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イベントレポート

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2016年8月20日(土)13:30~15:30

野田 三千代(のだ みちよ) / 海藻おしば協会会長・日本藻類学会会員・静岡県環境審議会委員

海藻おしばでアート作品「海の森からの贈り物」
~色彩の謎解きから地球環境の成り立ちを知る~

『海藻おしば』という言葉を知っているだろうか。カラフルな色彩と造形美にみちた海藻をアートとしても楽しめるように、1枚ずつ丁寧に紙に置いて押し花にしたもののことを指す。ただし、海藻には花がなく、体は葉だけなので、押し花ではなく「おしば」となる。今回は、海藻おしば協会の会長を務めながら全国で講座や展示を行なっている野田氏を講師に迎え、海藻の知られざる生態から、海藻の宝庫である伊豆の海の魅力、さらには今地球が抱えている深刻な環境問題の話などを伺った。講座の後半には、伊豆に漂着した10種類の海藻を使って、ハガキサイズの海藻おしばの作品づくりも体験。各テーブルの上に置かれたカラフルな海藻からほんのりと磯の香りが漂い、夏の終わりにピッタリの講座となった。

海の植物である海藻は、絵の具箱よりカラフル!

講座が始まるまでの待ち時間、海藻おしばの作品展示を見て驚いた。海藻と言っても色も形も本当にさまざまで、なんて美しく、生命力にあふれた姿をしていることか。この展示を見て、今まで描いていた「緑色のワカメ」の海藻のイメージは大きく覆された。講座の参加者の多くも同じような衝撃を感じていたようで、作品に近づいて熱心に見入る姿が印象的だった。
野田氏は、まず海藻の基本的なことから話してくださった。

「海藻の色は、実は絵の具の色のようにカラフルなのです。でも陸の植物の葉は基本的には緑一色。だから植物=緑と結びつけるのは、海の植物である海藻にとっては失礼な話なのですよね。」

そう語ると、緊張気味の会場からは笑い声が聞こえた。その後、強い口調でこう追加した。

「陸の植物がなぜ緑なのか、海の植物はなぜカラフルなのか。その謎解きをしていくと、今問題になっている地球温暖化の意味を根本的に理解することができるのです。」

「まず、知っている海藻の名前を挙げてみてください。」と野田氏が言うと、ワカメ、コンブ、ヒジキおよびテングサという馴染みのある名前から、カジメ、海ぶどう、ヒトエグサおよび布海苔など珍しい名前も出てきた。野田氏が思わず「普通は出ても3種類なので、8種類も名前が挙がったなんて上出来ですよ!」と褒めてくださったものの、日本の海には1500種類、世界の海には1万種類もの海藻があるらしい。つまり、私たちが知っているのは、わずか1万分の8の知識でしかないということだ。日本人にとっては食品として接していても、それほど知られていない存在の海の植物ともいえる。

海藻の色がなぜカラフルなのか、それは光の色と関係がある。陸の植物が、光合成をするために必要なクロロフィルと同じ緑色なので、その色が反射して葉っぱが緑色に見える。それに対して、海の植物の光合成は、海水を通した光で行なわれる。太陽の光は、海の中に入ると質が変わり、深い場所では赤色や青色の光は消えてしまい緑色の光になってしまう。そこで、緑色の光を吸収するために海の深い部分に生えている海藻たちは補色である赤い色を持ち、光合成を手助けしている。海藻の色は3つのグループ(赤い色をした紅藻類、緑色をした緑藻類、茶色の褐藻類)に分けられ、その色の違いが生き抜いていくために必要であり、海中で生きていくための生活の知恵なのだという。

伊豆の海は、世界一とも言える海藻の宝庫

静岡の伊豆の海には、400種類ほどの海藻が生育している、世界でも珍しいくらいの海藻の宝庫だという。その理由は、4つある。

1. 伊豆半島が変化に富んだ地形であること
2. 水深30mまで光が届くほどの透明度が高いこと
3. 西海岸と東海岸で通年1.5度も水温が違うことで、海藻の住み分けができていること
4. 陸にも豊かな自然があること

「伊豆半島は、狭い半島ですが、この4つの条件が重なったことで、世界一とも言えるほど海藻が豊富な素晴らしい海です。私は、もっと伊豆の海の魅力を広めていきたいと思っています。」

