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イベントレポート

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2015年8月1日(土)13:30~15:00

辻 雄貴、大倉 慶乃助 /

「いけばな」と「能楽」の混じるところ
~自然の愛で方、遊び方~

「伝統芸能」と聞くと、高嶺の花というイメージがあるかもしれない。しかし、本来「芸能」とは自然を素材にした「生活藝術」で誰もが楽しめるもの。今回は、華道家の辻雄貴氏と能楽師の大倉慶乃助氏にお越しいただき、両氏が携わる最近のプロジェクトにも触れながら、伝統芸能の楽しみ方をトークショー形式で伺った。トークショー後のワークショップでは、来場者は大倉氏の掛け声に合わせ、小鼓の簡単な演奏を楽しんだ。

また、講座の結びには大倉氏が大鼓で「道成寺」の一部をアレンジしたものを披露。通常、能楽は能舞台でしか演奏されないが、伝統芸能の普及を願い、今回特別に演奏いただいた。大倉氏の変幻自在な声と大鼓の音が響き渡り、会場内は神聖な雰囲気に。神に奉納することもある芸能であると実感しながら、来場者は思わず聴き惚れた。

一般家庭から伝統芸能である「華道」の世界へ飛び込んだ辻氏

伝統芸能というと、世襲制で一般家庭からは入りにくいという印象がある。
辻氏は、伝統芸能とは関係がない一般家庭で育ち、大学・大学院では建築の勉強をしていたという。建築を学ぶ中で日本の豊かな風土が反映された建築構造物に数多く触れ、その中で「いけばな」に出会ったのだという。

華道は、花そのものをいけるのではなく、枝と枝との間の何もない空間をいけるもの。世界の中では類を見ない日本独特の美学に触れ、その世界へと のめり込んだ。

洋風化が進んだ現代日本家屋には、花や自然を愛でる場であった「床の間」が失われつつある。そこで辻氏は、ホテルのロビーや商業施設のホール、庭園などに活動の場を見出し、枠組みにとらわれずに空間をいける新しい形を展開している。たとえば、2014年に辻氏自身が出演しているヘアケアブランドのCMでは、髪の土台となる毛根から美しくしていくというコンセプトに倣い、静岡の里山の林業家やお茶農家から協力を得て、花木を採取し、CM内で作品を作り上げた。

また、2013年にフランス・シャンパーニュ地方のフェール城で行なわれた「能フェスティバル」では、舞台美術を担当。静岡市葵区足久保から500本近くの竹を船で輸送し、竹による能の舞台を創り上げた。同じく竹を使った作品としては、静岡市駿河区登呂遺跡で行なわれたシズオカ×カンヌウィークでは芸術ディレクターとしてマルシェの会場デザインも担当している。
これらの竹は、整備が行き届かず山の他の木を枯らす原因となっていた、中山間地域の余剰資源を使っての作品で、そういった自然環境を利用したものを「循環型アート」という。「植物のもつ生命力と人間の想像力の融合」を信条とする辻氏の自由な発想が、間伐される運命の竹を、人の心を動かすアート作品へ変えた。

代々「能」に携わる伝統芸能一家。辻氏と出会い、可能性を広げた大倉氏

国民のうち5割は「能」を見たことがないと言われている。日本の伝統芸能の中でも「能」は分不相応だという印象を持っている人が多いと思う。
そもそも「能」は、今から約700年前の室町時代の能楽(猿楽)師、観阿弥・世阿弥親子が大成者であり、現在では「能」と「狂言」を合わせて「能楽」と総称される。
一説には、もともと平安時代頃に農作業を楽しめるよう歌いながら踊る「田楽」が「能」に由来しているともされる。豊作祈願の神事でもあり、神の前(たとえば神社など)で演じられることもあった。

現在「能」は270曲ほど伝わっているが、700年間口頭で語り継がれ、変わることがなかったという。そんな「能」の中から、大倉氏に代表的な2番をご紹介いただいた。

ひとつは「能にして能にあらず」といわれる演目の「翁」だ。これは新春に披露されることが多く、物語めいたものはなく神がかった雰囲気で、観客側はうとうとしてしまいそうな演目なのだとか(「能」は夢幻めいた話も多いので、居眠りしてしまってもいいのだそうだ。夢と現実の境の極限状態で聴くのも「能」の醍醐味。こう聞くと観能のハードルを下げられるかもしれない)。
しかし、よくよく聞いてみると、人間の普遍性が語られ、非常にメッセージ性が高い内容。

