スルガ銀行 Dバンク支店

SURUGA d-labo. Bring your dream to reality. Draw my dream.

イベントレポート

イベントレポートTOP

2015年6月2日(火) 19:00~21:00

小沢 章友(おざわ あきとも) / 小説家

あなたも小説家になれるⅠ
-小説の書き始め方-

「小説を書くことは、みなさんが考えているほど、難しくはありません。本当は誰でも書くことができるのです。要は書き方を学べばいいのです」。純文学から、ホラー、ミステリー、ファンタジー、ユーモア小説、歴史・時代小説、児童文学と幅広いジャンルを書き分けてきた小説家の小沢章友氏はそう語る。今回は、小沢氏に「小説を書くための眼からウロコの秘訣と骨法」を、ワークショップを交えながら、2回に渡って、わかりやすく教えていただくためのセミナーを開催。第1回は、「小説の書き始め方」。小説とは何なのか、何を表現するものなのか、どうやって書き始めれば良いのかなど、基本的なことについて学んだ。

「何を書いていいかわからない」という人へ

セミナー冒頭、小沢章友氏が参加者に確かめたのは、「書きたいものがあるかどうか」。数名挙手をしたものの、ほとんどの人は「書きたいけれど、何を書いたらいいかがわからない」といった状態。

「何を書いたらいいかわからん。そういう人には手っ取り早い方法を教えます」

コツは「過去に自分が読んだ小説や観た映画などからいちばん好きだった作品のストーリーを紙に書き出してみる。そして、そのストーリーの原型や主人公を自分に当てはめてみる」こと。小沢氏の場合、子どもの頃に好きだったのは『西遊記』。これまでに小説家としてファンタジーや怪奇小説を数多く手がけてきた背景には、実は幼少期の読書体験があるという。「過剰なまでの自意識」に苦しんでいた中高生の頃はスタンダールの『赤と黒』を繰り返し読んだ。主人公のジュリアン・ソレルに「ここに僕がいる」と感じた。

「ただし僕の欠点として、主人公がひどい目に遭うところは読みたくないんですね。捕まって死刑になるところは読まないんです」

実はこの「欠点」に創作の肝はある。

「つまり、好きなストーリーがあったら自分でつくり変えてしまえばいいということです。これがいちばん手っ取り早い方法です」

横浜出身だという参加者の女性が「好きな作品」に挙げたのは萩尾望都の少女漫画『ポーの一族』。「吸血鬼の一族に拾われて育てられた兄妹2人が、自分たちの運命を呪いながら何年も生きつづける」といったこのストーリーを、例えば「自分が生まれ育った横浜を舞台に書いてみる」。主人公は14、5歳だった少女の自分とし、そこに同じ吸血鬼である不思議な少年か少女を登場させる。そうやって書き始めることで、原型とは違う自分だけの作品ができてゆく。実は古典や名作と呼ばれているものでも、少なくない数の作品がこうした原型を持っている。

「フランソワ・トリュフォーが『恋のエチュード』というタイトルで映画化したアンリ=ピエール・ロシェの小説『二人の英国女性と大陸』は、アンドレ・ジイドの『狭き門』が原型ですし、夏目漱石の『吾輩は猫である』はホフマンの『牡猫ムルの人生観』、芥川龍之介の『偸盗』はメリメの『カルメン』が題材となっています」

西洋絵画を見てもモチーフの多くはギリシア神話や聖書だったりする。テレビドラマの『刑事コロンボ』はドストエフスキーの『罪と罰』で主人公のラスコーリニコフを追い詰める予審判事のポルフィーリィがモデル。また日本の人気ドラマである『古畑任三郎』は『刑事コロンボ』をヒントに制作されている。

逆に辿ると『罪と罰』にも原型はあるはずなんです。バトンタッチという考え方をするといいかもしれません」

最初は「一人称」で書くのがおすすめ

その作品を好きで好きでたまらないのは「それがその人の個性だから」。個性とは簡単に言うと「人とは違う感じ方」だ。

「芥川龍之介は大きなゾウを可愛いと言ったら先生にゾウが可愛いわけあるかと叱られたそうです。しかし、そう感じることが芥川の個性だったんですね」

小説を書くときは、その大切な個性で自分の主人公のキャラをつくっていく。小説は「主人公に始まり、主人公に終わる」。ストーリーはおもしろいけれど主人公に魅力がない作品、あるいはその逆の作品だったら、本になるのは後者の主人公が魅力的な作品だという。主人公のキャラをどう立てるかは「僕らがいつも苦しむところ」。こういうときも好きな作品を原型にするとキャラは立てやすい。

