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イベントレポート

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2016年12月23日(金) 13:30~15:00

辻 雄貴 / 華道家・建築造形家

次世代へ受け継ぐ伝統芸能 いけばなの未来を考える

今回は、華道家・建築造形家の辻雄貴氏をお招きし、いけばなをはじめとする伝統芸能についてのお話を伺った。辻氏にd-labo静岡のイベントへお越しいただくのは、2015年8月のイベントに続いて今回で2度目。前回は、「『いけばな』と『能楽』」の混じるところ」を題材に、一般の人々からはなかなか縁遠い、伝統芸能の面白さをご解説いただいた。
今回は、伝統芸能を未来へとつなぐための新しいカタチの活動をご紹介いただくとともに、d-labo静岡の雰囲気に合わせ、現代の住居スタイルに合ういけばなをテーマにライブパフォーマンスを披露。多くの参加者がイベントに訪れ、辻氏のパフォーマンスを堪能した。

いけばなに価値を加える、新しい試み

辻氏は、代々理髪店を営む一般家庭で育つ。そして、建築家を志し、大学・大学院へ進学。学生時代には、アール・ヌーヴォー(=19世紀末~20世紀初頭にヨーロッパを中心に広がった新しい芸術様式。植物などをモチーフにし、曲線・曲面を使った装飾・図案が特徴。)や、アントニ・ガウディ(=スペインの建築家。サグラダ・ファミリアや、グエル公園などは「アントニ・ガウディの作品群」として世界遺産に登録されている。)など、西洋の建築・芸術を研究していた。
大学生のとき、京都・奈良の伝統的な建築を観に行ったことが、いけばなと辻氏を結びつける契機となる。京都・奈良の伝統建築では、石、砂および草木などの組み合わせにより、生命感や美を表現していることに気付く。調べるうちに、これらの根底にある哲学はいけばなであることを知ったという。
大学で研究していたアール・ヌーヴォーも、自然をモチーフに用いることが多い。いけばなの哲学や美意識は、建築にも活かせるのではないか。そんな思いから、いけばなの門戸を叩く。大学での建築の勉強のかたわら、華道の書生になり、二足のわらじを履きながらの生活を送ることになる。やがて、辻氏の「建築×いけばな」という新しい概念は、それぞれの従来の枠組みを超え、独自の芸術を創造していく。
空港の国際線での作品展示から、シャンプーのCMへの出演、銀座にある百貨店でのビジュアル作品、ミュージシャンのソロアルバムのジャケット、女優と音楽家とともに行なったチャリティーコンサートでのパフォーマンスおよび貴賓席のための椅子デザインなど、さまざまな場での作品制作から、ビジュアル作品、プロダクトデザインまでその活躍は多岐に渡る。

間伐整備された自然資源を使い、循環型の伝統芸能へ

近年の家屋は、花や自然を愛でる場であった「床の間」がなくなり、洋風化が台頭している。「いけばな」は現代人に必要とされなくなり、「一部の限られた余裕のある人々の嗜み」という位置付けになってしまった。
それは「能」や、「茶道」といった、ほかの伝統芸能においても然り。格式が高い印象があり、一般の人にはなかなかなじみにくい存在だ。
「伝統芸能は、『心』を解きほぐし、『自然』を感じながら楽しめる、心地よい存在なのです。そして、もっとワクワクした気持ちで接してもいいのではと思っています。」

能楽は、自然とともにある「総合芸術」だという。芸術の「芸」は、もともと「藝」と書き、「植物を植える」という意味を持っている。能楽の源流の一つに「田楽」と呼ばれる舞踏がある。これは、単調な田植えを楽しくするために、自然に太鼓を叩き、拍子を取りながら田植えをするようになったことから生まれたという説もあり、「藝」の字に「植える」という意味がある所以を感じる。

いけばなや能などの伝統芸能を、工夫を凝らし、新しい価値を見出していくのがこれからの課題だという。そのためのひとつの試みとして、辻氏は静岡市葵区にある「浮月楼」で、200本ほどの竹を使った、斬新な能舞台を創り上げている。これは、「シャクジ能」(=シャクジとは、古来より日本各地で祀られてきた自然の精霊を指す。間伐材などを利用して舞台をつくることで価値を再生し、社会を「消費型」から「循環型」へシフトさせていくことが狙い。)と名付けられ、静岡から日本各地、そして海外へも広がりを見せている。舞台制作は、地元の学生のフィールドワークの場となっており、若者の参加も積極的に促している。
最近では、2016年11月に「富士の山ビエンナーレ2016」で「駿河シャクジ能」を開催。会場となる富士宮市星山の資源を活かした循環型能舞台を設置し、静岡の学生と共同で和紙を使った星のような照明を製作した。「駿河シャクジ能」は、「クラウドファンディング」(=製品やサービスの開発に必要な資金を、インターネットを通じて調達するサービス。資金調達はもちろん、製品やサービスの認知にも役立ち、世界中から注目されている。)を活用するなど、新たな技術やサービスとの融合により、地域プロジェクトとして成功を収めた。

