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イベントレポート

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2017年5月14日(日)13:30~15:30

橋本 謹嗣(はしもと のりつぐ) / 初亀醸造株式会社代表取締役社長

進化し続ける酒造り ~麹にいのちを吹き込んで~

米、米麹(こめこうじ)、水を主原料にして作られる日本酒。国名を冠するこの酒は、日本の伝統を継承するツールにもなっている。今回は、静岡県の酒蔵「初亀醸造」の代表取締役社長・橋本謹嗣氏をお招きし、酒造りについてのお話をうかがった。「初亀醸造」は、「酒は造るものではなく、生まれるまで育てるもの」という強い信念のもと、技術力の向上と日本酒の本質を追い求め、現在も進化し続ける造り酒屋。おいしさと品質のよさを、飲み手に明白に伝わる酒を生み出すには、チームワークが必要不可欠。
セミナー後半では、利き酒を楽しみながら、質問時間が設けられた。芳醇な香りが充満する会場で、ほろ酔い気分も加わり、参加者からは多くの質問が寄せられた。

酒造りには、日本酒用に品種改良された酒米を使って仕込む

ときは1636年。「初亀醸造」は、徳川家光の治世に現在の静岡市葵区中町で創業した。当時、中町には、何十軒も造り酒屋が軒を連ねていたが、地価の上昇・米の価値低下とともに、次第に数を減らしていく。「初亀醸造」も1876年(明治9年)に現在の藤枝市岡部町へと移っている。
「日本酒は、麹室(こうじむろ)、酒母室、仕込んだタンク、貯蔵用タンクを置く部屋など、ともかく場所が必要。地価が高い場所では、採算が合わなくなってしまうのです。」

日本酒の主な原料に“米”がある。この米は、普段、私たちが食べているコシヒカリ、ササニシキといった飯米とは異なった、酒造り用の“酒米”を使う。
「酒米は、契約栽培になります。酒造り用に品種改良されたもので、食べてもおいしくない。米が農家のもとに残っても、流通させにくいので、契約した分量のみ栽培するという形式になっているのです。」

毎年10月中旬に始まり、4月末までかかる酒造り。酒米は、仕込みの1年前にオーダーし、お米を生産してもらわなければならない。米価は、固定ではないうえ、嗜好品である日本酒の売れ行きは景気に大きく影響を受ける。注文量の見極めは、なかなかに難しい。

米は手に入ったら、まずは精米。米の磨き度合いで、日本酒としての分類が変わる。次に、洗米(せんまい)。ただ洗うだけではなく、正確に時間を計測しながら浸漬時間を調節する、「限定吸水」と呼ばれる吸水方法で洗米していく。「酒造りは、洗米に始まり、洗米に終わる」と言われるほど重要な工程だ。

次は、蒸米(むしまい)。「三段こしき」と呼ばれる、三段に分かれた大きな蒸し器で、一回あたり最大800kgのお米を蒸していく。三段に分けることで、下にあるお米がつぶれず、均等に蒸すことができる。
いちばん良い状態で蒸される最上段の蒸米を米麹に使用する。35℃程度の室温の麹室へ移し、蒸米に種麹をふりかけ、混ぜる。これが、「床(とこ)もみ」と呼ばれる工程だ。48~50時間ほどかけ、黄麹菌を培養し米麹を造っていく。よい麹を育てるのが、酒造りの基本ともいえる。

麹、蒸米、仕込み水、および酵母を混ぜ、酛室(もとむろ)で酒母(しゅぼ)を造る。温度管理を続けること約2週間で、酒母が完成だ。次に貯蔵タンクへ、酒母・蒸米・麹および仕込み水を入れ、仕込んでいく。これを「初添え(はつぞえ)」という。「初添え」のあと、「踊り」と呼ばれる休みを入れ、「中添え(なかぞえ)」、「留(ど)め」の各段階で蒸米や、麹、および仕込み水を追加していく。初添えから2倍、3倍と増やすイメージだそうだ。仕込みが終わると、20~25日間発酵させ、「搾り」の工程へ。これで原酒が完成する。いずれの造り酒屋でも、ベースとなる工程は同じだという。

酒米を知り、土地を知り、育てながら酒を造る

「初亀醸造」では、「東条産山田錦」や、「雄山錦」、地元・静岡県岡部町産の「誉富士」などのこだわりの酒米に、「静岡酵母」と、地下50メートルから汲み上げる南アルプスの伏流水を仕込み水に使用し、酒造りを行なっている。

「山田錦」は、酒造好適米として評価が高く、その多くが兵庫県で生産されている。安定して酒造りができて扱いやすいところが優秀米と呼ばれるゆえんだ。
そんな「山田錦」の中でも、兵庫県加東市東条で作られる「東条産山田錦」は、六甲山の北側で特A地域に認定されている地域で栽培された山田錦を指す。いずれは、「魚沼産コシヒカリ」のように、酒米の中で一線を画したブランド米の生産を目指しているそうだ。
また、富山生まれの酒米「雄山錦」は、20数年前から、集落全体で協力しながら農業を営む「集落営農」を行なっている地域のものを使用。雑草を生やさないために水田の周りに芝を植えた美しい水田で、湧水を使用して育てている。

このように、厳選された原料で造る「初亀醸造」の酒だが、それだけで名酒ができあがるわけではないのだという。
「よい米、よい酵母、よい水があれば、よいお酒ができるというわけではありません。酒を育てる杜氏や、杜氏のもとで働く職人である蔵人(くらびと)の熱意がなければ、よいお酒は生まれません。今、海外でも日本酒が好まれるようになってきましたが、私は、まず日本人に親しんでもらえるような日本酒を造りたいと思っています。今の日本酒は、作り方が改良され、以前に比べて格段に味がおいしくなっているのです。」
酒造りに木の桶を使用し、職人である「杜氏(とうじ)」の腕だけが頼りだった時代は、“酒”にすることができれば“名杜氏”と言われたほど、造るのが難しかった。今は、空調設備が整い、きちんと温度管理された部屋や、ホーローやステンレスのタンクを使うので、酒になるのは当たり前。いかにおいしい酒を作れるかが重要だ。

