スルガ銀行 Dバンク支店

SURUGA d-labo. Bring your dream to reality. Draw my dream.

イベントレポート

イベントレポートTOP

2016年2月28日(日)13:30~15:00

庄司 隆行(しょうじ たかゆき) / 東海大学海洋学部海洋生物学科教授・博士(薬学)

さかなの不思議発見

魚にも鼻があるということを知っているだろうか。魚の鼻は、うま味成分(アミノ酸)を匂いとして感じることができるのだとか。今回のセミナーでは、東海大学海洋学部海洋生物学科教授・博士(薬学)である庄司隆行氏(以下、庄司教授)をお招きし、魚たちが持つ"高感度匂いセンサー"についてや駿河湾の一風変わった魚のこと、サケの母川(ぼせん)回帰行動などについてお話しをいただいた。普段知りえない大学での実験・研究方法を映像付きでご紹介いただいたので、参加者たちは真剣な表情でプロジェクターに見入っていた。

魚にも鼻がある!スーパーセンサーを使った索餌行動

庄司教授は、山形市出身。市内を流れる馬見ヶ崎川で渓流釣りを存分に楽しみながら育った。北海道大学薬学部へ進学後、オリンパス光学工業(株)へ入社したが、再び大学の研究室へ戻る。机の下で犬を飼うほど動物を大切にしていたが、あるとき、実験で犬を手にかけるよう言われ、それを機にサケの母川回帰行動を研究テーマとするようになった。そして、2002年、縁あって東海大学海洋学部で教鞭をとることになる。
「大学のすぐ目の前が海というとても恵まれた環境です。自由に使える船もあり、生きた魚をそのまま研究室へ運べるのは、とても幸せなことです。」
駿河湾の深海へビデオカメラを下ろし、深海の様子を録画するなど、立地を活かしたさまざまな研究を行なっている。

「魚にも鼻がある」という事実を、知らない人が意外に多いという。「『ピラニアは血の匂いに寄ってくる』とよく言われますが、厳密には、ピラニアが反応しているのは血液に含まれるアミノ酸の匂いなんです。そしてピラニアより、アジの方が嗅覚器が発達しているんですよ。」
アミノ酸といえば、様々な食品に含まれる調味料として知られる。私たちにとってアミノ酸は、「嗅覚」ではなく「味覚」で感じる味物質だ。一番身近なアミノ酸と言えば、うま味調味料の“味の素”(L-グルタミン酸ナトリウム;MSG)だろう。水1リッター中にこのMSGが約1.69 g入っていれば、ヒトの味覚はそれを味(うま味)としてぎりぎり感じることができる。ところが、多くの魚の嗅覚は、1.69~16.9 μg/l(μは100万分の1という意味)のMSGが溶けていれば匂いとして感じることができる。つまり、魚の嗅覚はヒトの味覚の約10万~100万倍の感度を持つ高感度センサーだ。たとえば、水の入ったビーカーに髪の毛を1本入れただけで、その水は魚にとっては“匂う”水だが、ヒトにとっては全く味のない水である。髪の毛や手にはいろいろなアミノ酸がたくさん付着しており、その微量なアミノ酸に対して魚たちは反応できるが、ヒトには無理である。
セミナーでは、水槽に入れたタナゴやウナギ、ハゼ、ウツボの索餌行動(エサを探す行動のこと)の実験映像を見せてくれた。カニ、コンブ、オキアミ、サンマなど、いろいろな匂いを用意し、そのえさの中の何に反応するかを調べていくのだという。

駿河湾のちょっと変わった生き物

駿河湾にいる、一風変わった生き物たちの写真や映像も見せてくれた。駿河湾には、サメもいるので、はえなわ漁をするときは、丈夫なワイヤーを使う。「本当にいろいろな生き物が網にかかります。モザイクをかけたいくらい気持ち悪い写真もあるので、苦手な方は目を閉じていてくださいね。」と優しい言葉も添えてくれた。

●アマゴ…本来は川に生息しており、海にはいない。(川魚のアマゴは海や湖に降るとサツキマスになる。)「清水港の地引網に引っかかったことがあり、非常に驚きました。」

●ユメザメ・ホソフジクジラ…ホソフジクジラは、クジラと名がつくが、サメ類。サメの鼻は、目よりも大きい。頭のサイズに対して、匂いを感じるセンサーである嗅房がヒトよりもはるかに大きく、“嗅球”という匂いの情報を処理するための専用の脳があるほど。新鮮な魚が近くを泳いでいても、死んだ魚を狙う。死んだ魚は、タンパク質が分解され、たくさんのアミノ酸が流れ出ておいしそうな匂いになるようだ。

●ホラアナゴ・トウジン…海底の薄暗いところに住む生き物。「実験の際には、白色光だと魚たちにはまぶしすぎると思ったので、赤色光を使用しました。波長の長い光である赤色光は、人間なら見ることができる明るさですが、魚は見えないか見えづらいのです。」

●コンゴウアナゴ…ほかの魚の肛門やエラから侵入し、その魚の腹腔内に入り込むことがある。「以前、ユメザメを引き上げた際、ユメザメ自体は死んでしまっていたのですが、その体内に生きたコンゴウアナゴがうようよ入っていたこともあります。」

●ゴンズイ…稚魚や若い魚は数十〜数百匹が集まって「ゴンズイ玉」と呼ばれる集団で移動し、エサを探す。自分たちが食べたいエサ(底生生物)の匂いを嗅ぎ分け、決して間違えることなく行動していく。

