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イベントレポート

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2015年7月2日(木)19:00~21:00

神野 紗希(こうの さき) / 俳人

季節と暮らす、言葉と暮らす 女性のための俳句入門「短夜句会」<第1回>

同じ毎日の繰り返し、ありきたりの日々。そんなふうに思っていた日常も、俳句と出会うと、かけがえのない一回きりの瞬間の積み重ねであることに気づく。今日は月がやけに赤い、ポプラの葉が色づきはじめた、会社の後輩が柑橘系の夏らしい香水をつけていた...。ビルの谷間にも、季節は確実に巡ってくる。明日は何が起きるのか、明後日はどんな世界と出会えるのか。忙しく過ぎてゆく毎日の中に埋もれていた、自分だけの特別な瞬間を、一句に詠んでみる。五七五のリズムにのせた、世界でいちばん短い詩、俳句。夏の短夜のひと時、言葉を紡ぎ読み解く楽しさを、と一緒に味わった。
第1回:俳句のハの字
・古今東西の俳句を紹介しながら、俳句の基本を解説
    ・作り方のレクチャー ~まずは一句詠んでみよう!~

俳句の基本は「五七五」と「季語」

3回にわたる「俳句入門」の第1回は参加者全員と講師の自己紹介から。参加者の大半は「俳句に触れるのは小学校以来」という初心者。動機を聞いてみると「日本の素敵な文化である俳句をやってみたい」、「俳句で季節を感じてみたい」という声がほとんど。少人数での開催ということもあって、肩肘張らないムードの中でセミナーはスタートした。

講師の神野紗希氏はNHKの『俳句さく咲く!』などでお馴染みの俳人。俳句との出会いは高校時代。故郷の愛媛県松山市で開かれた『俳句甲子園』を「たまたま見に行った」のがきっかけで自分でも詠むようになったという。『俳句甲子園』は高校生による俳句の勝ち抜き戦。行ってみると、自分と同じ高校生が一字一句について熱く語りあっていた。

「この句の『や』と切っているのは『の』じゃ駄目なんですか。いや、ここは『の』にすると気持ちが伝わらないんです、と、みんなこんなふうに丁寧に言葉を使っているのを見て、憧れを抱いたんです」

自分でも句会に参加するようになり、高校3年生のときには『俳句甲子園』で団体優勝。現在は、詠むことはもちろん、俳句について書いたり、句会や初心者向け講座などを開いたりと、俳人として活動をつづけている。

第1回の今回はクイズ形式で学ぶ「俳句のハの字」。俳句といえば「五七五」の十七音に『歳事記』にある「季語」を入れて詠む日本独特の定型詩だ。季節の言葉である「季語」は「天文学や植物学、民族学などいろんなジャンルと接している」。その季語を用いる俳句は、わずか十七音(字)という切り詰めた詩型でありながら「『歳事記』にあるいろんな世界の宇宙を抱き込んでいる」のが特徴だ。

季語を入れて「呟けば」、それが俳句になる

まずは「冷蔵庫」、「洗濯機」、「電子レンジ」の中だと「季語はどれでしょう?」というクイズ。答は「冷蔵庫」。「冷」という文字から夏の季語であることがわかる。ただし、「洗濯機も実は惜しいところがある」。というのも夏の季語には「夜濯ぎ」という「暑い夏の夜に洗濯をする」という意味を持つ言葉があるからだ。次は「帽子」と「ハンカチ」と「靴下」。こちらの答えは「ハンカチ」。これも夏の季語で、昔の「汗拭い(汗を拭く手拭い)」がもとになっている。こうした『歳事記』に載る「季語」は江戸時代の頃から有力な俳人たちが取捨選択して「増えたり減ったりしてきた」。「冷蔵庫」や「ハンカチ」など現代的な言葉があるのはそのためだ。大事なのは「今までにその季語で詠まれた俳句があるということ」。後につづく俳人は「その俳句を指標としてイメージを引き継いで、どんな俳句を詠むか」が勝負。ときにはそこから常識を覆すこともある。たとえば松尾芭蕉の有名な「古池や蛙飛び込む水の音」という句。この句のすごいところは「古池」という「永遠かもと思われる時間を象徴しているもの」に「蛙がぽちゃんと飛び込む、永遠の中に訪れた瞬間」を見逃さずに詠んだ点。これが発表された当時は季語の使い方でも話題になった。芭蕉の時代の「蛙」というのは「鳴く声を詠むもの」と定義されていた。ところが芭蕉はその蛙を「声ではなく飛び込むという動作」で詠んだ。まわりの人々はこれに「えっ、蛙をこんなふうに詠むのか」とたいへん驚いたという。

