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2017年5月23日(火)19:00~20:30

永井 正勝(ながい まさかつ) / 東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)特任研究員

世界の文字の二大源流を探る
―古代エジプトの聖刻文字と中国の漢字を巡る文字論の世界―

世界で使用されている文字の多くは、古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)もしくは中国の漢字のどちらかに起源を持っている。そして、聖刻文字と漢字は時代と地域を超えて普及した人類の遺産であり、多くの共通点がある。両者とも象形という原理により文字が作られており、また複数の書体を用途に応じて使い分けていた。さらに、文字を生み出したエジプトと中国はそれぞれ柔らかい書字材料(パピルスと紙)を発明し、それを専売特許としたという点でも文化が共通している。本セミナーは世界の文字体系について俯瞰したのち、聖刻文字と漢字のあり方について考える機会となった。

漢字も聖刻文字も元々は象形文字だった

この日の講師は言語学、文字論を専門とする永井正勝氏。アルファベットのもととなった古代エジプトの聖刻文字と我々日本人も日常使っている中国の漢字、歴史的に見て世界の文字の二大源流と言えるこの2つの文字の特徴や変遷などについて解説していただいた。

ヒエログリフと呼ばれる聖刻文字と漢字、その共通点はどちらも元は象形文字であったということ。たとえば、水ならば川を表わす三本線、山なら平坦な底辺の上に凹凸をつけ、日=太陽であれば点や円を二重にする。古代の人々はそういった絵文字からスタートして現在へと至る文字をつくりあげていった。中国ではこうした象形文字は、亀の甲などに書いて占いに使ったため甲骨(こうこつ)文字と呼ばれ、それが最古の漢字とされている。

「ここで知っておきたいことは、漢字は意味だけではなく音を表わす表語文字であるという点。漢字が持つ豊富な世界は、音を表わすことで広がっていきました」

言葉には同じ発音で別の意味を示すものがある。中国なら「こう」という音には「作る」、「赤」、「川」という意味がある。そこで人々はもともとあった「工(作る)」という文字の左側に別の偏をつけることで「紅(赤)」や「江(川)」という文字を創り出した。こうした「左側に意味を持ち、右側に音を持つ」文字を「形声文字」と呼ぶ。そして実に漢字の7割はこの形声文字だという。 音を持ち意味もある漢字。日本人が本来中国語を表記するためにある漢字を使うことができるのは、実はここに理由がある。

「山と書けば日本語では『やま』。漢字はこういう意味を表わすものとしてだけでなく、最初に日本に入ってきたときは音を表わす当て字=仮借としても使われていました」

 永井氏が一例として挙げたのは『万葉集』にある大伴家持の

「宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比<登>里志於母倍 婆(うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思えば)」

という歌。この歌は「照」と「春日」と「情悲」の3つを除けばすべて仮借(万葉仮名)で詠まれている。実はこうした仮借は現代でも使われている。

「例えば壁のいたずら書きなどに見られる『夜露死苦(=よろしく)』の四文字。これなどは現代版の万葉仮名ですね」

インドへ、ギリシャへ、世界に広がった聖刻文字

漢字が渡来すると、日本人はその意味に合わせて自分たちの言葉をその漢字に当てはめた。「山」は中国語では「さん」だが、日本語では「やま」。ここから生まれたのが音読みと訓読みだ。「富士山に登山しよう」という一言だけでも、「山」と「登山」は中国語発祥の音読み、残りの「富士」「に」「しよう」が日本語で構成されている。

「これは書家である京都精華大学の石川九楊先生がおっしゃっていたことですが、こうやって見ると日本語は二重言語だといえます」

 日本人にとってはあまりに当たり前で違和感のない日本語の二重言語的性格。だが、これがもし英語であればどうなっていただろう。

「〈富士山に登山しよう〉は〈マウント富士にクライムしよう〉。隣がアメリカだったら今頃日本人はみんなルー大柴さんみたいな言葉遣いになっていたでしょうね」

では、一方のエジプトでは文字はどのようにして生まれていったか。「実はまったく同じことをしていた」という。意味を表わすことを目的として発明されたエジプト語の聖刻文字は、やはり形声の原理で単語を表記していった。その割合は漢字とほぼ同じ7割程度だという。

「もっとも、同じところばかりかというとそうでもなくて、漢字とエジプト語では大きな違いがあります」

 漢字は「一単語を一文字で表わす」。それに対し聖刻文字は「ひとつの子音に一文字を当てる」。その特徴は母音を示す文字がないことだ。「サン」と読むにはローマ字のアルファベットなら「SAN」と「A」を真ん中に置くが、エジプトではこれを「SN」と書いて「サン」と読ませる。ピラミッドを表わす「メル」は「MR」。外国の人間にはこれだけでは音の全貌が見えづらくトリッキーに感じてしまう。それでも古代の人々はこのエジプトの聖刻文字を日本人が漢字を訓読みしたように自分たちの言語で読んで自国の文字としていった。やがてこれがフェニキア文字となり、インドやギリシャに伝わった。インドでは母音符号をつけることで子音文字の骨格を守りつづけ、一方のギリシャは母音文字を作ってアルファベットを生み出した。外国の文字というと日本人が思い浮かべるのはアルファベットだが、世界的にはむしろ逆。実は世界の国々で使用されている文字は、子音と母音符号からなる前者のタイプが多く存在するという。

現代の日本に残る漢の時代の印篆、隷書

形声という原理によって厚みを増した漢字と聖刻文字。もうひとつ共通しているのはどちらもほどなくしてダイグラフィア社会(同じ言葉に対し2つ以上の文字を持つこと)となったところだ。エジプトでは王家や宗教界は石材や木など硬質の材料に聖刻文字を刻み、役人たちはパピルス(紙)にインクで筆記体である神官文字(ヒエラティック)を書いた。中国の秦の時代に、皇帝は甲骨文字の名残りを残す篆書(てんしょ)で文書を発布し、役人たちは現代の文字に近い形の隷書(れいしょ)で文書を書いたという。

こうして象形文字から始まった文字は現代の文字へと変化していったわけだが、けっしてそれは「一直線」ではなかった。

「中国では隷書のあとにそれを大きく崩した草書ができました。だけどちょっと崩し過ぎたということでできたのが行書や楷書(かいしょ)。こうしたことを何千年もかけて繰り返してきた。そこには無数の試行錯誤があったと思われます」

こうした漢字のダイグラフィアは、当然ながら日本にも伝播した。一万円札一枚を見ても、そこには本家の中国ではとうの昔に捨て去られた漢の時代の印篆や隷書が使われている。パスポートにしても然りだ。

「ダイグラフィア社会では、書体に社会的役割が与えられることがあります。権威のあるものにはフォーマルな書体を、一般的なものにはカジュアルな書体を使う。企業などもそれを意識して自社のロゴにさまざまな書体を用いています」

永井氏の「夢」は「見えているものの背後にある見えないものを探して解明し、それを伝えていくこと」。

「考えてみると、私のやっている研究そのものがそうなんですね」

講師紹介

永井 正勝(ながい まさかつ)
永井 正勝(ながい まさかつ)
東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)特任研究員
1970年生まれ。専門は言語学、文字論、デジタル・ヒューマニティーズ。言語学博士。日本オリエント学会奨励賞、情報処理学会山下記念研究賞を受賞。著書に『必携入門ヒエログリフ』(アケト)、『描こう世界の古代文字』(マール社)[共著]、『西アジア文明学への招待』(悠書館)[共著]などがある。