「酒は、造るものではなく、育てるもの。」
「初亀醸造」では、農家から杜氏、蔵人まで、全員で喜びを共有し、人も酒も育てながら造っているのだ。

ちなみに、静岡の酒は、効率が悪い酒なのだそうだ。通常25日程度で済む発酵期間が、30日以上もかかり、酒粕(さけかす)が大量に出る。しかし、その分、旨味成分を多く含むようになる。
「静岡は、流通が良く、ディスカウントが多く、競争が激しい。同じ値段だったら、目をつぶっておいしいと言われるお酒を造らないと生き残れない。」
静岡というと、おいしい地酒が多い印象があるが、なるほど、こういうわけだったようだ。

場の雰囲気に合わせ、気に入りの日本酒を見つけよう

15分の休憩を挟み、利き酒と質問時間が設けられた。
会場内は、芳しい香りに満ち溢れ、お酒好きにはたまらない、なんとも嬉しい空間へと変わる。普段、日本酒を口にしなくても、思わず味見したくなる芳醇な香りだ。香りが味を創造させ、興味を掻き立てる。

用意されたのは、次の日本酒。

●縁(えん)プレミアム Pure…兵庫県産「山田錦」使用。普通酒
●粋囲(いきがこい)…静岡県産「誉富士」使用。特別純米酒

「どちらがおいしいお酒と感じるかは、好き嫌いの問題。」と橋本氏は話す。
使用している酒米も異なれば、酵母も違い、色も違う。人によって、同じお酒でも「甘口のお酒」「辛口のお酒」と評価が異なるという。「お店で飲む、自宅で飲むかによっても異なりますし、器や、合わせる料理との組み合わせでも味わいは変わる。その“場”にあった、おいしいお酒をぜひ探してみてください。リーズナブルでも調和するお酒があるはずですから。」
「縁」は、すっきりとしフルーティーで、きりっとした味わい。「粋囲」は、まろやかで甘く優美な味わい。女性に特に好まれそうな印象だった。会場内ではプラスチックカップを用いて試飲してみたが、お気に入りの器でいただいたら、もっとおいしく感じるかもしれない。

会場から、次のような質問がでた。

Q.大吟醸、吟醸などの種類があるようだが、その違いは?
A.酒には、米と、米麹だけで造る「純米酒」、それに10%以内の醸造アルコールを添加した「本醸造」、それ以上の醸造アルコールを添加したお酒に分類される。醸造アルコールを添加することで、すっきりとした飲みやすいお酒になるため、必ずしも醸造アルコールを添加した酒が悪いというわけではない。
そして、「純米酒」「本醸造」それぞれに、精米度合いによって、「大吟醸」「吟醸」および「普通酒」に分かれる。精白歩合50%以下が「大吟醸」、60%以下が「吟醸」、それ以上が「普通酒」になる。この組み合わせで、「純米大吟醸」「本醸吟醸」などといった呼び名がつく。

Q.杜氏は、社員ではないの?
A.杜氏は、杜氏組合というところに所属しており、杜氏組合と各蔵が契約を結ぶ。ヘッドハンティングというのはできない。「初亀醸造」では、岩手や、青森、および神奈川から来ている蔵人と、社員、合わせて7人で酒造りを行なっている。毎朝5時半起床で、昼夜とおしての作業になるので、合宿生活になる。蔵によっては、通い、土日休みとしているところも。

橋本氏の夢は、「自動車レース“F1”のように、日本酒で競い合う場をつくりあげること。」だそうだ。
酒造りは「チーム初亀」というチームで行なっており、人である。人が同じ方向へ向かって皆さんに喜んでもらえるものを造ろうとするチームの成長が初亀の成長に繋がっている。 F1好きの橋本氏は、日本酒で F1をつくりたいという夢だけでなく、このように語った。
「たとえば、昔の F1のレースは1つでも他より突出した良いところがあればレースに勝てたが、今はエンジンの性能やドライバーの運転技術だけでなく、チームワークで勝利につながる。
チーム初亀も同様に酒造りに携わる者だけでなく、事務員など初亀を支えている者全員が酒造りのチーム一員となることで、こだわりの酒が生まれるのである。」

日本酒は、手間がかかるが、その分おもしろくもある。よりレベルをあげ、周囲と切磋琢磨し、喜んでもらえるものを作りたいと締めくくった。
日本酒は、和食にも洋食にも合わせやすい。冷酒で、常温で、熱燗でと、飲み方によっても味が変化する。日本酒好きの方はもちろん、若い時に日本酒をおいしいと思えなかったという人こそ、「初亀醸造」のお酒をぜひ口にしてみてほしい。今まで抱いていた日本酒の概念を、覆してくれる存在になるかもしれない。 文・河田 良子

講師紹介

橋本 謹嗣(はしもと のりつぐ)
橋本 謹嗣(はしもと のりつぐ)
初亀醸造株式会社代表取締役社長
1636年創業の「初亀醸造株式会社」の16代目蔵元。約2年間流通を経験したのち、蔵へ戻り、主に営業を担当する。1998年より現職。幼い頃からモータースポーツに憧れ、学生時代は車を購入するためアルバイトに熱中。現在はレーサーとしてサーキットで真っ赤なフォーミュラカーを駆るのが楽しみな車好き。