「俳句というのはけっこういい加減。いったん季語にしちゃえばどんな形で詠んでもいいということです。季語を入れて呟けば、それが俳句。日常の出来事をさっとすくいとってもらえれば、俳句になるのです」

知っておきたい「切れ」と「取り合わせ」

季語のクイズが終わったあとは、「俳句で心理テスト」。並んだのは明治から昭和初期までの女流俳人の七句。

足袋つぐやノラともならず教師妻(おしん型苦労タイプ=杉田久女)
苺ジャム男子はこれを食ふ可からず(あねごタイプ=竹下しづの女)
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや(良妻賢母タイプ=中村汀女)
たんぽぽと小声で言ひてみて一人(天真爛漫タイプ=星野立子)
雪はげし抱かれて息のつまりしこと(情熱一途タイプ=橋本多佳子)
ひるがほに電流かよひゐはせぬか(不思議ちゃんタイプ=三橋鷹女)
夏みかん酸つぱしいまさら純潔など(雑草タイプ=鈴木しづ子)

この中で好きだなと思う俳句に手を挙げてもらったところ、「いちばん人気」は天真爛漫タイプの星野立子。近代俳句の「ボス」的存在だった高浜虚子の愛娘である星野立子は、偉大な父に守られていたこともあってか詠む句も「成熟した女性というよりも少女のよう」。神野氏が好きだという三橋鷹女は「ちょっとわからないことを言うピカソ的な魅力のある作家」。第二次世界大戦の前後に活躍した鈴木しづ子は「歴史の流れに翻弄された俳人」。ベストセラーとなった句集の出版パーティーで「それでは皆さんごきげんよう」と挨拶したきり「姿をくらました」ことでも知られている。「もし存命ならば、今は96歳か97歳になっている」という。このように、自分で詠むだけでなく、古今の俳人たちの句に接したり、その人物像を追ってみることで楽しみがどんどん広がる。これもまた俳句の魅力ではないだろうか。

俳句を詠むうえで覚えておきたいのは「五七五」や「季語」の他に、「切れ」や「取り合わせ」といったもの。「切れ」は芭蕉の句で言うなら「古池や」の「や」。こうした切れ字は「ここで意味が途切れますよという指標になるもの」だ。「取り合わせ」は「十二音で気持ちを述べて、そこにぽーんと季語を合わせること」。俳句の小さな棚の上には「2つのものまでなら乗せられる」。それがうまくいくと「気持ちのニュアンスをさらに細かく伝えることができる」という。これに対し「十七音すべてを使ってひとつのことを言う」のが「一物仕立て」。「一物仕立て」のほうがとっつきやすく思えるが「取り合わせ」を知ると俳句の幅が広がる。

ラストに「物は試しの一句」。「夏の月」を季語に参加者全員で俳句作りに挑戦。次回に備えてミニ句会形式で互いの作品を鑑賞しあった。できあがった句を見た神野氏の感想は「みなさんちゃんと俳句になっていますね」。次回はいよいよ短夜句会。期待を胸に第1回のセミナーは終了となった。

講師紹介

神野 紗希(こうの さき)
神野 紗希(こうの さき)
俳人
1983年、愛媛県松山市生まれ。高校時代、俳句甲子園をきっかけに俳句をはじめ、その後NHK・BSの句会番組「俳句王国」の司会、Eテレの初心者向け俳句講座「俳句さく咲く!」選者を務めた。俳句を詠んだり文章を書いたりする傍ら、句会や講座を通して俳句の魅力を伝えている。句集に『星の地図』(マルコボ.com)、『光まみれの蜂』(角川書店)、共著に『これからはじめる俳句川柳 いちばんやさしい入門書』(池田書店)などがある。現在、明治大学兼任講師。