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2017 Oct.10
SURUGA Cycle Journal Vol.11

自転車を通じて日本とイタリアの架け橋になる
BIXXIS JAPAN代表・静観篤さんに聞く
ビクシスの魅力とイタリア語通訳としての思い

自転車を通じて日本とイタリアの架け橋になる BIXXIS JAPAN代表・静観篤さんに聞く ビクシスの魅力とイタリア語通訳としての思い

2015年春、イタリアに小さなハンドメイドバイクフレーム工房が誕生しました。金属フレームの溶接技術では右に出る者がいないと言われる名工ドリアーノ・デローザ氏が立ち上げた工房の名は「BIXXIS(ビクシス)」。1台1台、手作りで供給される自転車は、まさに世界でただひとつの逸品です。そのBIXXISの日本における窓口が、静観篤さんが代表を務めるBIXXIS JAPAN。今回は「イタリア語通訳案内士として日本とイタリアの架け橋になっていきたい」という静観さんに、イタリアとの出会いやBIXXISに賭ける思いについてお話をうかがいました。

1日12時間、イタリアでの猛勉強の日々

自転車の本場であるイタリアで、金属フレーム作りの名工として知られるドリアーノ・デローザ氏。14歳のときから、世界で最もリスペクトされる自転車職人の一人である父ウーゴ・デローザ氏のもとで修業を積み、家族の工房を支えてきたドリアーノ氏が、バイクフレームとはこうであるべきと、その持てる技術を惜しみなく投入して作り出しているのがBIXXISです。

フレーム

「BIXXIS JAPANは、マエストロであるドリアーノと日本のお客さまをつなぐ場。ショールームにBIXXISを買いに来たお客さまはビデオチャットを介したドリアーノとのコミュニケーションで、バイクに関する自分の要望を伝え、日本にいながら、実際にイタリアの工房にいるようにバイクをオーダーできます。」

イタリアにいる職人と直接言葉を交わしてバイクフレームが買える。ユーザーにとってまるで夢のような話が実現できる背景には、静観さんその人の存在があります。

実は静観さんは国家資格であるイタリア語の通訳案内士。BIXXIS JAPANでは、代表の静観さんが通訳として、現地イタリアと日本のユーザーの間に立っているのです。

BIXXIS 自転車

普段はBIXXIS JAPANの仕事のほかにも、イタリア人旅行者のガイドとして活躍している静観さん。そもそものイタリアとのつながりは「車」だったといいます。

「20代の頃、イタリア車に憧れてアルファロメオのオープンカーに乗っていたことがあるんです。それがイタリアに関心を持つきっかけでした」

アルファロメオを手に入れて、次に考えたのは、やっぱり女の子にモテること。

「単純ですよね。アルファロメオにおねえちゃんを乗っけてお洒落なイタリアンレストランに乗りつけて、イタリア語でもたしなんでいたらかっこいいだろうなと思ったんです(笑)!」

そんな、少し不届きな動機もあって、28歳で趣味半分にイタリア語の勉強を始めたという静観さん。始めると「なんかハマってしまって……」、ついには勤めていた会社をやめ、イタリアに渡ることを決意します。

「イタリア語を真剣にやってみようか。これで人生を変えてみるのもおもしろいかも、と思ったんです。そこでアルファロメオも売って、そのお金でローマに行くことにした。向こうでとくに何かをやろうという明確なビジョンはなかったんですが、とりあえずは言語を何とかしようと、それを目標にイタリアに飛びました。2003年のことです」

ローマでの滞在期間は1年半。役所の不備で申請していた滞在許可証がなかなか発行されず、大学に通うことも仕事をみつけることもできず当初考えていた予定より短い滞在になりました。

「特にやることもない生活が半年以上過ぎたとき、あるきっかけで日本人旅行者の老夫婦と知り合い、現地にいる彼らの友人のイタリア人との再会をお手伝いしました。老夫婦を連れてローマの街を散歩し一日ともに過ごしたのですが、別れ際に私にお礼がしたいと、お金を包んで渡そうとしたのです。」

もちろんお金を受け取るつもりはなかったので拒みましたが、そのとき、老夫婦は『あなたがこの先、イタリア語で仕事をしたいと考えているなら、私が静観さんの“最初”のお客さんになりたいからどうか受け取ってほしい』と言ってくれたそうです。

「とても嬉しかったですよ。イタリア語を話せるだけの自分が誰かの役に立てた。そのときの経験が自分のイタリア語の活動の原点になりました。」

その後、帰国を決めてから最後の6か月間はこのことがきっかけとなり、1日12時間以上、毎日起きている時間はすべてイタリア語の勉強に費やしました。

震災で生きた語学力、イタリア領事館から感謝状をもらう

帰国後は、猛勉強の甲斐もあって外国語学校のイタリア語講師に転身。

「その頃にはイタリア語は自分の財産と感じるようになっていました。別に講師になろうと思っていたわけではないんですけど、イタリアに行ったことで日本の素晴らしさにも気が付くことができたし、イタリアでの経験をもっと世の中に伝えたくなった。せっかく習得したイタリア語なのだから、女の子を口説くとか無道なことではなく、しっかりとした意義のあることに使いたいなと思うようになりました」

イタリア語は自分にとっては「武士の刀」と同じ。抜くときは世の中の役に立てたい。そういう思いを抱えながら講師として教壇に立っていた静観さんに転機が訪れたのは2009年。日本政府公認の通訳案内士の資格を取得したことで、自転車競技や競馬、バレーボールなど、スポーツの分野での通訳の仕事が入ってくるようになりました。