そもそも、野田氏と海藻おしばとの出会いは、偶然から始まった。伊豆の修善寺で生まれ育ち、グラフィックデザインの仕事を経験していた野田氏は、たまたま依頼を受けて筑波大学下田臨海実験センターを訪れた。そこの研究室に置かれていた赤い色をした海藻が目に留まり、「海藻にも色があるんですね」と質問をした。それが、その後20年間、野田氏がアシスタントとして働くことになった横浜康継先生との出会いだった。

「その時に先生から“海の中にも森がある”という言葉を聞いて、どんな森なのだろう?」

と純粋に興味が湧きました。研究の手伝いをしているうちに海藻は海と地球環境に貢献度が高い割には知られていない、このような大事なことを広く一般の人たちにも知ってほしいと考えました。海藻の美しさを引き出し、学術的な標本という枠を越え、さらに漂着海藻を素材としたアート作品に。美しく楽しい“海藻おしば”は誰にでも受け入れられ、海と地球環境に関心を向けてもらえる糸口となります。

この海藻が育つ海をだめにしたくない…このことが今後の環境問題を左右するカギとなります。海藻の色彩の謎解きから地球環境の成り立ちを理解でき、根本的に地球温暖化を理解することができる。そして私たちは今、どうすれば良いのか?」と問いかける野田氏の声は大きく強くなり、地球環境への熱い思いが伝わってきた。

海藻を手で触れて五感で感じて、環境を意識してほしい

講座の後半では、伊豆でとれた海藻を使った海藻おしばに挑戦した。使った海藻は、ヒラオノリ、アカモク、ユカリおよびフシツナギなど計10種。まず、ハガキを水に浸した後、塩抜きした海藻を水に浸け、形を整えながらハガキの上に好きなように配置していく。出来上がった作品は、野田氏が数日かけて乾燥させ、約1週間後に郵送で送っていただけるという。

海藻は、そのままのシルエットを活かして置くだけでも美しい。初めてじっくりと海藻と向き合ううちに、この小さく透明感のある海藻を守っていかなければならない…そんな思いが芽生えてきた。海藻おしばに初挑戦した参加者からは、「海藻は爪楊枝で丁寧に広げると、形がとてもキレイで見とれてしまいました。」や、「久しぶりに嗅いだ磯の香りで、小さい頃に海で遊んだ懐かしい記憶が蘇ってきました。」という声も挙がった。私たちの身近にある海の森を、この先もずっと守っていくために私たちが何をすべきなのか、参加者1人ひとりが考える時間になった。

20年前に地球温暖化の話をしても、誰もピンときていなかったという野田氏。それが今は、困ったことに、環境問題の話をすると、みんなすぐに理解してくれるようになったという。「困ったことに」というのは、それがたった20年の間に地球が驚くほど変わってしまったことを意味するからだ。この先20年後、地球がどうなっているか分からないと言う研究者もいるほどだ。

「海藻のおかげで、今の私たちがいることを忘れてはいけません。海藻がつくる海の中にも森がある、ということを知った上での生活をしてほしいと思います。」

野田氏は、今回のような講座を子どもたちに向けても積極的に開催している。それは、子どもたちにも環境問題に対する意識を高めて欲しいという願いから。

「私の夢は、多くの人に伊豆の海の魅力を知ってもらうこと。そして、海藻おしばの体験を通じて、海の森を好きになってもらうこと。そのために、常に作品を見ることができ、体験できる場所ができたらいいなと思っています。今回、静岡市で初の海藻おしば展を開催することができ、とても嬉しく思います。今後も展開を図っていきたいです。」と夢を語ってくださった。

文・鴨西 玲佳

講師紹介

野田 三千代(のだ みちよ)
野田 三千代(のだ みちよ)
海藻おしば協会会長・日本藻類学会会員・静岡県環境審議会委員
静岡県伊豆市生まれ。女子美術短期大学卒業後、筑波大学下田臨海実験センター非常勤職員として30年勤務。会長を務める海藻おしば協会が第29回全国豊かな海づくり大会にて環境大臣特別賞を受賞。
主な著書・共著「海藻おしば」(海游舎・1996)、「ネイチャーガイドブック海藻」(誠文堂新光社・2002)