そしてもうひとつが「羽衣」だ。これは世界遺産となった富士山の構成資産のひとつ「三保の松原」を舞台にした話で、昔話の羽衣伝説としても子どもの頃から聞かされてきた人も多いだろう。漁師が三保の松原で、松の枝に掛かった美しい衣を見て家宝にしようと持ち帰ろうとする。そこへ天女が現れ、「衣を返してほしい。返してくれないと天に帰れない」と悲しむ。天女に心動かされたお人好しの漁師は、天女の舞を見せてもらう代わりに衣を返し、天女は天へ帰っていくという話。
大倉氏は、羽衣伝説の地で育った静岡県民は、この漁師のように人のお人好しが多いという。人のいい漁師が出てくる「羽衣」は「能」の中でも名曲とされ、これが世界中に広まれば戦争もなくなるのではと話す。フランスのフェール城で行なわれた「能フェスティバル」では、この「翁」と「羽衣」を披露した。
今や舞台の様式を替え、日本の伝統に馴染みのない観客が鑑賞するまでになった「能」。ずっと不変だったが、今、変革期へと突入したのではないかと大倉氏は語る。

「能」の新しい楽しみ方。「シャクジ能」が今、面白い

2015年1月には静岡市葵区にある「浮月楼」の庭園、5月には「シズオカ×カンヌウィーク2015」開催中の登呂遺跡会場で「シャクジ能」を催した。
シャクジとは古来より日本各地で祀られてきた自然の精霊を指す。芸能・ものづくりの神ともされ、日本の芸能社は守護神として祀ってきた歴史もある。

「シャクジ能」とは名のとおり、野外を舞台空間へと替え、自然の精霊の力を借りて、より神秘的な能を演じる試み。本来、芸能は誰もが楽しむことができるもののはずという考えもあり、「華道家による循環型アートと能楽師によるパフォーマンスの融合」=「シャクジ能」を提案しはじめた。
いずれも静岡の中山間地域の竹を使用したため、それぞれが共鳴し合い、まるでオペラハウスのような反響を楽しめたという。

「シズオカ×カンヌウィーク2015」のマルシェを学生ボランティアと一緒に竹で作るという企画は、登呂遺跡という場に相応しい、非常に趣のある会場となった。しかし「シャクジ能」開演時は、あいにくの雨。従来であれば中止となるのだが、この時は「能」の普及のためにと実施。それだけに実り多いものとなったそうだ。

また、2015年8月29日(土)には軽井沢の「脇田美術館」でも上演された。
こちらではすでに伐採の時であるにも関わらず、手入れができずに放置されているカラマツを利用したという。現在、海外メーカーとの企画も進んでいる。消費社会と言われる現代において、自然と人間との関係性を再発見できる「シャクジ能」。これからの取り組みにも目が離せない。

講師紹介

辻 雄貴、大倉 慶乃助
辻 雄貴、大倉 慶乃助

辻 雄貴(つじ ゆうき)
華道家・建築造形家
辻雄貴空間研究所代表。華道家辻雄貴いけばな教室主催。静岡県出身。工学院大学大学院工学研究科修士課程修了。いけばなの枠組みを越えて建築、舞台美術、彫刻、プロダクトデザインなどを中心に独自の空間芸術を追求。近年、フランス能公園の舞台美術を手掛けるなど、世界を舞台に日本の自然観・美意識を表現している。

大倉 慶乃助(おおくら けいのすけ)
能楽師
能楽大倉流大鼓方。東京都出身。十五世大倉流小鼓方宗家大倉長十郎の孫、大鼓方大倉正之助長男。故大倉流大鼓方山本孝に師事。初舞台独鼓「天鼓」、初能「經正」以降「翁三番叟」「猩々乱」「石橋」「道成寺」等を披露する。カンボジアのバイヨン寺院遺跡の特設舞台、ニューヨーク、グッゲンハイム美術館等、海外公演多数参加。近年、華道家辻雄貴とともに、「シャクジ能」 を企画するなど能楽やいけばなの持つ本質を模索し、現代における芸能の新しいかたちを追求している。