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2015年6月9日(火) 19:00~20:30

梶原 しげる(かじわら しげる) / フリーアナウンサー

揺れる日本語

「今夜はテレビが見れない」「私はなまこが食べれない」
こういう「間違った『ら抜き』言葉」は許せないという方。
「うちのお父さんはすごいいい人なんですう・・・」「尊敬するのはおかあさんとおとうさんですう・・・」
親思いのアイドルに一言、言いたい方。
「小学校の学芸会が楽しみだ、という保護者がいる」
この中に出てくる「が」を「鼻濁音」で発音できない人は困ったのものだ・・と嘆く方。
「ネカフェでヤフオクちぇっく入れるより、ヒトカラでLINEしながら、せかおわでまったりする方がコスパ的にいい?」
という略語と平板アクセントだらけの会話にうんざりされる方。
2015年も半ばを迎えた今日、「日本語」はどのようになっているのか? 「日本語の揺れ」を感じる方々が集い、一緒に日本語検定の一部を試しながら、日本語の「実態」を探検した。

NHKの女子アナのアクセント

講師の梶原しげる氏はフリーアナウンサーとして活躍する一方、言葉に関する著作を数多く執筆。最近では日本語検定審議委員も務めている。そこで日々感じているのが「揺れる日本語」。「ら」抜き言葉や勘違いからくる用法の過ちなど、日本語は常に「揺れている」。梶原氏がこの「揺れる日本語」と関わりあうようになったのは40代後半、大学院で心理学を学んだことがきっかけだったという。

「ちょうど50を迎える頃でしたね。俺はこのままでいけるのだろうかと悩んでいたんです」

そこで「学びたい」と考え、たくさんの本を読んでいるうちに出会ったのが国分康孝氏の『「自己発見」の心理学』だった。リストラなどの心悩む出来事に遭遇しても、「もうおしまいだ」と思わずに「やりたいことができる」と物の見方を変えるだけでまったく別の判断ができるようになる。この国分氏の「論理療法(認知行動療法)」に「これだ!」と感じた。「この人に学びたい」と国分氏の教える大学院に入学。そこで国分氏から得たアドバイスは「あなたは言葉を学んできた人間なのだから、それを研究テーマにしたらどうだ」というものだった。ちょうど若者の曖昧言葉が問題となっていた時期ということもあって、300人の学生を相手にデータをとって論文を仕上げた。新聞で紹介された論文は出版社の目にとまり、最初の著書である『口のきき方』が刊行された。以後、日本語に関する本は現在までに7冊を出版。「言葉とは何なのか」を、「揺れる日本語」を軸に探求している。

「日本語の揺れ」とは「その時代に同じものを表わす複数の言い方がある状態を指します」と梶原氏。たとえば最近の若者のアクセント。テレビを観ているとNHKの女子アナですら番組中で「抑揚のある伝統的なアクセント」ではなく「平板で語尾だけ尻上がりになる」といった「水戸弁のようなアクセント」で喋っていたりする。

「今はこの平板なアクセントが若者の間を席巻しています。この人たちが大人になったとき、どちらに収束するかはわかりません。こういう状態を〈揺れている〉といいます」

日々変化する言葉、「それを見るのが楽しい」

揺れているのはアクセントだけではない。「表記」もまた揺れている。例に挙がったのは「ロープウエー」。放送局などではこの「ロープウエー」を推奨しているというが、実際には他にも3つ、「ロープウエイ」「ロープウェー」「ロープウェイ」と、この国には計4種類の表記が混在している。

そして「揺れ」以前に問題となっているのは、「日本語を正しく使えるかどうか」。ここでは「日本語検定3級」の中から抜粋したいくつかの問題を例に誤用しやすい言葉の意味を再確認してみた。「3級」の問題は、企業の新人研修などで使われているもの。「最低限、これを身に付ければ人事部が安心して職場に送り込める」といったレベルの日本語だ。

