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イベントレポート

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2015年12月19日(土)13:30~15:00

たきい みき / 舞台女優

「舞台は人生」~イメージが創る無限の世界~

舞台を観に行ったことはあるだろうか。
「テレビや映画は観るけど、舞台はハードルが高くて行ったことがない。」という人も、少なくないはず。今回は、静岡を拠点に「SPAC(静岡県舞台芸術センター)」をはじめとする、国内外の舞台で活動中の舞台女優・たきいみき氏をお招きした。前半では、たきい氏の現在までのあゆみについて、後半は、舞台の前の準備体操、戯曲を声に出して読んでみる「本読み」などのワークショップと、たきい氏による朗読を参加者は楽しんだ。

たくさんの「夢」を描いたあと、舞台女優を志す

チリンと小さな鈴を鳴らし、シェイクスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」の名シーンを朗読しながら登場した、ひとりの女優。突然のことに、会場は静寂と緊張に包まれ、来場者は一つの舞台の世界へと引き込まれた。マイクなしでも響き渡る声と たきい氏の美しい佇まいは、これから始まるセミナーへの期待を高めてくれるのに十分な演出だった。
たきい氏は、大阪市出身。子どもの頃は、フィギュアスケートの選手や、医者、盲導犬訓練士など、さまざまな「夢」を抱いていた。そして、小学6年生で劇団四季のミュージカルや、宝塚歌劇の鑑賞の機会を経て、舞台という世界を知る。
高校2年生のときには、文楽(人形浄瑠璃)を観に行く機会に恵まれた。
「お姫さまと若者の恋の話だったのですが、初め、人形を動かす“おじいさん(=人形遣い)”が気になって仕方がなかったんです。『なんだ、これ!』と衝撃を受けました。でも、物語が進むにつれ、“おじいさん”の存在がまったく気にならなくなって、最後は感動して涙を流していました。」
すっかり文楽の世界にはまってしまった たきい氏は、それから週3回、制服姿のまま劇場へ足を運ぶようになる。案にたがわず、大学は、舞台芸術を学ぶ学科へ進学。周囲には、写真や映画を学ぶ学生もおり、モデルや映画の撮影に呼ばれることが増え始めた。やがて、テレビのレポーターの仕事をするようになる。
「ラーメンを食べて『おいしい』というだけの仕事でした。25歳のとき、自分はこのままでいいのだろうかと、ふと我に返ったんです。」
仕事で知り合った俳優の先輩に相談したところ、「舞台をやりなよ」と勧められ、舞台の道を志す。そして、吉田鋼太郎氏など、名俳優を世に送り出してきたことで知られる劇団「シェイクスピア・シアター」の研修生として入団。
あるとき、ゲネプロ(=舞台で行なう、本番前の最終リハーサル。)を客席から観ていたところ、演出家が出演女優に対して「おまえ、何やってんだ!そんなので本番ができるか!降りろ!」と声を荒げた。客席を振り返った演出家と たきい氏の目が、たまたま合ったのがターニングポイントだった。
「たきい! おまえがやれ!」。
当時はまだ研修生だったので、舞台へ立つということは通常ではありえない事態。しかし、これも舞台の神様が導いてくれた運命だと思い、意を決して舞台へ臨んだ。この度胸が買われ、著名な俳優とも懇意にするなど、人脈を築く。2001年には、劇団「ク・ナウカ」へ入団。国内外のさまざまな舞台に出演し、着々とファンを増やしていった。

感覚と感性を磨く「俳優のトレーニング法」

フランス出身の演出家・クロード・レジ氏が「SPAC」で演出した、メーテルリンク作『室内』に出演した際、たきい氏の中である変化が起こったという。
この作品は、幸福な一家に訪れる「娘の死」という悲劇を描いたもの。終始を暗示的な薄暗い舞台で演じる。派手さはなく、地味で難解な演出に戸惑いもあったそうだ。しかし、次第にあることに気づく。
――意識の力は、無意識の力に敵わない。――
稽古が終わると、レジ氏は次のように言ったのだという。「さあ、みなさん、家に帰って、たくさん夢をみてください。その夢が、あなたに演技の道を教えてくれるから。テキストの中から、たくさんイメージをもらってね。」
確かに、文章の中から得られる情報は、とても少ない。対して、「夢」のような無意識でつかみどころのない世界からは、思いもよらないインスピレーションを得ることがある。
『室内』の中には、娘の死を描写するこんな台詞があった。
「川に浮いていて、手を合わせて…。」
この台詞を夢うつつに考えていると、ふとシェイクスピアの『ハムレット』の登場人物・オフィーリアの、川に流されながら死が迫ってくるシーンが思い浮かぶ。こういった無意識の世界を旅することで、新たなイメージを得られるということは、不思議な体験だったのだという。
レジ氏は、『室内』の上演にあたり、次のようなコメントを寄せている。
「演劇は死と非常に近いところで生きています。そしてメーテルリンクのテクスト(テキスト、著作)では、意識と無意識とが手を取り合って、生のただなかに死の空間があることを感じさせてくれます。」

