終了時に行なう「打ち出し」を体験。山﨑氏の掛け声に合わせ、全員で1本締め。一同揃ってお辞儀をして、プログラムは終了した。

最後は講師お二人方の夢について。

「日本の伝統芸能の良さは、精進を怠らなければ年齢を重ねた分だけ良くなるところ。日々精進に励み、出来るだけ長く歌舞伎を続けていけたら本望です」(市川氏)

「附け打ちの仕事は決して名前が残るものではありません。けれど、以前、松本幸四郎さんの『勧進帳』で附けを打つ際に、“田口さん(ベテランの附け打ち職人さん)のように打ってくれ”と頼まれたことがあったんです。そんな風に、自分らしい打ち方を編み出して、それを後輩達が受け継いでくれたらうれしいですね。あとは、ぜひ若い世代の方に歌舞伎をもっと見に来てもらいたい。自分と同世代の役者が育っていくのを見続けるのも、歌舞伎ならでは楽しみですよ」(山﨑氏)

講師紹介

山﨑 徹(やまさきとおる)
山﨑 徹(やまさきとおる)
附け打ち
1969年 倉敷市生まれ。株式会社パシフィックアートセンター劇場統括本部・附け打ちグループリーダー。2002年8月から後進育成と啓発を深める活動を目的とした「附け打ち委員会」を主宰。附け打ちから見た平成のいまの歌舞伎の楽しさ・奥深さを伝えるために、レクチャー・ワークショップを企画、開催している。歌舞伎公演では国内外の大劇場公演を担当し、特に平成中村座・渋谷コクーン歌舞伎は、初演から担当している。