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イベントレポート

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2015年2月6日(土) 13:30~15:30

一ツ山 チエ(ひとつやま ちえ) / クリエイター

「ねじねじアート」一ツ山チエさんと干支のサルを創ってみよう

読了後は、廃棄されてしまう新聞紙。この新聞紙から作った「こより」を使って、地球上の生き物の立体オブジェを制作しているのが、クリエイター・一ツ山チエ氏だ。一ツ山氏の手にかかると、このこよりが、力強く、そして生命感あふれる作品へと変貌する。壮大な世界観を表現したその作品は、全国各地の展示会やさまざまなディスプレイとして鑑賞され、多くの感動を生んできた。 今回は、一ツ山氏のアート作品が生まれるに至ったルーツをうかがったあと、2016年の干支「サル」を制作するワークショップを開催。親子、夫婦、友人同士など、子どもから大人まで、幅広い層の方に参加いただいた。d-labo会場内は、一ツ山氏の作品が展示され、参加者は、セミナー開始前からアート鑑賞を楽しむ様子が見られた。参加者からは、「捨ててしまう新聞紙でこんなアート作品ができるなんて」と感嘆の声が寄せられた。

実家は紙ひも工場。紙という存在が「表現」の手段になっていった

新聞のこよりを次々に巻きつけて土台を形取り、さらにその上に細いこよりを幾重にも巻きつけていく。動物のふわっとした毛並みは、一本一本をこよりで表わし、爬虫類の湿ったような独特の皮膚は、こよりをつぶしたり編み込んだりして表現する。本物さながらのサイズ感と迫力は、観る人を圧倒する。そして、その表情を見たとき、ぐっと胸に迫るものを感じさせる。一ツ山氏のオブジェは、非常に生き生きとしており、その強さの中に何かを強く訴えかけてくるような印象を受けた。

一ツ山氏の生まれ育った街は、紙産業が盛んな富士市。一ツ山氏のご両親も、多分に漏れず、当時から現在まで紙ひも工場を営んでいるという。紙ひも工場の機械のかたわらが、幼い一ツ山氏の居場所の一つだった。紙の廃材の中で埋もれるように遊ぶなど、よく従業員に迷惑をかけていたという。そんな環境で育ったため、紙は身近な存在。紙ひも1,000mを使って、ユリの花を制作したのは高校生の頃で、それが最初の紙ひも作品だった。

その後、東京工芸大学でデザインを学び、イラストレーターとして多くの作品を手掛けるようになる。転機となったのが2007年、あるNGOグループからイラストの依頼を受けアフリカのザンビアを研修のために訪れたときのこと。

隣国のジンバブエの国立公園を訪れた際、角が密猟され、多くのサイがその命を落としているという話を聞いたのです。」

サイの角は、高額で取引されるため、密猟が後を絶たない。密猟者は、角の部分だけを切るのではなく、闇に紛れるように行動するため肉からえぐりとるように残虐なとり方をする。そのため、皮膚が壊死し、多くのサイが命を落とす。サイは、今、絶滅の危機に瀕している。

帰国後、インターネットでサイの密猟について調べ、その残虐な様子を知った一ツ山氏は、ひどく心を痛めた。

「人間の利益のために、動物たちの命が失われている。その現実を知ったとき、命というものを考えさせられ、紙でサイのオブジェを創ることを決めたのです。」

一本一本、まるで命を吹き込むように新聞紙のこよりを巻きつけていく。制作中は、作品の横で眠った。そうして完成したのが『君が心の叫び歌今もまだ叫び続ける』だ。

それから一ツ山氏は、次々と世に作品を送り出していく。2011年には、ゴリラのお母さんがやさしく子どもを見守るような様子を表現した作品『Gorilla’s man』。同じく2011年の新宿ルミネの展示では、たくさんの来場者を呼び込むことをイメージして、四股を踏むお相撲さん『満員御礼』。2012年にLIXILギャラリーで開催した展示では、大地をどっしりと踏みしめて歩むバイソンを圧倒的な迫力で表現した『大地に、生きる』。私たちは、誰かの命を奪って命を紡いでいるということ、命のプレゼントを表現した『GIFT of life』。

2014年には「アンデルセン公園 子ども美術館」では、絶滅が危惧されている海ガメなどを表現した『大海原に旅に出る!』展を催し、活動の場を広げ、作品を通じて生命とは何かということを多くの人々に語りかけていった。

