特集
2013 Nov.19
お気に入りの1冊 —My Favorite Book— Vol.6
「本屋として学ばなければならない精神」を伝えてくれた1冊
『ブックストア ニューヨークで最も愛された書店』リン・ティルマン著
読書は人生の糧であり、本はときに「夢」へと進む自分を導いてくれる「師」となってくれます。本シリーズは各方面で活躍されているみなさんにそうした自分にとって唯一無二の本、「お気に入りの1冊」をご紹介いただくコーナーです。第6回目は、「そこでつくってそこで売る」を理念に出版社と書店が一体化した会社「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」(以下、SPBS)を経営されている福井盛太さんをゲストにお招きし、「書店経営者の視点から選んだ『お気に入りの1冊』」をご紹介いたします。「書店のロマン」を追求する福井さんがチョイスした本とは?実際の店づくりなどの話も交えつつお話しいただきました。
- 語り手
- 福井 盛太(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS,LLC 代表兼CEO)
- 聞き手
- 鈴木 大介(スルガ銀行d-laboスタッフ)

書店経営者にとっての「名著」とは

鈴木福井さんは月にどのくらい本を読むのですか。
福井10冊程度ですね。プレジデント社で編集者をしていた頃に比べれば減りましたけどね。
鈴木それでも一般の人に比べれば多いですね。その中で今日はどういった本を?
福井読む本の傾向というのはそのときどきで変わったりするんですが、今日は書店経営者という視点で選ばせていただきました。『ブックストア ニューヨークで最も愛された書店』と『シェイクスピア・アンド・カンパ二イ書店』、それに『火山のふもと』で。どれも書店の経営者として何かしら感じたり、影響を受けたりした本です。とくに最初に挙げた『ブックストア』は書店を経営している人にとっては名著じゃないかと思います。
鈴木ノンフィクションのようですね。
福井1997年までニューヨークにあった「ブックスアンドカンパニー」という書店のオーナーや店員、そこに集った作家たちのインタビュー内容をもとにした1冊です。この店のオーナーのジャネット・ワトソンという女性には「書店というのは作家と読者をつなげる場だ」という思想があって、作家を呼んではリーディング(朗読会)を開いていたんです。おかげで作家たちにも読者にも愛される名物書店になるわけですが、経営がどんぶり勘定で20年で閉店に追いこまれる。参考になると同時に反面教師にもなる本です。
鈴木書店経営者が身につまされるようなことが書いてあるんですね。
福井読んでいると、自分たちと似ているところだらけでいちいち心に刺さるんです。開店にあたっての資金調達やスタッフとの人間関係など、固有名詞を置き換えればこれってうちの店だよな、というくらいに。オーナーのジャネットは作家への感謝の気持ちから毎晩自宅でパーティーを開く。僕たちにはそんなお金はないけれど、本屋の何たるか、本屋であることの精神を教えてもらった気がします。最後は家主であるホイットニー美術館と対立し、店をたたむことになるんです。
<『ブックストア ニューヨークで最も愛された書店』より抜粋>
信じられないほどすばらしい瞬間が訪れた。二○年の間、私たちはウディ・アレンに本を売ってきたが、彼とは一度も個人的なやりとりや会話をしたことがなかった。ところが閉店を発表した後、ウディ・アレンが店にやってきてこう言った。「この店のためになにか僕らができることはあるかい?店の閉店はこの地域にとって大きな損失だよ」。私は唖然として、そして心から感動した。実際、彼は私たちを救おうとしてくれた。たくさんの、たくさんの人々が、本当に優しかった。

