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2015 May.19
対詩ライブ@d-laboミッドタウン Vol.1

対詩ライブ@d-laboミッドタウン

今回の舞台となるd-laboコミュニケーションスペース

「詩を本の外にひらくデザインレーべル」として2010年から活動をつづけている同人グループ「オブラート」。今回はd-laboコミュニケーションスペースを舞台に「対詩ライブ」を開催。日本を代表する詩人である谷川 俊太郎氏と覚 和歌子氏をお招きし、「即興のかけあい」で対詩を創っていただきました。詩人がいかにして詩を創作するのか。そもそも詩人とはどんな人たちなのか。詩と詩人を身近に感じられるイべントの模様をお伝えいたします!

出演:谷川 俊太郎、覚 和歌子
主催:オブラート

「準備なし」でライブはスタート

挨拶をする松田朋春さん

イべントの冒頭は主催者である「オブラート」の松田 朋春さんより挨拶。

「『オブラート』ではこれまで「詩を本の外に解放しよう」と、グッズをつくったり、顕微鏡で読むガラスの詩集を出したりと、世の中に詩を広げるためにさまざまな活動に取り組んできました」

そこに加え、最近では「講演やワークショップで優れた詩人をどんどん紹介しています」。松田さんが考えるコンセプトは「詩人の隣人化」。

「身近に詩人は少ないでしょう。だけど、詩人は学校のクラスに一人くらいはいてもいい。友達でないとしても、詩人が隣人として身近にいる、なんてことになったら日本は素敵になるんじゃないでしょうか」

まずは覚さんから「今日の対詩の決め事について」。対詩とは連詩の一種。連詩は複数の詩人が数行ずつの詩をリレー形式で書いていくもの。12や24、36など「12の倍数」でひとまとまりになったところを「詩の最終形」とします。詩というと一人で書くというイメージが強いけれど、連詩はお互いに意見や感想を交わし、ときには「ここは満月ではなく三日月の方がいいのでは」と言った具合に人のアドバイスを受けて修正を加えたりしながら書いていくものです。

対詩はこの連詩の2人バージョン。今日は谷川さんと覚さんが、交互に5行以内の詩を書いてはバトンタッチし、90分という時間制限のなかで「できるところまでやる」というスタイルで進めていきます。1行目の「発詩創作者」は「ジャンケンで決める」。観客を前にしての「ライブ」なので、一人が書いている間、もう一人はトークで「お客さまのお相手」をします。集中して考えたいときはスぺース内にある「おこもり部屋」に入るのもOK。ただし、なにぶんいつもとは違う環境。「今日できあがった作品は常にお尻に火がついた状態で書くものですから不完全、いちおう未定稿とさせていただきます」と覚さん。谷川さんも覚さんも「準備はまったくしてきていない」。

そんなわけで、詩の書き出しのヒントとなる「言葉」は会場から募集。そこで出されたアイディアは、d-laboスタッフである高野の容貌をなぞったものか、「眼鏡の銀行員」。これを料理して第一詩を創るのはジャンケンで「先攻」となった谷川さん。「全然詩的な言葉じゃないなあ」と笑いながらもパソコンに向かってくれました。

日本から生まれた「連詩」

連詩について語る谷川さん

ちなみに「連詩」とは、谷川さんが友人の大岡信さんたちと発行していた同人誌「櫂」から生まれたもの。谷川さんによれば「大岡信が雑誌の企画で丸谷才一や石川淳と連句というものをやっていて、それを見て羨ましくなって自分たちも詩でこれをやろうと始めたんです」。当時の「櫂」は「仲良しグループ」。

「よくメンバーで集まってはいたけれど、みんなくだらない話ばかりして詩の話にならない。僕はそれが不満でみんなで合作して詩を創ろうとしたわけです(谷川さん)」

ルールは「複数の詩人がその場を共有すること」、「その時間を共有すること」、「リレー形式で書いていくこと」の3つ。

こうして始まった連詩の創作は国内はもとより海外にまで広がり、外国の詩人たちとも詩を共作してきた谷川さん。「一人でちまちま書くよりも、蕎麦屋なんかに集まってみんなで酒を飲みながら書くのが楽しい」と言われます。覚さんも「連詩の仕事は大好き」。静岡新聞主催の連詩の会では豪華なホテルに泊まり温泉に入り土地の逸品を愛でつつ詩人仲間とセッションをするそうで、「こんなに楽しい現場があっていいのかという感じでしたね(覚さん)」

