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イベントレポート

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2017年3月7日(火)19:00~21:00

多湖 弘明(たご ひろあき) / 鳶職人・株式会社Office Hit 代表

知られざる鳶職人の世界
~東京スカイツリーに携わった男たちのリアル~

鳶職人は、高いところで仕事をする人?いえ、それだけではない。雨の日も雪の日も、常に現場の最前線で鉄骨を組む男たちには、私たちが想像もしえない壮大な景色が見えている。東京スカイツリーや虎ノ門ヒルズ、品川駅ビルなど誰もが知っている有名な高層建築物に数多く携わった鳶職人・多湖弘明氏が見せる世界は、まさに圧巻。今回は、上空数百メートルで撮った現場写真とともに、男たちが日々直面している過酷な現実、選ばれし者だけが味わえる喜び、熟練の職人ならではのこだわりなどを熱くお話しいただいた。また、20年以上の経験則と、建築士・施工管理技士などの国家資格取得から得た知識による現場の真理を読み解く独自のスタイルにも 注目。現役鳶職人の目線から、ニッポンの今をお届けした。

東京スカイツリー建設という未来を選択した自分

東京、大阪をはじめ全国各地に見られる高層建築。鳶職人は、東京スカイツリーに代表されるこうした高層建築の現場で働いている。今回は、その東京スカイツリーの建築に携わった現役鳶職人の多湖弘明氏がゲスト。

「鳶の仕事は人間力もあってこそはじめて超一流と呼ばれるようになります」 という多湖氏に「私生活」や「仕事」、「生き方」といったテーマにそって鳶の世界についてお話しいただいた。
1つ目のテーマは「私生活=己を知ることが世界を知る」。鳶職人歴22年。一級建築施工管理技士や二級建築士の資格を持ち、現場では親方として若い職人たちの指導にあたっている多湖氏。 綿密な計算や細心の注意が必要とされる建築の仕事だが、子供の頃の自分を振り返ると「物事をちゃんと考えるようなタイプではなかった」という。その自分が変わったのは高校卒業後、バイクの 事故で背中を骨折し、半年間の入院生活を送ったときだった。

「寝たきりでほかにやることがないから、ノートに思ったことを書きまくってみたんです」

 小さい頃に何が好きだったか、なぜそれを好きだったのか。徹底して自分を掘り返してみた。ノートを書くことは、無意識の中にあった「己」を知ることであった。 それまで適当だった自分がいったい何をしたいのか、寝たきりの生活がその答えを教えてくれた。

 その後、友人が誘ってくれた鳶職の仕事に就いた。数年が経った頃、「東京で第二の電波塔(現在の東京スカイツリー)が建つ」という話を耳にして上京。 高さ634メートル、世界一の電波塔の建設に参加するには鳶職人としてまわりから信頼される職人にならねばならない。ここで問われたのがコミュニケーション力だった。 危険をともなう高層建築の現場は怒号が飛び交う場。すれ違いからつい喧嘩腰になってしまうこともあったが、このままではいけないと自省し、それまで自分の感情を優先していた場面でも、 常に相手の側に立って考えることを覚えた。鳶という仕事を知ってもらおうとホームページを立ち上げたり、人に伝わる言葉や文章力を獲得しようとそれまで無縁だった読書を始めたのもこの頃だった。 そうしていくうちに「未来というのはつくるものではなく実は選択の連続」なのだということに気がついた。

「同じ出来事でも、どう捉えるかで結果は変わってくる。選ぶのは自分。目的があればそこへの道筋も見えてくるものなんです」

鳶として東京スカイツリーの建築に参加したい。強い目的意識は、やがて多湖氏を634メートルの高所へと運ぶことになった。

危険な現場だからこそ「安全管理」が最重要

2つ目は「仕事について」。鳶というとまず頭に思い浮かぶのはニッカポッカ姿だ。「だぼだぼしたズボン」には3つの秘密が隠されているという。ひとつは「機能性=動きやすさ」。もうひとつは「足下にあるものに対するセンサー」としての役目。そして3つ目は「風力計」。風にばたつくズボンは遠くからでも見る者に風の強さや風向きを知らせてくれる。クレーンで部材を吊るときなどは、それを見ながら向きを調節したりするという。現場での鳶の仕事は「足場の組立と解体」、「鉄骨建方」、「安全管理」の3つ。建設現場で必ず目にする足場を組むのは鳶の仕事。組んだ足場の隙間にはシートやネットを張り、万が一の落下事故に備える。高層建築の現場では、たとえボールペン1本でも落下すれば地上にいる人の体を貫通してしまうからだ。「鉄骨建方」は鳶職人の仕事でも「花形」とされる作業だ。これに携わる職人は、常に足下の不安定な高い場所で、重さ20トンもある鉄骨を組んでゆく。その一つひとつの作業の積み重ねの末に、高さ数百メートルというビルやタワーができあがる。こうした現代的な建築物も作業の多くは実は手作業だ。東京スカイツリー建設中、積もるほどの雪が降ったことがあった。現場では事故防止のために鳶職人たちが自分の手や竹箒で雪を払った。多湖氏が担当したのは風速10~20メートル、気温はマイナス10数度という634メートルの最上部だったという。

「機械がどんなに発達しても、最終的には必ず人の手が要ります。そこでいちばん大切になってくるのが、安全管理への高い意識です」

 鳶職に就いたばかりの頃は、安全に対する意識が低かった。あるとき高さ100メートルの現場で命綱である安全帯をかけずに仕事をしていたことがあった。落ちるわけがないと自信満々でいたところを、突然背後からやって来た誰かに蹴飛ばされた。宙に舞い「死ぬ」と思った瞬間、腰に強い衝撃を受けた。つけていなかったはずの安全帯が落下を食い止めていたのだ。見上げると親方が「命の恩人だぞ」と笑っていた。恐怖を知って以来、安全管理に対する意識を強く持つようになったのだ。

一人ひとりの人間力を高めることで事故は防げる

セミナーの最後は「生き方」。長いキャリアの間には、幾人もの仲間の死やケガを目にしてきた。だからこそ「生き方」を考えるようになった。大切なのは「意志や目標を持って生きる」ということ。 意志や目標を持つ生き方は、また自分の人生に責任を持つという生き方でもある。

「現場では、どれだけ設備を充実させて安全性を高めても、そこで働く人間の意識が低ければ事故が起きてしまいます」

求められるのは、目の前にあるものを自分のことと受けとめることのできる人間力だ。他人から命じられた仕事でも、これは自分の仕事だと積極的に取り組む。そうすればおのずと仕事のパフォーマンスは上がる。 鳶の仕事は、こうした自覚と気きづきを与えてくれた。

多湖氏の夢は「鳶職人という仕事が世間に認知され、自分たちや家族がその仕事に誇りを持てる。そんな世の中にしていくこと」だ。

「それを目指すことによって鳶職人、一人ひとりが人間力を高めていき、ひいては社会貢献につながればと願っています」

講師紹介

多湖 弘明(たご ひろあき)
多湖 弘明(たご ひろあき)
鳶職人・株式会社Office Hit 代表
東京スカイツリーなど数々の高層建築物に携わる。現役の鳶職人でありながら、現場写真展や著書の執筆を通じて知られざる鳶の世界を伝えている。雑誌Pen『世界に誇るべきニッポンの100人。』特集に選出される。2014年に著書『鳶 上空数百メートルを駆ける職人のひみつ』(洋泉社)を刊行。ほか、WEBサイト『鳶』をはじめとする複数のWEBサイトも運営。『鳶』http://tobisyoku.net/