新聞紙のこよりや、紙ひもを使って作品を創る

一ツ山氏から作品が生まれるに至った過程などをうかがったあと、ワークショップが開催された。一ツ山氏が描いたサルの下絵をもとに、作品を制作していく。

新聞紙のこよりの作り方は、シークレットなのではと思いきや何のためらいもなく伝授してくださった。「まずは、作りたいモチーフからこよりの太さを決め、それに合わせて新聞紙を切ります。そして、水をつけた刷毛でさっと濡らします。木の板の上で行なうとやりやすいですね。端を少し折り、手のひらで転がしていけば、簡単にこよりができます。」

できあがったこよりを切って、ボンドで貼り付けながら形作っていく。今回は、こよりの製作も体験したが、事前に一ツ山氏がこよりを準備してくださっていたので、それを使用することもできた。

また、会場には、茶や、ピンク、オレンジ、赤、黄色、青、緑および黄土色など、色も太さもさまざまな紙ひもが用意された。あまりにも多彩だが、これらの紙ひもは、ショップの紙バッグの持ち手などに使われるもので、ご実家の工場で通常生産されているものだという。

紙ひもは、そのままだと素材として使いづらいが、広げたり濡らしたりすると紙の形体や質感が変わり、くしゃくしゃにしたり、裂いたりすることで表現の幅を広げていくことができる。広げた紙ひもは、まるで和紙のような質感になる。そのことを知っている人は、いったいどのくらいいるだろうか。

竹串を使用することで、目や指、爪などの細かい部分も制作しやすくなる。ポスターカラーや、クレヨンなどの画材も用意されていたので、好みの色付けも可能だった。

「毛のようにしたかったら、下から上に重ねて貼っていくと、立体的な毛が表現できます。サルの顔や、手から貼っていくと創りやすいですよ。」
参加者は、思いおもいの素材や道具で作品を作り上げていった。

各々の作品が完成。記憶に残るワークショップに

一ツ山氏からやり方を聞いた参加者は、初めこそ「難しそう」「自分にできるだろうか」などと不安を口にしていたが、新聞紙でこよりを作り、手で千切ったり、丸めたり、ハサミで切ったり、紙ひもをぐしゃぐしゃにしてみたりと、アイディアによりさまざまに変化していく素材の様子を見るうちに、オリジナルの表現方法を見出していった。

ワークショップ開始から2時間半。終了予定時刻だった15:30を大きく上回り、気づけば16:30近くになるほど、一同は作品作りに没頭していた。

毛が均一に生えそろった上品な雰囲気のサル、輪郭がきりりと際立つサル、毛がぼうぼうに生えた野生的なサル、カラフルでやんちゃな顔のサルなど、個性豊かなサルたちが参加者の手によって生み出された。同じ下絵からもこんなにも作品が異なるというのが、おもしろい。全員の作品を並べ、「色づかいがおもしろいね」「あのサルは、きれいに創られている」など、感想を言い合った。完成した作品は、乾燥させた後、額縁に入れて飾るとより味わいが増すという。

最後に、一ツ山氏の「夢」についてうかがった。

「私の作品は、これを創ったからといって社会が変わるわけではありません。でも、作品を観た人が、何かを感じて、考えてくれたら、それで十分。今年、アメリカへ行って、一つのチャレンジをしようと思っています。右も左もわからない土地へ行って、何が待ち受けているかまったく想像もつかない状態ですが、100年後にも、博物館に残せるような作品ができればと思っています。今回のワークショップは、一つのことに集中して何かを創り上げる集中力と忍耐力のトレーニングになったのでは、、、と思います。みなさんの記憶のひとかけらとして残ってくれれば幸いです。どこかの展覧会でまたお会いできる日を楽しみにしています。」

今年は、一ツ山氏にとって飛躍の年になりそうだ。いつか一ツ山氏の作品が、国内外の美術館・博物館で展示される日が来るかもしれない。そんな将来性あふれるクリエイターによるワークショップに参加できたことは、参加者の記憶の一つに刻まれたに違いないだろう。 文・河田 良子

講師紹介

一ツ山 チエ(ひとつやま ちえ)
一ツ山 チエ(ひとつやま ちえ)
クリエイター
1982年静岡県出身。2004年東京工芸大学芸術学部デザイン学科卒業。大学卒業後にイラストの仕事をしながら立体作品を制作し、次第に紙や新聞紙を用いて動物の姿を形創るようになる。2011年に静岡県富士市に拠点を移し、Director玉井富士とともにhitotsuyama.studioを立ち上げる。2014年には、アンデルセン公園子ども美術館にて『大海原に旅に出る』展示会開催。