谷川さんいわく「連詩は詩人の高級な遊び」。欧米の詩人などには「詩を共同で書くという概念そのものにものすごく反発する人が多い」そうですが、そんな彼らも実際に始めてみると「だんだん気持ちを合わせてきて楽しくなってくる」とか。詩人というのは自分の文に他者から手を入れられたり書き直しを求められることを嫌うもの。それが連詩に限ってはなぜか「お互いの意見を聞いて書き直すことができる」。そして「一人ではなく他人がいると思いがけないことがきっかけとなって出てくる」のだといいます。

「連詩には何を書くかを自分で決めなきゃいけないというストレスがない。よく自己表現と人は言うけれど、実は自己表現というものも他からの働きかけがあってはじめて可能になるんだってことを連詩は教えてくれるんです」

覚さんによれば「連詩というフォーマットは日本人にフィットするもの」。
「連詩は誰が作者というわけではなくみんなで創るものです。例えば古典落語などは作者がいないから著作権もない。これは日本独特の世界観で、いい意味で我が消えているすごく美しい世界だと思うんですね」

相手の言葉から生まれる発想

今度は覚さんがトーク

谷川さんが書いている間は覚さんがトーク。「おこもり部屋」に入った谷川さんですが、4分40秒後には「あっちにいても覚さんの声が聞こえちゃって」と戻ってきました(以後はお二人ともステージから動かず)。谷川さんに第一詩はと問うと「もちろん書きました」。「眼鏡の銀行員」を受けて谷川さんが書いたのは次の4行でした。

エリオットだって銀行員だった
貨幣は人生を決定する大きな要素だ
海岸のデッキチェアでそう書いて
彼は眼鏡を拭いた

モニタ―に映った第一詩は、さすがの谷川節といったところ。「とにかくまず眼鏡をかけた銀行員ということで詩を書いている銀行員を登場させました。彼は自分が銀行員であることを恥じていたんだけど、大詩人のT.S.エリオットだって銀行員だったことを思い出してこう書いているんです。そして銀行員だからこそ経済というものは大事だと思っている。海岸にいるのはこの日はお休みだからです(谷川さん)」

谷川さんの第一詩を受けて覚さんが寄せたのは下の4行。

くもった水平線がふたつに分ける景色は
空と海だろうか
天国と地獄だろうか
それとも未来と過去なのか

和歌子

水平線はむろん「海岸」を受けてのもの。「くもっているのは、眼鏡の中から見ている水平線だからです(覚さん)」

この第二詩に対し、なんと谷川さんからは「この空と海、天国と地獄、未来と過去って、反対語として型通りに見えるからもうちょっと具体化した方がおもしろいんじゃないですか」とツッコミが……。一瞬、場が緊張する中、覚さんは「そうくるなら受けて立ちましょう!」と宣言。

つづいて寄せられた谷川さんの「青という色はブルーズと結びつく地獄の色もそうだとウェールズから来た男が言った」という第三詩に「俊太郎さん、これべタ受けじゃないですか。青って空と海でついているでしょう。地獄もでしょ!」とツッコミ返してくれました。谷川さんは「あ、本当だ!」とすぐに2行目を書き直しました。

