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イベントレポート

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2017年4月16日(日)第1部セミナー13:30~14:30・第2部ワークショップ14:30~15:30

小沢 ユミ(おざわ ゆみ) / 刺繍工芸家

日本の伝統工芸・刺繍の世界を覗く ~くるみボタン作り~

刺繍といわれて、一般的に想像するのはフランス刺繍だ。しかし、日本には、飛鳥時代から受け継がれる伝統の技、日本刺繍というジャンルがある。針と絹糸で紡ぐ繊細な刺繍は、絹独特の光沢が美しく、仕上がった作品は、繊細できらびやかな雰囲気を持つ。
今回は、刺繍工芸家として活動する小沢ユミ氏をお招きし、意匠を凝らした日本刺繍の歴史を紐解くセミナーと、絹布や絹糸、および日本刺繍用の針を使って体験するワークショップを行なった。「鳥の刺繍が好き。」と話す小沢氏は、春らしい鶯色の着物に、ご自身が繍(ぬ)いを加えた、ふくら雀の帯を合わせた装いで、会場の雰囲気を、和の世界へと誘(いざな)ってくれた。
また、当日会場では、『江戸刺繍 小沢ユミ 鳥の刺繍展』を開催。『ふじのくに芸術祭2016 芸術祭賞』を受賞した着物と帯の展示を中心に、折々に刺してきた小鳥をモチーフとした作品を披露。小沢氏の美しい江戸刺繍の世界を、堪能することができた。

飛鳥時代からの技日本刺繍。その歴史を知る

女子美術短期大学刺繍専攻科で日本刺繍を修得した小沢氏は、江戸手描友禅職人との結婚を機に、伊豆へと移り住む。現在は、呉服の刺繍を主軸に、静岡県東部で江戸刺繍教室と染色教室を主宰。日本古来の伝統工芸の魅力を広めている。

刺繍には、フランス刺繍をはじめ、インド刺繍・英国刺繍・ハンガリー刺繍や、中国の蘇州刺繍・汕頭刺繍があり、その国ならではの色使い・技法をもとに、民族衣装などに施されている。日本刺繍は、絹地に、絹糸や金・銀糸を使用し、釜糸(=釜の中の蚕の繭から繰り取ったままの糸)を縒(よ)りながら、伝統的な図柄と、数百種類の繍法(しゅうほう)で縫っていく。
日本刺繍には、江戸刺繍・京繍・加賀繍があり、生産地によって呼び名が変わる。京繍・加賀繍・は、伝統工芸品となっている。江戸刺繍は、江戸(東京都)で生産されるもので、産地それぞれで異なった風合いがあるのだという。
「私は、江戸の地で日本刺繍を修得したので、修善寺に移り住んだ今も、江戸刺繍を名乗らせていただいています。」

刺繍は、インドから中国を経て、仏教とともに、その製作方法が伝来したと言われている。中宮寺(奈良県)が所蔵する国宝『天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)』は、飛鳥時代に製作された、貴重な刺繍作品だ。当時の刺繍は、仏画を表現する繍仏(しゅうぶつ)が中心だった。
平安時代に入ると、遣唐使の廃止に伴い、国風文化が発展する。日本独自の感性が色濃くなり、刺繍は、束帯(そくたい)や十二単など、公家の衣装の装飾として用いられるようになった。『紫式部日記』や『栄花物語』には、刺繍がおしゃれの手段であったとの記述が残っており、祝儀の折には、男性の平緒(ひらお)に、唐鳥・唐花・千鳥・梅・雉・鶴・松などの繍いを施していた。
「この時代には、バラの花をモチーフにした刺繍があったんですよ。」西洋のイメージが強いバラだが、日本にも原種バラが自生し、『万葉集』にも登場するなど、意外にも、その歴史は古い。

武士が表舞台に台頭した鎌倉時代には、衣服への飾り以外に、繍仏や、経文・曼荼羅図(まんだらず)の刺繍が、再び盛んに製作されるようになった。
小袖が衣服の中心となった桃山時代以降、色や形を思いのままにデザインできる刺繍は、有効的な装飾手段として発展する。江戸時代には、数々の名品刺繍が生まれ、当時の技巧的な刺繍を用いた掛袱紗(かけふくさ)は、重要文化財として興福院(奈良県)に残されている。
セミナーでは、現存する数々の名品刺繍を、スライドで紹介。金糸を用いた牡丹の花は、写実的かつ立体的で、今見ても、斬新で大胆なデザイン。うっとりとする美しさだ。

そして、時代は幕末から明治へ。幕藩体制の崩壊は、刺繍の世界にも大きな影響を及ぼす。開国を迫られた日本は、近代化を進めるため、外貨獲得の手段として、工芸品を輸出。着物を中心に発展してきた刺繍は、観賞用の美術品としての作品に変化していく。刺繍の施された壁掛けや衝立などの室内装飾品が製作されはじめたのも、この頃だ。日本の高度で繊細な技術は、欧米人を驚かせた。海外の美術館や博物館を訪れると、当時の技巧の限りを尽くした日本の工芸品に出会うことがある。海外で日本の文化を見るのも、おもしろいものだ。

こうして刺繍の歴史を紐解いていくと、政治体制の変化が大きく影響しているのがわかる。記録が残る限りでも、聖徳太子が生きた飛鳥時代から始まり、現代へと受け継がれているのだ。

