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イベントレポート

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2017年3月26日(日) 13:30~15:30

前田 文男(まえだ ふみお) / 茶師・やまはち株式会社 前田幸太郎商店 専務

お茶を嗜んで~自分流の合組(ブレンド)~

「合組(ごうぐみ)」とは、お茶のブレンドのこと。コーヒーやウイスキーのブレンドがあるように、お茶もブレンドすることで、新しい味わいを生み出すことができる。この合組という言葉を初めて知ったという人も、実は多いのではないだろうか。
今回、講師としてお招きしたのは、全国茶審査技術競技大会個人戦の部優勝、史上初の最高段位十段取得、そしてNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」への出演など、数々の輝かしい経歴を持つ茶師(ちゃし)・前田文男氏。
お茶どころ静岡で開催されるお茶セミナーというだけあって、定員を上回る参加者が足を運んだ。合組についてのお話を伺いながら、生産地が異なるお茶の試飲と、前田氏実演によるブレンド茶の試飲も行なった。単一茶葉で入れたお茶とは違った奥行きのある味に、参加者の多くから「おいしい」という素直な感想が会場のいたるところから聞こえた。

不遇の5年を経て、お茶の“感じ”をつかむ

茶畑を営み、生葉から荒茶と呼ばれる段階まで仕上げる「生産農家」、荒茶を火入れ・選別し、仕上げをする「お茶問屋」、そして消費者へと販売する「小売店」と、お茶には多くの人が携わっている。この日本茶の仕事に関わる人のことを、「茶師(ちゃし)」という。前田氏は、祖父の代から続くお茶問屋に生まれ、合組を行なう茶師として、日々お茶と向き合っている。

新茶シーズンの幕開けである3月~4月半ばは、毎日毎朝3時が起床時間。農家と問屋をつなぐお茶の斡旋屋で、早朝から商戦が始まるからだ。良いお茶から早くに売れていくため、朝一番に向かわなければならない。「駆出しの頃は本当に大変だった。朝早くに起きるのがつらくて、叱られることも多かった。」と話す。早く一人前になりたくて、時間さえあれば茶箱を開けて、お茶を見て、香りをかぐ日々。とにかく、お茶と触れ合っていたという。

前田氏が、お茶の世界に入って2年目に、「全国茶審査技術競技大会」に出場。大会では、お茶の品種を当てる競技、一番茶、二番茶、三番茶といった茶期を判別する競技、茶葉から生産地を当てる競技、お茶の煎出液から産地を判別する競技といった4つの審査が行なわれる。この大会で、なんと初出場にもかかわらず全国7位に入り、六段をもらう。さらに、その翌年には準優勝し、七段に。「当時はまだ20代。自分はお茶がわかってきたと、ちょっと“いい気”になっていた。」そう振り返る。

その大会後、1,000kgの荒茶の仕入れを任せられ市場に向かったが、自分が良いと思えるお茶はたった30kgしか見つからない。そのまま帰宅すると、こっぴどく叱られたという。「お前は、お茶がわかっていない。」この言葉が、前田氏から自信を失わせた。

それからしばらく、荒茶の火入れや、棒や粉などの不要物を取り除く選別の作業に従事。2年ほどこの仕事をするうちに、“感じ”がつかめるようになる。火入れの前の段階で、「この荒茶は、いいお茶に生まれ変わりそう。」というのがわかるのだ。それは、「自転車の練習をしていて、ある時、急に乗れるようになる感覚と似ている。」という。

そんな時、「茶市場に売残りのお茶があるらしいから、いいのがないか見てこい。」と送り出される。茶市場へ行き、見て回っているうちに、遠目でも何か“感じ”が違うと思える茶葉に出会う。その茶葉を300kgほど仕入れ、火入れして仕上げると、想像どおりの良いお茶へと生まれ変わった。そして、言われる。「こういうお茶を買ってこい。」

2年前に買った30kgのお茶は、誰が見ても「良いお茶」とわかるもの。しかし、手を入れて変わる「伸びるお茶」というものがある。それは、まさにダイヤモンドの原石を見つけるようなもの。八段の段位から伸び悩んでいた「全国茶審査技術競技大会」の段位も、これを機に史上最高位の十段まで駆け上がる。

短所×短所が長所になるお茶の合組

新茶シーズンは、これまでの合組がリセットされるときでもある。毎年、同じお茶が、同じように手に入ればよいが、何らかのトラブルが発生することがほとんど。急な霜による生産量の低下、値段の高騰、東日本大震災、放射能問題、よく使用している初倉茶が不作で仕入れられなかった年もある。

毎年、新しい気持ちでお茶と対話し、配合の割合を変え、納得いくまで吟味を繰り返し、市場・消費者へ受け入れられるブレンド茶を作り、送り出していく。お茶の合組は、素人では真似できない、『匠の技』だ。

良いお茶同士を組み合わせればいいというわけではない。「チームワークが大事。」と前田氏は話す。野球チームで、全員が4番バッターでは勝てない。バランスが重要なのだ。香り、味、水色(すいしょく)、お茶には、それぞれ長所もあれば欠点もある。短所×短所が長所になることもあるのだ。