●ヌタウナギ…あごのない無顎類。死んだ生き物を食べる腐肉食性。日本で食されているニホンウナギとは、分類状大きく異なる。ほとんどの魚では、鼻の孔は左右に一つずつあるいは前後に分かれて二つずつあるが、ヌタウナギは真ん中に一つしかない。焼津港の長兼丸は深海漁でこれを獲っている。韓国では、身を食したあと、皮はイタリアなどへ輸出し、なめして財布などに加工している。「ヌタウナギは、食べた学生10人が10人、とてもおいしいと絶賛するほどの味です。皮はまるで動物のような手触りです。」

●バラムツ…深海に住む魚。身に炭素鎖の長い脂肪酸とアルコールが結合したワックス成分が多く含まれ、ヒトはそれを消化・吸収することができない。ある一定量を食べると、お尻からワックスが出てきて下痢のようになる。

●オオグソクムシ…『不細工だけどかわいい』とメディアなどで多く取り上げられ、今やすっかり有名になった深海の生き物。死んだ生き物を食べる腐肉食性。「発光ダイオードを背負わせて動きを追ったり、人工巣穴を作って索餌行動の実験を行なったことがあります。細かい砂利の中の人工巣穴が居心地がよすぎたみたいで、まったく動いてくれなかったという失敗も…。匂いがするエサの方向へなら、多少の障害物をも乗り越えて行きます。障害物に引っかかって、ジタバタする様子はなかなかかわいいものです。」

海の生き物を愛するがゆえの気遣いも、所々にうかがえた。研究に利用した魚は、そのまま廃棄するのではなく、食用のものはおいしく食べることで魚たちへの感謝も忘れない。「研究で使った後のサケ、イクラは本当にたくさん食べました。コイは実験で何回か使ったのでもう食べられなくなりましたが、サケとイクラはまだまだ食べられますね。」

鋭い嗅覚を使って母川へ回帰するサケ

サケやマスは、川で産まれて海へ降り、1年~数年間の海洋生活で成長した後、自分が産まれた川(母川)へ戻って産卵する。大きな川になると、支流がいくつにも分かれるが、確実に自分が産まれた支流に帰るという。
「サケやマスには、磁気コンパスとなる磁性体があるのではないか」「視覚で判断しているのではないか」などという仮説をもとに北海道大学北方生物圏フィ-ルド科学センタ-洞爺臨湖実験所(上田宏教授のグループ)でヒメマスやサクラマスを使った実験を行なった。「真鍮を装着した個体」「強い磁石をつけて磁気感覚を妨害した個体」「視覚を遮断した個体」のうち、「視覚を遮断した個体」だけが母川回帰できなかった。つまり、サケマスは外洋での方向定位には磁気ではなく太陽コンパスを使っているのではないかと考えられた。
次に、「母川に戻る際には河川水中のアミノ酸の匂いの違いを嗅覚で識別しているのではないか」との仮説のもと、それぞれの川の水に含まれるアミノ酸成分を調べ、同じ成分で人工河川水を調製し、庄司教授の後輩がサケ、マスの人工母川選択率を調べる詳細な実験を行なった。結果は、サクラマス81.3%(16尾中13尾)、ベニザケ75.9%(29尾中22尾)、シロザケ85.7%(28尾中24尾)、カラフトマス59.3%(27尾中16尾)。「カラフトマスは、産卵場所が比較的どこでもよかったりするので、ほかのサケやマスに比べて選択率が低い結果となったのではと考えられます。」
実験の結果はこのようになったが、どうやって匂いの記憶を憶えるのか、どうやってその記憶を引き出して帰ってくることができるのかなど、実際のところわからないことだらけで、母川回帰の謎はまだまだ研究を進めていく必要性があるようだ。

最後に、庄司教授に「夢」についてうかがった。「子どもの頃、周囲からこんな勉強嫌いな子がいるなんてと言われていました。でも、将来は生物学者か漫画家になりたいと思っていたのです。大学は薬学部でしたが、いつの間にか生物学者になっていました。思っていれば、夢は案外叶うものなのかもしれません。あと、もし叶うならサケと話してみたいです。大学には、イルカと話したいと言っている先生もいますが、自分はサケと話してみたい。でも、サケと話なんてしたら、実験なんてできなくなってしまいそうですけれど。」
魚と話をするというのは、現在では夢のまた夢なのかもしれない。しかし、さまざまな研究が進み、脳波を測定していくうちに、いつか魚と話をできる日が来るかもしれない。魚をはじめ、生物には、まだまだ謎が多い。実験・研究が進み、庄司教授が、魚の生態を今より解明してくれる日を、同じ静岡に住む人間として心待ちにしたい。文・河田 良子

講師紹介

庄司 隆行(しょうじ たかゆき)
庄司 隆行(しょうじ たかゆき)
東海大学海洋学部海洋生物学科教授・博士(薬学)
1987年3月北海道大学薬学部薬学科卒業、91年大学院薬学研究科博士後期課程中退、1992年~2001年北海道大学薬学部(大学院薬学研究科)勤務、2002年~現在は、東海大学海洋学部勤務。魚類(サメ類・サケ科魚類・深海魚等)や海生無脊椎動物(オオグソクムシ等)の嗅覚行動とその生理機構について研究している。
専門研究テーマ:水生生物の化学感覚(嗅覚や味覚)に関する生理学的・行動学的研究