現代的なモチーフを江戸刺繍で表現

次に、刺繍工芸家としての小沢氏の活動をご紹介いただいた。
日本刺繍は、手描き友禅の帯や、色留袖・黒留袖、祝い着などに用いることで、立体感が生まれ、華やかさが増す。小沢氏のもとには、コーディネーターと呼ばれる人から、刺繍の依頼があるのだという。
「みかんの花を大胆な感じで刺繍してください。春から初夏にかけての帯にしたい。ほかにアイデアがあったらよろしく。都忘れ(=ミヤコワスレ。キク科の春の花)もいいかと思う。朝顔も。ご検討ください。」というような、ざっくりとした依頼が、FAXやメールで届くそう。それを元に図案を起こし、細かな内容を詰めていく。そして、作品へと仕上げていくのだ。

亀甲模様を描いたときは、分度器を使って正三角形を描き、緻密に糸を刺した、という小沢氏。生き物をモチーフにするときは、足や目をグロテスクに思えるほど写実的に描くと、リアリティが出る。鳥の羽や葉っぱのように、グラデーションを入れたいときは、釜糸に色を混ぜ、混色させながら針を進めていくそうだ。

「宇宙をテーマにお願いします。」と、惑星の写真がたくさん送られてきたことも。
「亡くなったワンちゃんの刺繍作品を求められたときは、この子はうちの子じゃない、と何度も駄目出しをされました。ストラディバリウスのヴァイオリンを刺繍して欲しいと言われ、ヴァイオリンの曲線の出し方、色合いの作り方に、禿げそうになるほど頭を悩ませたこともあります。」
帯への刺繍の依頼でも、着物とのコーディネートを考え、色やデザインを考え、依頼主の納得がいくまでやりとりを重ねていく。夏用の着物なら、隙間を空けて風通しをよくするなど、着た時のことまでイメージする。
「相手が望む以上の仕事をしたい。そう思って、30年以上この仕事をしてきました。」
着物以外にも、羽子板、袱紗、草履の鼻緒など、さまざまな仕事があるそうだ。

江戸刺繍を体験し、伝統の技に触れる

前半のセミナーを終えた後、10名限定のワークショップが行なわれた。地染め・型染めが施された紬(絹)の布に、絹の釜糸で繡いを加える江戸刺繍を体験した。フランス刺繍は、左手に布を張った丸枠を持ち、右手で刺していくが、日本刺繍は、机に固定した角枠(セミナーでは準備の関係から丸枠を使用)に、両手を使って刺していく。糸を縒ることから始めるので、フランス刺繍の経験者からも、戸惑う声が聞かれた。

【くるみボタンの作り方】
1. 枠の中心に布を置き、縦と横にしっかり引いて、枠に布をピンと張る。クランプという道具を使って、枠を机に固定する。
2. 色とりどりの釜糸から、好きな色を選び、クランプにかける。左手を下にし、右手を下から上へ擦り上げることで、2本を縒り合わせ、1本の縒り糸にする。
3. 針に糸を通し、糸端に結び玉を作る。
4. 図案の丸を平繡(ひらぬい)する。(=輪郭線の端から端まで、隙間なく平行に糸を渡して面を埋める基本技法。)中央から繡い始めると、形がきれいに仕上がる。繡い終わりは、模様の中で2度、小さな点の返し繡いをし、根元で切る。玉止めは、しなくてもよい。
5. 枠から布を外し、くるみボタンの金具にネル生地を貼り、仕立てる。
6. ピンバッジ、もしくはマグネットをつけて完成。

刺繍を施すのは、丸の中の小さな範囲なので、簡単に仕上がると思いきや、縒り糸は細く、面にするのがなかなか難しい。「裏から刺した針が、思いどおりの場所から出てこない。縫い面が丸にならない。」と、日本刺繍の難しさを改めて実感する。初心者には、丸は難しく、楕円やひし形になってしまうことが多いそうだ。

最後に、小沢氏の夢を語っていただいた。
「私は、日本刺繍を通じて、国際交流ができたらと思っています。独学で、日常会話程度の英語を修得したので、海外の刺繍作品を観に行きたい。そして、日本刺繍の魅力を広げていきたいと思っています。」
いつの日にか、小沢氏の日本刺繍が、海外へと広がり、そこからまた新しい刺繍文化が生まれるかもしれない。海外のファッションに日本刺繍が採り入れられ、新しいデザインが創造されるかもしれない。時代の移り変わりとともに育まれてきた刺繍が、未来に向けて、今後どのような発展を遂げていくのか。とても楽しみだ。 文・河田 良子

講師紹介

小沢 ユミ(おざわ ゆみ)
小沢 ユミ(おざわ ゆみ)
刺繍工芸家
1964年、山梨県生まれ。女子美術短期大学刺繍専攻科で、日本刺繍の基礎やデザイン、染色などを学ぶ。江戸刺繍伝統工芸士野沢清氏に師事。独立後、呉服の仕事と創作活動を続け、2005年の初作品展をきっかけに刺繍教室を開始。毎年、自身と生徒の作品展を開催。呉服の刺繍を主軸にしながら、自宅・沼津・三島・伊豆高原で、江戸刺繍教室、および染色教室を主宰。
2014年、着物親善大使として、台湾へ訪問。日本刺繍をあしらった着物と帯のコーディネートは、雑誌にも紹介された。地元の保育園、および小学校の家庭教育学級で、染物の講師や、着物のリフォームのアドバイスも行なっている。