青という色はブルーズと結びつく
俺はマンドリンで歌うんだぜ
ウェールズから来た男が言った

会場を満たす「創作の波動」

盛り上がる会場の様子

わいわいと楽しくやりとりをしながら対詩は進行。それにともない「眼鏡の銀行員」から始まった詩は、詩人のイマジネーションのままに飛び始め、さまざまな物語の断片を拾うように展開されていきました。次々に登場する新しい人物や意味ありげなフレーズ。「眼鏡をかけた銀行員」に「エリオット」、「ウェールズから来た男」、「ぼく」に「あなた」、「ガムランを聴いている自分」、「きみ」、「ティラノサウルス」、「心理療法家」と「環境保護に熱心な妻」、「レッドロックのてっぺんで狼の手ほどきを受けているネイティブアメリカンのカルロスさん」、「ジョンウェイン」と、前の詩を受けながらも次の場面へと飛び、新しい世界を見せてくれる2人の詩人。こんなふうに世界が広がるのは「フィクションで書いていますから」と谷川さん。

「書くときには女性になったり子どもになったり老人になったり。こういうことをやっていると、あとになって自分が書いたとは思えないような詩ができていたりするんですよね」

ときに沈思黙考、ときに雑談なども交えながら、そうするうちに「場」の空気がだんだんと「詩の創作の波動を持ってきましたね」と覚さん。時間切れ寸前で書いた最後の第十詩は「何か続いていく感じにしたかった」という次の一節でした。

終わったかどうかさえわからない
終わらないまままた始まって やがて誰も語らなくなる
薄紅のはなびらが散って
道の行き止まりに向かう背中を染めるのは
夕焼けだろうか朝焼けだろうか

和歌子

ラストは未定稿ながらできあがった詩をそれぞれが交互に朗読。見守っていた観客からは「登場人物がたくさんいて万華鏡みたい。いろんなシーンが見えて得をしました」、「物語の中に物語がいっぱいあって、どこをとっても一個の物語ができそうでおもしろかった」、「とても刺激的な場。ひとつの単語が背負っているたくさんの背景が次々に広がっていく感じが目の覚めるような楽しさでした」、「最初はあまりイメージが入って来なかったけど、あるところで自分が見ていた夢と同じ感じがして、そこから先は掘っているトンネルがつながったみたいな感覚で楽しかったです」といった感想が寄せられました。

感想はもちろん、ライブを敢行した御両名からも。

「僕の経験では連詩というのはいいものができた試しがないんです。それでも今日のようになぜそういう詩をつけたのかということを短く解説すると、そこで見ている方は一斉に開くんですよね。なんだかよくわからなかったものが、一言でも二言でもこういうふうにしてつけたんだよというのを聞くと、一挙に意味がわかるんです(谷川さん)」

「今回初めてのライブを経験させていただいたことと、いらしてくれた皆さんにまず感謝したいです。もっとあわあわするかと思っていたんですがそうでもなくて、状況を問わずに詩をかけることがわかって 発見でした(覚さん)」

対詩は「これからもやって本にしましょう!」と谷川さんと覚さん。詩人が詩を創るという場に立ち合うのは想像以上にエキサイティングな経験。ライブは満場の拍手で終了。詩人を身近に感じることのできた2時間でした。

講師プロフィール

谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう)
谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)さん

1931年東京都生まれ。詩人。1952年、第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。1962年『月火水木金土日の歌』で第4回日本レコード大賞作詞賞受賞。1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、1982年『日々の地図』で第34回読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で第1回萩原朔太郎賞、2010年『トロムソコラージュ』で第1回鮎川信夫賞など受賞、著作多数。詩作をはじめ、絵本、エッセイ、翻訳、脚 本、作詞などの分野で幅広く作品を発表している。

覚 和歌子(かく わかこ)
覚 和歌子(かくわかこ)さん

詩人、作詞家。早稲田大学第一文学部卒業。詩人として活動する一方、沢田研二、クミコ、ムーンライダーズ、小泉今日子、夏川りみ、新垣勉、SMAP、平原綾香などの作詞を手がける。2001年『千と千尋の神隠し』主題歌『いつでも何度でも』の作詞でレコード大賞金賞受賞。詩集『ゼロになるからだ』(徳 間書店)、『海のような大人になる』(理論社)、自唱CD「べジタル」など著作多数。米国ミドルべリー大学日本語学校特別講師。

オブラート

公式サイト

文・中野渡 淳一
写真・深堀 瑞穂