三択の問題に使用されているのは「はなむけ」や「逆鱗に触れる」、「相対ずく」といった言葉。よく聞く言葉ではあるけれど、あらためて「三択」などで「適切に使っているのはどの文か」と問われると首を傾げたりする。

「日本語検定のすごいところは、今現在世の中で何がスタンダードになっているかを重視している点。まだ漢字検定ほどは普及していませんが、ぜひ多くの方に受けていただいて自分の日本語力を確認してほしいですね」

「揺れ」にはアクセントや表記の他に「意味」が揺れているものもある。たとえば「煮詰まる」。これは本来なら「議論が煮詰まって結論に近づいた」というポジティブな意味で使われる言葉だ。それを今の若い世代は「会議が延々つづいて煮詰まっちゃった」とネガティブな意味で使いがち。「潮時」もまた「今が潮時、チャンス到来」というプラスの意味だったのが、最近では「そろそろ辞任の潮時だな」とマイナスの意味で使われるのが当たり前のようになっている。国語辞典の中にはそうした意味の逆転を認めるものも出てきているという。

「国語辞典も10年前のものと今出ているものでは中身がまったく違います。『最近の若いやつらは言葉遣いがなっていない』と若者を罵倒していても、それが〈揺れ〉から日本語として定着することもあります」

どの言葉が定着するか。それを「仔細に見るのは楽しい」。

「これは私の趣味。言葉は日々変化している、その変化の様を見るのが楽しくてしょうがないんです」

「全然」は「否定」か「肯定」か

敬語もまた「揺れ」て変化してきたもののひとつだ。「おいしいです」や「美しいです」といった「形容詞+です」は、実は戦後の敬語を簡略化しようという指針によって生まれたもの。「おいしいです」は本来なら「おいしゅうございます」と活用させて言うべき。「揺れ」はこのように日本語を「稚拙化」させてもいる。

こうした「揺れ」の中でも「相当大きく揺れている」ものの代表格は「全然」。

「〈梶原の話は全然〉ときたら、下は〈おもしろくない〉と否定的につくのが今のマジョリティー。ところがこの頃は〈全然オッケー〉などと肯定の意味で使われ始めています」

辞書にも「俗な言い方として」という但し書きを添えたうえでそれを紹介しているものがある。ただ、辿っていくと明治や江戸期の文献でも「全然」は肯定の意で使われていることが少なくない。とはいえ、今現在の使い方でお勧めなのはやはり「否定をともなう使い方」。なぜならば「逆の使い方をすると不快に感じる人の方が多いから」だ。

他に「揺れている」のは外来語などのカタカナ語。一時はこれを日本語訳に変えるべきだという動きもあったという。が、カタカナ語はへたに日本語に訳すとわかりにくかったり違和感を抱かせるものも多い。

「うちの父親は〈デイサービス〉に通っていましたが、これがもし〈日帰り介護〉と呼ばれていたら、たぶん抵抗を感じて行かなかったと思います。〈バリアフリー〉も〈障壁除去〉などというより、外国語のまま柔らかな雰囲気を醸し出した方がいいでしょうね。これは昔から日本人が用いてきた知恵です」

梶原氏の「目下の夢」は、言葉について書いた自著を多くの読者に届けること。

「言葉遣いについて悩んでいる若い人、そういう若い人たちの頭の中を覗いてみたいという人たちに読んでいただきたいですね」  

講師紹介

梶原 しげる(かじわら しげる)
梶原 しげる(かじわら しげる)
フリーアナウンサー
早稲田大学卒業後、ラジオ局文化放送入社。ラジオパーソナリティー、司会者、大学講師など幅広いジャンルで活躍。シニア産業カウンセラー、認定カウンセラー、日本語検定審議委員。最新刊4月発売『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)。『口のきき方』『即答するバカ』『すべらない敬語』(新潮新書)など、「ことば」「コミュニケーション」「メンタルヘルス」に関する著書多数。