いけばなは、自然といきものが心を通わすツール

イベントの後半、参加者は、辻氏によるいけばなのライブパフォーマンスを楽しんだ。
土色の壺と花材の白い椿は、辻氏自身が用意したものではなく、スタッフに任せたものだという。一般的なライブパフォーマンスであれば、事前に入念な下準備を行なうもの。今回は、完成形を事前に想定しておらず、無の状態からその場で創り上げるというパフォーマンスを披露していただいた。
「枝に触れたときに感じる感覚、瞬発力も大事なのです。それは、その場でしか感じ得ない、不思議な感覚を体験いただけると思います。」
事前に完成図があり、それに合わせて選ばれた花であれば、流れるように生けることもできるだろう。しかし、今回のパフォーマンスでは、辻氏は一つひとつの枝に触れ、自分の心に一番響く枝を見分し、独特の空気をかもし出す。木の曲線の描き方、花の付き方、葉の量など、たくさんの枝の中から、花や枝を選び抜いているのだ。
椿は、枝をある程度自在に曲げることができるので、扱いやすい花ではある。しかし、葉が多いので、花器に合わせて、葉を落としていく必要がある。1本の枝を整えるだけでも、1時間かかることもあるそうだ。一番美しく見える角度を探し、花の向きを整え、壺に生ける。不安定な形の壺に、大振りの椿の枝。素人が生けたら、バランスを崩してしまいそうだ。見せたい角度に合わせ、添え木留めという、枝を固定する手法を使い、位置を決定づけていく。
時間にして約20分。パチンパチンと響く花ばさみの音、立ちのぼる椿の木の香りで会場が満たされた。参加者は、瞬きをするのも惜しむほどの真剣な眼差しでパフォーマンスを見つめていた。無造作に置かれていただけだった椿は、次第におしゃれでモダンなd-labo静岡の空間になじみつつも、会場へ凛としたアクセントを添える作品に仕上がった。正面からの姿だけでなく、どこの角度から見ても、それぞれに異なった椿の魅力を感じる。
白の椿の花言葉に、「完全なる美しさ」「申し分のない魅力」というものがある。このパフォーマンスでできあがった作品は、根元から先端に至るまで、まさに完全なる美しさを感じさせた。

辻氏が生けるいけばなからは、美しく雄大な日本の自然、季節とともに変わりゆく植物の姿を感じ取ることができる。
「『華道』は、日本人と自然が心を通わすツールのようなものだと思っています。」
辻氏の活躍は、<床の間のある和室で、着物を着て、正座して、優雅に花を生ける>という華道のイメージを覆してくれる。「『自然』と『いきもの』のつながりを、『いけばな』というツールで伝えていけたら。」と辻氏は語る。
ハードルが高いと思われがちないけばなだが、散歩の途中、脇道の草花を摘んだり、野山へ分け入り、目に留まった手近な自然を持ち帰ったりするなど、手軽に一歩を踏み出すことができる。数種の花材を使うのではなく、まずは四季に応じた1種のみを使い、心の趣くままに生けていくのがいいそうだ。
中心地から車で30分も走れば、すぐに山へ入ることができるのも静岡の魅力の一つ。四季折々の日本の自然の心に、ぜひ触れてみてはいかがだろうか。

講師紹介

辻 雄貴
辻 雄貴
華道家・建築造形家
1983年 静岡県出身。工学院大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。
辻雄貴空間研究所 主宰。建築という土台を持ちながら追求する「いけばな」は、既存の枠組みを超えて、建築デザイン、舞台美術、彫刻、プロダクトデザインなど、独自の空間芸術として演出される。人と建築と植物。三つの関係性を考え、植物の生命力と人間の創造力を融合させた空間表現には他に類がない。
近年は、国内外問わず様々なブランドとアートワークを発表。世界を舞台に、日本の自然観・美意識を表現している。
2013年、フランスにて「世阿弥生誕650年 観阿弥生誕680年記念 フェール城能公演」の舞台美術を担当。
2016年、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのフロントマンGotchの2ndアルバム『Good New Times』のアルバムアートワークを手がける。同年12月には、アメリカ・カーネギーホール主催のイベントとして初めて華道家としてパフォーマンスを行ない、自身初のニューヨークの個展《YUKI TSUJI Plants Sculpture Exhibition 多の森 - OHO no MORI 》をNeueHouseにて開催した。