SPBSは僕がいなくても続くようにしたい

鈴木福井さんは2002年から2003年にかけてニューヨークに滞在していましたね。そして2007年に「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下SPBS)」をオープン。この本はいつ頃読まれたのですか。
福井確か帰国してちょっと経った頃ですね。まだそのときは自分で書店をやろうとは思っていなかったんです。ただ、こんな書店があったらいいなという話は飲み屋などでよくしていました。
イメージしていたのは「ブックスアンドカンパニー」だけではなく、ジャック・ケルアックの『路上』を出したサンフランシスコの「シティライツ」とか。書店であると同時に本を編集し、出版もしているところ。「シェイクスピア・アンド・カンパ二ー書店」もジェイムス・ジョイスの『ユリシーズ』を出版した世界的に有名な書店ですね。
先ほど紹介したこの本は店のオーナーのシルヴィア・ビーチという女性が綴った1冊です。書店経営者としてというよりは編集者として書いたような本で、パリにあった店に出入りしていた作家たちとのエピソードが主に綴られています。フランス文学が好きな人などにはたまらない1冊じゃないでしょうか。この店もSPBS開業のヒントになった店です。
「シェイクスピア・アンド・カンパ二ー書店」のように、昔は書店が本の版元であることは珍しくも何ともありませんでした。たとえば、町の一書店が村上春樹さんの本を出すなんてことも、あり得たと思うのです。ただしそういう店は、単に本を販売する書店以上に経営に対してしっかりした考えを持たないと事業として継続できないでしょう。事実、シェイクスピア書店もブックスアンドカンパニー同様、オーナーは魅力的でしたが一代で終わっています。SPBSは僕がいなくても続くようにしたいですね。だから本のセレクトやフェアなどは自分のカラーを極力出さずに社員の自主性に任せています。
たとえば、僕はスポーツが好きだけど、そういった本はあえて置かないようにしている。いまのSPBSのお客さんの好みにはあわないし、僕の色が出すぎると福井商店になってしまって一代で終わる可能性があるから。
鈴木SPBSのある神山町は渋谷の中心部ほど混雑していなくて、全体にいい雰囲気の街ですね。どんなお客さまが多いのでしょう。
福井ライフスタイル系の本を好まれる方が多いですね。それに合わせて僕たちも「本のある生活」を提案した店づくりをしています。
鈴木ところで、最後の1冊であるこの「火山のふもとで」という本は?小説ですね。
福井新潮社で編集者をしていた松家仁之さんという方のデビュー作です。建築家の先生とそのスタッフたちが毎年夏になると浅間山の麓にある山荘で過ごす様子が淡々と描かれている小説です。文章は精緻で、物語がしっかりしている。一気に読んでしまいました。実はこの建築事務所の会社のサイズというのが、ちょうどSPBSと同じくらいで、社員が10人いるかいないかといった規模なんです。読んでいると、自分たちの店を想起させることが書いてある。先生の日常など、同じような立場になってみるとよくわかる。建築をベースにした小説なので、物づくりをされている方にはすごく刺さる作品だと思います。
鈴木本日はすばらしい本を3冊も紹介してくださり、本当にありがとうございました。

<今回紹介した本>
『ブックストア ニューヨークで最も愛された書店』(リン・ティルマン著/晶文社)
『シェイクスピア・アンド・カンパ二イ書店』(シルヴィア・ビーチ著/河出書房新社)
『火山のふもとで』(松家仁之著/新潮社)
Information 1
福井 盛太(ふくい せいた) 氏
SPBS FOUNDER・CEO・編集責任者
1967年愛知県生まれ。1991年早稲田大学社会科学部を卒業し、プレジデント社入社。その後『プレジデント』の編集などを経て、2002年フリーランスの編集者に。2007年、「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」を設立、CEOに就任。現在は渋谷ヒカリエ1Fの雑貨店「SPBS annex」の経営やコカ・コーラ社コーポレイトサイト「Coca-Cola Journey」の編集などにも関わる。
ブログ
http://www.shibuyabooks.net/blogs/seita/
twitter
https://twitter.com/seita_spbs
Information 2
SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS
渋谷・神山町に2007年に「出版する書店」としてオープン。「本のあるライフスタイル」を提案し、書籍、雑誌の他、雑貨を販売。地域の顧客のニーズに合わせたフェアなども開催している。2012年、渋谷ヒカリエに2号店「SPBS annex」を出店。本を中心とした文化の発信源として注目を集めている。
公式サイト
http://www.shibuyabooks.net/
Information 3
d-laboコミュニケーションスペース
インタビューで福井さんをお招きしたのはd-laboコミュニケーションスペース。平日、土日を問わずどなたでもご利用いただけるフリースペースです。「夢・お金・環境」をテーマにしたLIBRARYの蔵書は1,500冊。GALLERYには書評サイト「HONZ」で紹介されたおすすめ本約700冊を所蔵。本好きにはたまらない空間です。文化、芸術、スポーツ、最新トレンド等のセミナーやイベントも頻繁に開催。場所は東京ミッドタウン/ミッドタウンタワー7F。
