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イベントレポート

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2016年4月8日(金)17:30~19:00

たきい みき / 舞台女優

シェイクスピアのコトバを楽しむ講座

世界中の名だたる俳優たちによって、さまざまな演出スタイルで上演され続けているシェイクスピアの作品。実際に演劇を観たり本を読んだりしたことがない人も、シェイクスピアの名前くらいは知っているだろう。今年は、なんと没後400年にあたる節目の年ということで、日本も含め世界中で記念講演やイベントが開催されている。今回は、ハードルが高そうに思えるシェイクスピア文学の言葉の面白さを、「SPAC(静岡県舞台芸術センター)」を拠点に国内外で活躍している舞台女優・たきいみき氏がわかりやすく教えてくださった。

翻訳の面白さと難しさ

たきい氏が会場に姿を現すと、その場の空気がまるで色づくようにパッと華やいだ。ショートカットの髪に大きな瞳と輝く笑顔、まっすぐに伸びた背筋、そしてすらりと長い手足。“オーラをまとう”という言葉は、まさにこういう女性のことを言うのだろう。そして耳に心地よい声が響き、講座が始まった。
「シェイクスピアを読んだことがある人はいますか?」という問いに手をあげた人は2人ほど。それでも「知っている作品名はありますか?」という質問には、「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」「マクベス」「リア王」など、矢継ぎ早に作品名が挙げられた。おそらく多くの人が、作品名やフレーズは知っている。

けれど実は読んだことがない、それがシェイクスピアの作品なのかもしれない。そこで、まずはシェイクスピアの人となりを簡単に説明してくださった。
彼は、1564年生まれ、出身地はイングランドのストラドフォード。父はすご腕の革職人、母は貴族の一員という、裕福な家庭の8人兄弟の次男として生まれた。作家として活動すると間もなく才能を認められ、ロンドンへ移住。生涯の間に40本もの戯曲や数多くの詩集を書き、52歳でその生涯を閉じた。シェイクスピアが書いた戯曲は、悲劇・喜劇・史劇。その中でも「リア王」「マクベス」「ハムレット」「オセロ―」は4大悲劇と呼ばれ、今も全世界で語り継がれている。たきい氏が考える悲劇とは、“あるべき理想の形が崩れ、レールから外れ、運命が思わぬところにねじれてしまうこと”。そこに現われる愛や憎しみ、喜びや悲しみの表わし方の秀逸さを、参加者はこれから知っていくことになる。

シェイクスピアの人となりがわかったところで話題は変わり、翻訳の面白さの話へ。日本語の解釈は、翻訳家によってだいぶ違いがあることを示すために、同じフレーズの翻訳を例に挙げて読みあげてくれた。たとえば、誰もが知っている「ハムレット」の有名なフレーズ「To be or not to be, that is the question」。私たちが思い浮かべる翻訳といえば「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」だが、実はその翻訳が出版物として世に出たのはたった10年前。けれど私たちは、ずっと昔からこの翻訳で覚えてきたような気がするから不思議だ。おそらく色々な翻訳が混ざり合い、日本人として一番しっくりくる翻訳に変換され、口伝えで伝わってきたのではないかというのがたきい氏の推測。ちなみに、日本人が訳さなかった場合、「あります、ありません、あれは何ですか?」と訳されたという笑い話も。そのフレーズだけでも、日本語がいかに幅広い解釈ができる言語であるかを知ることができた。さらにシェイクスピアの作品の特徴でもある、韻文についても説明してくださった。
「シェイクスピアは『弱強五歩格』という韻律を好んで使いました。これは弱い音、強い音を交互に5回繰り返すことで、言葉にリズムがうまれるという技法。その強弱のリズムのおかげで、私たち役者はまるで歌うようにしゃべることができます。」
言葉に音楽性が豊かに取り入れられているのも、シェイクスピア作品の魅力の1つといえる。

五感を研ぎすませる時間

ここまで30分ほど話したところで、突然「そろそろ、体を動かしましょうか!」と提案があった。参加者は、これから何が始まるのだろうか?という期待と緊張の面持ちで、2人1組のペアを組む。1人がAさん、もう1人をBさんとして向かい合ったところで、「Aさんの手は魔法の右手。Bさんの顔は、Aさんの手に吸い付くように一緒に動いてしまいます」と、ともすると無茶ぶりに近いオーダーが。もちろん、実際には魔法はかかっていないので、BさんはAさんの動きを見ながら顔を動かすのだが、これが簡単なようでなかなか難しい。さらにもう1つ、AさんとBさんが向かい合い、合わせ鏡のように同じ動きをするというゲームを行なったところで、このゲームの目的を話してくれた。「これは何気ないゲームのようで、実は相手をちゃんと見なければできません。自然と相手とコンタクトを取り合って、コミュニケーションをしているんですよ。」
なるほど、ゲームを始めてから会場には笑い声が響き、それまで緊張していた空気が一気に和んでいった。その後も全員で円になって耳を澄ましてみたり、ハミングをしながら他人の声を聞いてみたり、いろんな速度で歩いてみたり…普段無意識にしている行動が、少し特別なものに感じる時間を過ごした。「たとえば、耳を開いてみる…すると、何も聞こえないと思っていても、世界は音であふれているのがわかります。俳優は稽古の前に、目、耳、肌の感覚を研ぎすませるトレーニングを行なっているんです。」
これらのゲームは、五感を研ぎすませる時間だったのだ。たきい氏が人を惹き付ける魅力を持っているのは、常に自らの五感を研ぎすましているからに違いない。

シェイクスピア作品を朗読してみる

体を動かした後は、実際にシェイクスピアの作品の抜粋した一部分を、1人ずつ順番に朗読していった。セリフのほんの一部分であっても、シェイクスピアの独特な言葉の選び方、感情表現の素晴らしさを感じることができた。400年以上の時が経っているのが信じられないくらい、今読んでも斬新な言葉の数々。たとえば、「オセロ―」でのセリフ「嫉妬深い人は理由があるから嫉妬するのではなく、嫉妬深いから嫉妬するのですもの」は、まさに人間の醜い部分をストレートに表現している言葉といえる。しかし不思議とネガティブな要素はなく、醜い心こそ人間らしい感情であると伝えたいのではないか、という気さえしてくる。複雑だからこそ人間は面白い。シェイクスピアは、そんなふうに思っていたのではないだろうか。

最後に、d-labo静岡が“夢と毎日を応援するスペース”ということで、たきい氏の夢を語ってくださった。「今の夢は、イギリスへシェイクスピアのお墓参りに行くことかな」と冗談めかして語った後、「やっぱり舞台の成功ですね」とぽつり。そして夢や想いを口に出す大切さも教えてくれた。「私は、昔から“言霊(ことだま)”という言葉が好きなんです。夢や想いを言葉にして口から出した瞬間、それは行動になる。そして次にもっていく力、夢を叶える力を生み出してくれると思うんです」と。たきい氏は、そうやって自らを奮い立たせ、俳優という夢を掴み取ったのだろう。その一言は、どんな有名なフレーズよりも心に響く言葉だった。
文・鴨西 玲佳

講師紹介

たきい みき
たきい みき
舞台女優
大阪出身。幼少の頃はフィギュアスケートやバレエに熱中する。高校生の頃、芸術鑑賞会でみた文楽に衝撃を受ける。それ以降、舞台芸術に興味を持つようになる。2006年より、静岡県舞台芸術センターに所属。代表作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」など。