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イベントレポート

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2016年10月6日(木) 19:00~20:30

細矢 隆男(ほそや たかお) / 日本骨董学院 学院長

ギリシャから法隆寺へ 仏像の成立とヘレニズム そして実存主義へ

法隆寺などの多くの建築、美術品にはギリシャの影響が極めて多くみられる。前回セミナー「仏教の源流を求めて」では、釈迦以前の美術品の流れの中に仏教の基になっていると考えられる作品を観てきた。今回は、仏教の教えの本質とそれを踏まえた仏像鑑賞の基礎知識、さらにギリシャ世界の盟主、アレキサンダー大王とヘレニズム文化を中心に仏教の広がりについて考える機会となった。

仏教美術に見られるヘレニズムの影響

4回目となる細矢隆男氏のセミナー。今回のテーマは仏教美術。とりわけ日本の仏像に焦点を当てて、その源流や特徴をさぐってみた。 骨董の専門家として世界中の古美術に触れてきた細矢氏。そのなかでも「やはり日本の仏教美術はいちばん美しいと思う」という。その仏教美術の代表が全国各地に残る仏像だ。
「朝鮮から仏教が入ってきたのは西暦538年。当時の日本は飛鳥時代。最近はいなかったという説もありますが、聖徳太子の時代でした」
仏教伝来とともに造られたのが寺院。飛鳥寺(法興寺)や四天王寺、法隆寺などの寺が建立され、堂には仏像が安置された。ここで注目したいのはそこにヘレニズム(古代ギリシャ文化)の影響が見られることだ。前回の『仏教の源流を求めて』でも説明したように、紀元前5世紀に釈迦が開いた仏教は、インドから北と南に分かれて広がっていった。その途上で出会ったのが古代ギリシャや古代エジプトの文化。最初に仏像が作られたガンダーラは、アレキサンダー大王が建設したギリシャの植民都市であった。そこで生まれるものにギリシャ文化のエッセンスが加わるのは必然といえる。
「微笑んでいる仏様の顔は、ギリシャ彫刻のアルカイックスマイルと同じです。ほかにも法隆寺や正倉院で見られる真ん中が少し膨らんだ柱は、パルテノン神殿のエンタシスの柱と似ています」
ほかにも日本の仏教美術には、そこかしこにヘレニズムや古代エジプト文化、また途中にあった中国や朝鮮半島との共通点がある。
「日本でよく見られる唐草文様はエジプトからギリシャ、ペルシャ、中国、高句麗と渡ってやって来たものです。法隆寺金堂の卍崩しの高欄にはギリシャ彫刻の影響が窺われますし、国宝である法隆寺の水瓶はササン朝ペルシャの水瓶と形状が共通しています。また奈良の大仏のサイズは中国の龍門の石窟寺院にある仏像を参考にしたように見えます」
ヤマトの神話に出てくる蛇は、古代エジプトにおいても重要な動物だったし、死後の世界を説いた阿弥陀(あみだ)教は、やはり古代エジプトのオルシス神に対する信仰とよく似ている。歴史を見れば、紀元前5世紀に生まれた仏教がそれより古い宗教や文化の影響を受けながら少しずつ形を変えて日本に伝来したことは明白だ。

ニーチェの実存主義に見られる仏教思想

では、本来の仏教の教えとは何なのか。ここでは京都と奈良の間にある浄瑠璃(じょうるり)寺の住職であった佐伯快勝氏の著書を参考にしてみた。
「仏教の教えとは、無常。欲望と生と死の執着を捨てることにあります」
そこにある「四諦八正道」の教えには、欲望は人生の苦しみであり、人生の苦しみは「四苦八苦」が原因、とされている。この苦を消滅させ「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」への道を進むためのものが「八正道」。さまざまな教えがある仏教だが、細矢氏が好きなのは奈良時代に唱えられた唯識(ゆいしき)論だという。仏教の唯識論が説くのは「自分が死んだら世界もなくなる」ということ。
「もし死んだ人がいたら、ほかの人から見たらその人はいなくなるということだけど、その人から見たら全世界がなくなる。生きていることがすべてです、という考え方ですね」
こうした真理を見出すために、釈迦は修行をつづけた。法隆寺の玉虫厨子(たまむしのずし)に描かれている前世で飢えた虎の親子に身を献じたという「捨身飼虎(しゃしんしこ)」や、真理を知るためにそれを教えてくれるという鬼に身体を供養する「雪山偈(せっせんげ)」などの説話には、その教えが息づいている。同時に「天上天下唯我独尊」という言葉からもわかるように、釈迦は人々に「自分というものを大事にしよう」とも説いた。これは「ニーチェの実存主義にも通じるもの」だという。
「ニーチェは思想家のショーペンハウエルから仏教を知って影響を受けました。自分というものが大事だろう、という実存主義は、実は仏教の基本的思想からきたものだと思われます」