俳優・制作スタッフ・観客次第で、舞台の世界は無限に変わる

たきい氏の講演は、ここでいったんひと段落。このあとは、俳優としての感覚と感性を磨くトレーニング法と、舞台前にたきい氏が行なっている準備体操を実際に体験するワークショップが催された。

「感覚と感性を磨くトレーニング」

1. 平行…両手をまっすぐ横に伸ばす。そして下ろす。まっすぐに立ったニュートラルな状態から姿勢を変えていく。腕を組む、足を一歩前に出すなどで、人の印象はガラリと変わる。

2. 重心…表現する感情に合わせて、重心の位置を変える。たとえば、合格発表の場面。合格した人は、重心がまっすぐで嬉しそうだが、不合格だった人は重心が少し前のめり。

3. 足裏…足の下に、濁流が流れていることを想像しながら立つ。この状態で、後ろから別の人がその人を抱きかかえると、本来の体重より重く感じるという不思議な現象が起こるという。意識や感情が現実に影響を与えていることが分かる。

4. 感覚を開くワーク…舞台の前に、たきい氏が必ず行なう準備運動のようなもの。両手を握りしめ、胸の前から前方へ伸ばしていく。このとき、こぶしと目もだんだん開いていく。また、体の流れがスッと通るようなイメージで、鎖骨周りをさすることで、リンパを刺激する。そして、目をつぶり、音を聴く。目を開けていたときとは違う、新たな音に気づく。これらの動作を行なうと、意識と感覚が変わるのだという。

上記のトレーニングを行なった後、岸田國士氏の戯曲の一節を、参加者で読み合わせた。
休日の夫婦の会話の一部だが、同じ台詞でも、傲慢な夫と従順な妻という設定と、気弱な夫と強気な妻という設定では、話がまったく異なるという、これもまた新しい発見へとつながった。

終盤では、別役実氏の童話集『淋しいおさかな』の中から『ふな屋』という小作品を朗読していただいた。
これは、フナと会話させてくれる不思議な職業「ふな屋」の話。たきい氏の、優しくも情感あふれる声が、幻想的で独特な世界を描く別役実ワールドへと誘ってくれた。ラストシーンでは、仕事を得られず途方にくれるふな屋の弟子に、初めて「しあわせになるよ。今にきっと。しあわせになるよ。」という、フナの声が聞こえるという話だ。ここでは、フナの声を演じるたきい氏の声が、物悲しい情景から、ふっとひと筋の明かりがさすような、みずみずしくも不思議な感覚を呼び起こしてくれた。朗読だけでもこんな不思議な体験ができるのだと、たきい氏の声の力に、参加者は一様に感じ入っていた。
目を閉じながら聴くと、まるで舞台が浮かぶようであり、彼女が出演する舞台を実際に体験すれば、自分の中の新しい世界が開けそうだと予感をさせてくれた。

最後に「夢」についてメッセージを寄せてくださった。「今回お話した、『無意識の世界を旅すること』で、思ってもみなかった自分に出会うことがあります。そこで出会った自分を、許容できる人間でありたいと思っています。それが、自分の中での夢の一つであるのかもしれません。無意識の中で遊び続ける。それが俳優であるということなのかもしれません。」
舞台は、俳優はもちろん、脚本家、演出家、舞台美術、照明、チケット販売などを担う制作など、多くの人の手で創られる。そしてその舞台は、彼らそれぞれが持つイメージに、一人ひとりの観客が感じた感覚・感性を掛け合わせて無限に変化していく。今回のセミナーをとおして、「イメージが創る無限の世界」というものがあるということを、たきい氏は教えてくれた。

文・河田 良子

講師紹介

たきい みき
たきい みき
舞台女優
大阪市出身。大阪芸術大学舞台芸術学科卒業。文楽をこよなく愛す。タレント活動を経て、2001年「ク・ナウカ」入団。2006年よりSPAC(静岡県舞台芸術センター)にて国内外の数々の舞台をつとめる。代表作に「ふたりの女」「夜叉ヶ池」など。