「なぜ今日僕がみなさんに好きでたまらない作品の原型を書いてもらおうかと思ったかというと、自分が好きで好きでたまらないものの中には、自分のなりたいものがあるからです。それを見つけ出して、自分が何になりたいかを認識して、その構造をもとにキャラを立ててストーリーをつくっていくんです」

シチュエーションは「必ず自分の知っているシチュエーションで書くこと」。そしてもうひとつのポイントは「一人称」で書くこと。一人称の利点は「見た」「聞いた」「触った」「感じた」といった自分の五感を使った描写がしやすい点。三人称は書きなれていない人が書くと、この描写が「説明」になりがち。そして一人称は「知らないことは書かなくていい」という省エネ的な書き方でもある。加えて、時代設定などを変えると一人称には意外な「新しさ」が生まれたりもする。

「僕が集英社から出した最初の本である『夢魔の森』は『小説すばる』の編集者から〈平安時代が舞台の怪奇小説を一人称で書いて〉と言われて書いたものです。平安時代で一人称の小説なんてなかなかなかった。あれは本当にありがたいアドバイスでしたね」

書いた作品は「音読」してみる

もうひとつ覚えておきたいのは、物語を書くことは表現であり、表現とは「心を表わす」ということだ。形のない「心」をどう表わすか。参考になるのは芥川龍之介の『手巾(ハンカチ)』。芥川はこの作品で、夫を亡くした妻の「心」を震えるハンカチで見事に表現した。

今日の話は主に「エンターテイメント」の書き方。小説には他に純文学という分野もある。エンターテイメントが「他人を楽しませる」ことを目的としたものであるのに対し、純文学は「自分のために書くもの」。自分の内面を掘り下げる純文学は、辛いことや秘密にしたいことを書かねばならないときもある。そうしたものが書けるのは「三島由紀夫や谷崎潤一郎のような天才」か「車谷長吉さんのように突き詰めて書ける人」。純文学のハードルはなかなか高いと考えた方がいいだろう。

執筆活動の他、大学などでも小説教室の講師をしている小沢氏。学生や受講者には「洗練された小説を書くには〈熱い心〉と〈冷たいまなざし〉が必要」だと説いている。

「心は熱くないと書けません。でもそれだけだとラブレターになってしまうんですね」

「冷たいまなざし」は作品に客観性やちょうどいい距離感を生んでくれる。それを身に付けるには「声に出して読むこと」だ。

「音読すると、なんとなく変なところがわかってくるものです」

貴重な話が満載の第1回はこれで終了。次回はワークショップを交えた「ジャンル別小説作法」。セミナーを通じて新たな小説の書き手が誕生することを期待したい。

講師紹介

小沢 章友(おざわ あきとも)
小沢 章友(おざわ あきとも)
小説家
1949年佐賀県生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業後、コピーライターを経て作家に。十文字女子大で17年間、文章講座を担当。現在、実践女子大の生涯教育センターで、「小説の書き方伝授します」の講師を務めている。1993年『遊民爺さん』で第二回開高健賞奨励賞受賞。1994年『曼陀羅華』で第一回角川ホラー大賞最終候補。主な著書に、『夢魔の森』(集英社)、『運命の環』(文藝春秋社)、『曼陀羅華』(講談社)、『龍之介地獄変』(新潮社)、『怪域』(朝日新聞社)、『不死』(小学館)、『三島転生』(ポプラ社)、『龍之介怪奇譚』(双葉社)などがある。近著は、『運命師降魔伝』(双葉社)、『プラネット・オルゴール』(講談社)、『あやか師夢介元禄夜話』(白泉社)、2015年6月刊行予定の『世界で一番美しい詩』(実業之日本社)がある。