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2015 Dec.17
Topic on Dream ~夢に効く、1分間ニュース~ Vol.117

世界的ブランドの広報から陶芸家に。
家賃2万円でも貫いたものづくりへの想い

岡崎さんの作品の陶器©HIDEKI KUWAJIMA

ものづくりに関わる趣味のなかでも、今老若男女に人気なのが陶芸。日常で使う器から鑑賞のための器まで、幅広く作ることができ、その奥深さにハマる人は少なくありません。

陶芸に魅せられた人のなかには、それまでの仕事を辞め、プロの陶芸家として働く道を選ぶ人もいます。ギャラリーや百貨店などで個展を開く、人気陶芸家の岡崎裕子さんもそのひとり。株式会社イッセイミヤケに入社し、世界的なファッションデザイナーである三宅一生さんのもとで広報として働いていた岡崎さんは、陶芸家を志して退社。その後、修行期間を経て陶芸家に転身されました。

今回は岡崎さんが陶芸家になった経緯や、ものづくりに込める想い、夢の叶え方を伺いました。

生活に入り込めるものづくりがしたい

もともとデザイナー志望でイッセイミヤケに就職しましたが、配属は広報部でした。

広報部での仕事も、ものづくりに関わるとても刺激的な仕事でしたが、自分がものを作る仕事ではありません。どうしても「自分で何かを作りたい」という想いが強くなり、手仕事の世界に憧れるようになりました。

また、「作るなら生活に入り込めるものづくりがしたい」と思っていたんです。「洋服と同じように日常で使うもの、変えることで気分が変わり生活が彩られるもの……それは器だ!」とやがて思い至り、陶芸の道に進みました。

創作中の岡崎さん©HIDEKI KUWAJIMA

決心したと同時に私が頭を坊主にしたので、周りの人はむしろそっちの方にビックリしていました。三宅さんに退職の意を伝えると「仕事が辛いなら引き止めようと思ったけど、ものづくりを志す若者を引き止めることは出来ないな。がんばって!」と言っていただいて、涙が出たのを覚えています。

家族や友人たちからは、「いったい何を言い出すんだ」という感じで、まったく理解されませんでしたね。しかし、親友と三宅さんを含む前職のスタッフ達は、心から応援してくれていました。その存在はすごく大きかったです。決して楽ではなかった修業時代を支えてくれたのは、応援してくれた人たちの気持ちだったと今でも思っています。

家賃2万円でも丁寧な暮らしを見つけた

修行していた時期は、家賃2万円の平屋の一軒家に住んでいました。トイレは汲取式で、冬はすきま風で家の中でも息が白くなり、ネズミも出るような家でした。毎日そこから車で10分程の場所にある師匠の工房に、朝8時45分に着くように行き、15分掃除したあと、9時に始業。その日の創作をします。

12時から13時半までは自宅に帰って自炊をして、昼休憩。その後また戻って仕事をして、15時~15時半まで休憩。17時に仕事場を出て、17時15分帰宅、という毎日でした。

仕事内容は基本的に師匠の定番品を作ったり、地域事業の請負で作ることになった公園のタイルなどを作ったりしていました。自分の創作は禁止です。ひたすら師匠の仕事を踏襲することで技術が身に付いていくので、繰り返し同じものを作り続けました。

修行が始まって2年間は、石膏型で作る器や、板皿等を担当していて、2年後にようやく、ろくろを使わせてもらいました。

帰宅してからは夕飯を作って食べて、お風呂に入ってから、筋トレして本を読んで寝る、という生活です。最初の半年くらいはテレビもなかったので、非常に簡素な暮らしでした。

「会社員時代の貯蓄があるので、自分が陶芸家として使い物になるまではお給料はいりません」と言っていたのですが、最初の月からお給料を用意してくださって、本当に有り難かったです。

岡崎さんの作品©HIDEKI KUWAJIMA岡崎さんの作品©HIDEKI KUWAJIMA

また、会社員時代は仕事に忙殺されていて、「丁寧に暮らす」ということが欠落していました。それが陶芸家を志すようになって、新しい土地で自活するようになると、家の空間に気を使うようになりました。お金がなかったので、暮らしも食事も質素でしたが、特に器だけにはお金をかけていて。安い食材で作った料理も、器ひとつですごく豪華な気分で戴けることを知りました。今につながる財産です。

転職から7年で独立

陶芸をはじめるとき、女性の弟子入りは不利だと思っていました。力仕事が多いなかで、女性だと師匠も気を使って頼みごとをしづらいだろうと思っていたからです。

実際は女性の方が気が利くところがあり、不利ではなかったようですが、陶器市の小屋建てのときなど、「男性だったらもっと役に立てたのにな」と不甲斐ない思いをしていたことはありますね。

陶芸の道に入ったときから当然独立するつもりでした。いつかは陶芸家になると思っていなければ、修行する意味もありません。しかし「独立時期は自分で決めるものではない」というのは理解していました。師匠から、「そろそろいいんじゃないか」と言っていただくまでは、独立は出来ません。

おかげさまで4年半で「そろそろ……」と言ってもらえ、それから師匠に推薦していただいた窯業指導所にて、釉薬(うわぐすり・ゆうやく)の研究を半年しました。その後都内の実家に戻り、独立場所を決めて窯を持つまで2年かかりました。

ですので、独立したのは陶芸の道に入ってから7年目です。時期を自分で決められないとはじめからわかっていましたから、早いとも遅いとも思いませんでしたが、私の感覚では7年で独立は上出来ではないかと思います。

夢を叶えるために必要なこと

陶芸家だけでなく、何かになりたいと思ったら、まず自分である程度のリサーチをすることが重要です。リサーチしたうえで、何からはじめればいいかがわかったら、とにかくはじめる。そしてひたすら続けること。続けている間は迷わないこと。

リサーチせずに踏み込むと、方向を間違えて軌道修正するのにまた時間がかかるので、リサーチは非常に重要だと思いますね。リサーチが済んだら、目の前のことをひたすら続けるだけです。自分で見極めた道を迷わずまっすぐ進む。それに尽きると思います。

そして、私も夢があります。海外で展覧会をすることです。今はまだ子どもが小さくて難しいので、40代の夢にしよう、と思っています。

お子さんと岡崎さん©HIDEKI KUWAJIMA

文・ミノシマタカコ

Information

岡崎裕子

1976年東京都生まれ。1997年株式会社イッセイミヤケに入社、広報部に勤務。3年後退職し、茨城県笠間市の陶芸家・森田榮一氏に弟子入り。4年半の修行の後、笠間市窯業指導所釉薬科/石膏科修了。2007年神奈川県横須賀市にて独立。

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