仏像の見方、その基本は4種類

セミナー後半は「仏像の見方」。覚えておきたいのは仏像には「如来」、「菩薩」、「明王」、「天部」の4種類があることだ。このうち如来と菩薩は釈迦その人の姿。釈迦如来や薬師如来、阿弥陀如来などの如来は「悟りを開いた」後の状態。菩薩はそれ以前の姿ということになっている。悟りを開いた、つまり欲望がなくなった釈迦である如来の特徴は「薄い衣をひとつつけているだけ」。これに対し菩薩は装飾品をつけている。大学の教師にたとえるなら「如来は教授で菩薩は准教授や講師」。若い菩薩は信者に憧れを抱いてもらうために着飾っているというわけだ。
明王は釈迦が変化した姿。その代表である不動明王は空海がつくった真言密教の最高神だ。炎を背中に恐ろしい顔をしているのは「難解(極悪)の衆生を救う」という目的があるがゆえだという。一方の天部はというと「守護神」。その役目は如来や菩薩、明王を守ることだ。
「帝釈天や金剛力士や十二神将、四天王などはみんな天部。異教徒から仏様を守るために剣を持ち鎧を着ているんです」
こうした仏像は、その時代によって、また種類によって形状に特色がある。「すべてを観る」という観音菩薩の中には、それを意味するように複数の顔を持つ十一面観音菩薩のようなものがある。人を病気の苦しみから救うのが役目の薬師如来は、その左手に必ず薬壺を持っている。
平安前期の薬師如来像であれば「赤ちゃんのようなむちむちした胴体」が特徴であるし、これが鎌倉時代の金剛力士像になると人間そっくりのリアリズムに満ちた姿になっていたりする。逆に言えば、仏像を見ればそれがいつ造られたものであるかもわかるということだ。
最後は「仏像の造り方」。仏像には「蝋型鋳造法(ろうがたちゅぞうほう)」、「押出造り」、「一木造り」、「寄木造」などいくつかの製造法がある。比較的簡単なのはレリーフ状の像を製作する「押出造り」。これに対し「蝋型鋳造法」は、手間はかかるがやわらかい蝋材を用いることで美しい細工を施すことができる。「一木造り」は名のとおり一本の木材を彫ったもの。「寄木造」はパーツごとに造った手足や顔、胴を合わせたもので、分業制で製作される。平安時代後期の仏師である定朝によって完成されたこの技法によって、仏像は大量生産や大型化が可能になったという。
セミナーでは細矢氏のコレクションであるガンダーラの石仏や韓国のアナプチ宮殿の瓦なども展示。参加者に直接手で触れてもらった。
細矢氏の「夢」は自身が運営する日本骨董学院の生徒の中から講師を輩出すること。もうひとつの夢は「宇宙の果てを見ること」だ。
「非現実な夢ですけど、知らない世界をぜひ見てみたいですね」

講師紹介

細矢 隆男(ほそや たかお)
細矢 隆男(ほそや たかお)
日本骨董学院 学院長
東京都生まれ。18歳で刀剣鑑定の勉強を始める。早稲田大学第一文学部独文科へ進学後、茶道部、古美術研究会に入部。刀剣のほか個人的に絵画・仏教美術・陶磁器・エジプトを含めた西洋アンティーク等多方面の古美術の研究を始め、文学・哲学・音楽などへのアプローチから、世界的な美術・芸術の交流に強い関心を持つ。その後、出版社2社の代表取締役を歴任しつつ1989年から4年間、骨董・古美術の露天商を経験する。1994年より青山にて古美術店を経営するとともに、「日本骨董学院」を設立、骨董・古美術の一層の普及を目指して現在に至る。
東洋陶磁学会会員、日本山岳修験学会会員、日本美術刀剣保存協会会員、全刀商会員。