今回のセミナーでは、3種のお茶の試飲と、合組後のお茶を試飲し、飲み比べてみた。合組や、試飲用のお茶をご用意いただいている間、参加者は、茶葉に触れて香りや葉の状態を比較していく。

●本山茶(静岡県静岡市)…甘み・旨みがあり、苦味がスッと抜ける味。会場の多くの参加者が「これが一番好き」と称する、静岡市民に慣れ親しまれた味。
●土佐茶(高知県)…霧が立ち込める立地で栽培され、香り、甘み、苦味がともに強い。認知度は低いが、本山茶と同系統のお茶。
●初倉茶(静岡県島田市)…深蒸しのお茶で、香り・旨みがよく、少しとろみがあるお茶。水色が美しい。

そしていよいよ、本山茶を5割配合してベースとし、土佐茶2割、初倉茶を3割、グラム単位で慎重に計量し、合組されたお茶をいただく。

美しい水色、旨み・苦味の調和が取れ、奥行きのある味わいのブレンド。静岡市民に特に好まれる味だ。単一茶葉で入れてもシンプルでおいしいが、奥行きが足りなくなってしまう。そういった足りない部分を、ブレンドすることで補っているのだという。

次に、参加者のお一人が合組に挑戦してみる。
初倉茶を少し多めに配合したので、少しとろみがあり、鼻から抜けるような香りがよく、こくがあってなかなかおいしい。前田氏が、「今年の参考にしたいブレンド。」と評するほど、よい合組になったようだ。

優しい気持ちで安心して飲めるお茶を作り続けたい

セミナー終盤には、質問タイムが設けられた。

Q.お茶の保存法は?
A.真空パックの状態なら、冷蔵庫で1年ほど保存が可能。封を開けたら、できるだけ早く飲みきること。開封後、再保存したいなら、袋の空気をできるだけ抜いた状態で冷凍保存。冷凍した茶葉を使用する際は、霜の水分を茶葉が吸わないように必ず常温に戻してから開封すること。

Q.今日のブレンドは、「静岡茶」?
A.80%超が静岡のお茶なら「静岡茶」と称することが可能。本山茶と初倉茶が合わせて80%超なら表記可能。今回のブレンドは、厳密には80%以下になってしまうので「ブレンド茶」の表記になる。

Q.単一茶葉は、少ない?
A.市場に出回っているのは、ほとんどがブレンド茶。単一茶の方が、実は少ない。

Q.玉露のお茶が、一番いいお茶?
A.玉露は、遮光幕で茶木を覆い日光を遮る「被覆(ひふく)」をする分、手間がかかり、生産量も少なく、価格が高くなる。玉露ほどではないが、かぶせ茶も被覆を行なうため、価格が高くなる。渋みのもとであるカテキンが少なく、旨みであるテアニンが多いため、お湯をよく冷まして入れるのがよい。

Q.急須は、どういうものを使ったらいい?
A.深蒸し茶の場合は、普通の急須では目詰まりしやすいので、ステンレス網を急須の側面に帯状に張り巡らせた、帯網タイプのものがおすすめ。ステンレス網は、錆びやすく、お茶の味を損なうので、国産の2,000円程度の急須を、1年程度で交換した方がよい。また、いい急須は、蓋がきっちり本体と合わさり、蒸気が逃げないようになっているので、これも購入の参考にしてほしい。

合組は、1+1=2にならない難しい仕事。仕入れのたび、火入れのたび、ブレンドのたびに、本当にこれでいいのかと心配になるという。でも、心配になるからこそ、もっと良くしたいと探究心が芽生える。そんな気持ちを忘れず、これからも仕事をしていきたいと語る。

近年、若年層のお茶離れが深刻化している。前田氏は、「お茶の入れ方教室」で小学校を訪れたとき、子どもたちの発言に驚いたという。「家でお茶?もちろん飲むよ。お母さんが、ペットボトルから注いでくれる。冬は、寒いからペットボトルのお茶をヤカンで温めてくれる。」会場からも、驚きの声が出る。お茶どころ静岡であっても、昨今ではそういう家庭が増えてきているのかもしれない。

前田氏は、次のように締めくくった。「まったりしながら、優しくて安心して飲めるお茶を作り続けたい。そして、d-labo静岡のように素敵な空間でお茶を飲める場を増やしていきたい。街でおしゃれにお茶を飲む人を、日常的に見られるようになるのが、私の理想。」

コーヒースタンドでおしゃれにコーヒーを飲む人は、たくさんいるけれど、お茶スタンドのような場は、まだまだ少なく認知度も低い。しかし、お茶エスプレッソ、お茶ラテなど、日本茶を使った新しい楽しみ方も創造されている。家庭で日常的にお茶を飲む機会が減りつつある近年、日本茶文化が次世代へ継承されることを願いながら、新たなる発展を期待するばかりである。 文・河田 良子

講師紹介

前田 文男(まえだ ふみお)
前田 文男(まえだ ふみお)
茶師・やまはち株式会社 前田幸太郎商店 専務
1993年 全国茶審査技術競技大会 個人戦の部優勝
1997年 全国茶審査技術競技大会 史上初 最高段位十段取得
2008年 NHK「プロフェッショナル」出演など、メディアへの出演多数
2013年 アメリカンスピリットの社長と対談