試合中のバレーボールチームの通訳の様子試合中のバレーボールチームの通訳の様子
試合中のバレーボールチームの通訳の様子

「自転車競技は『ツアー・オブ・ジャパン』の来日イタリアチームの通訳を2009年から経験させていただきました。自転車ロードレースというものをはじめて知ったのもこのときでしたね。イタリアの自転車メーカーと仕事で関わるようにもなって、自分でもロードバイクに乗るようになりました。またバレーボールの通訳としては、Vリーグでプレーしたイタリア人選手の通訳として1シーズン、続いて男子強豪チーム率いたイタリア人監督のサポートをして、2シーズンともに戦いました。」

自転車レース
2015年イタリア グランフォンド・ピナレロにて。先頭が静観さん

その後、2011年には忘れられない出来事が発生します。

「東日本大震災です。僕は被災はしなかったけど、仕事では悔しい思いをしました。本当は震災4日後の3月15日からはイタリアから来るツアーの仕事が入っていたんですが、それを含めてその年に予定されていたツアーが全部キャンセルになってしまい、大変悔しい思いをしました。それで、やることがなくなったので大阪の実家に帰ったんです」

海外のメディアを見ていると、被災地である日本以上に深刻な報道が流れている。イタリアを含め、多くの国々が日本にいる自国民に帰国を促している。それを知った静観さんは「ふと空港のカウンターはどうなっているかと気になって……」、関西空港へと足を運んだといいます。

「アリタリア航空のカウンターに行ってみると、座席を予約していないイタリア人が大勢押し寄せていてパニック状態でした。イタリア政府の勧告に従って帰国しようとしているのですが、カウンターのスタッフはチケットを持っている人やチケットを持たずに成田から関西にまわってきた人、それにVIPの対応に手一杯で、全ての人の対応ができない。そこに、今すぐ乗せろなどと、次から次へと人が来るから、おおわらわの状態なんです」

静観さん

イタリア語を話せる静観さんは、駆けつけた大阪のイタリア領事館のスタッフとともに混乱した現場での対応。このときの活動が取材に来ていたイタリアメディアの映像に残り、後日、イタリア領事館から感謝状を受け取ることに。こうした体験から、静観さんのなかに生まれてきたのは「日本とイタリアの架け橋になりたい」という思いが強くなります。それはやがてBIXXIS JAPANの活動にもつながっていきます。

イタリアの職人魂に突き動かされて

フレーム自転車

震災の影響も少しずつ収まってきた頃、同時に増えてきたのが、国のインバウンド政策によって日本を訪れる外国人の数でした。旅行会社を通じて入ってくる通訳案内士の仕事は忙しさを増すばかり。ちょうどその時期に立ち上げたのがBIXXIS JAPANでした。

「ドリアーノがそれまでいた父の会社から独立して自分の工房を持つと聞いたとき、すぐにお手伝いしたいと思いました。彼のことは以前から通訳の仕事を通じて知っていたんです。職人としてどんな仕事がしたいのか、どういうバイクを作りたいのかという思いも、彼自身の口を通して自分は誰よりも理解していたと思っています。ドリアーノは、数は少なくても1台1台、お客さんの顔を見て、どんな人が自分のフレームに乗るのか把握したうえで作っていきたいと願っている。そのためには、彼とお客さんを結ぶパイプ役が必要です。だったら、自分がやろうじゃないかとBIXXIS JAPANを設立しました」

ドリアーノ氏が得意とするのは溶接のなかでも高度な技術が必要とされるTIG(タングステン・インサート・ガス)溶接。他の職人ではなかなかできない美しい見事な仕上がりはドリアーノ氏ならではのものです。

「BIXXISのプロダクトはまだ2種類しかありませんが、クロモリのPRIMA(プリマ)は2016年の北米ハンドメイドバイシクルショー(NAHBS)で最優秀賞とカンパニョーロ賞を受賞しています。チタンのPATHOS(パトス)もチタンフレームのパイオニアであるドリアーノが研究に研究を重ねて生み出した名品です」

現地の工房では、ドリアーノ氏が朝6時からフレーム製作にあたっているとのこと。カラーやデザインを担当しているのは娘のマルティナ氏。女性ならではの柔らかな感性も加わったビクシスのフレームは女性ライダーにも人気があるといいます。

フレーム
全12カラーから選ぶことができます。

フレームビルダーとして名高いドリアーノ氏のもとには、弟子入り志願をする若い職人が後を絶たないとか。

「今後、BIXXISの工房もスタッフが増えるかもしれませんが、基本となっているドリアーノとお客さんとのコミュニケーションというプロセスは変えずにいきたいと思っています。先日は、イタリアで行なわれた『Mt,Fuji-Zoncolan Carnia Classic』に参加するツアーが日本で組まれ、その日程のなかにBIXXISの工房を訪ねるというプランを入れてみました。このときは日本からドリアーノを訪ねるという形でしたが、今度はぜひドリアーノを日本に招いてみたいですね。穏やかで情熱的な彼の人柄を知ってもらうことで、みんなにBIXXISっていいねと言われるブランドに育てていきたいと願っています」

静観さん
2017年『Mt,Fuji-Zoncolan Carnia Classic』イタリア大使館で行われた会見

「日本とイタリアをつなぐ」という静観さんの活動は、いまやイタリア大使館も注目しているといいます。自転車を通じて、日本とイタリアの交流が深まることを期待したいと思います。

フレーム自転車
2017年「Mt,Fuji-Zoncolan Carnia Classic」現地イタリアでの様子
:前夜祭のウェルカムパーティに浴衣を着て参加。:ゴールでの様子。

Information 1

BIXXIS JAPAN

イタリアのハンドメイドバイクフレーム工房『BIXXIS』の日本輸入代理店。ショールームではフレームビルダーのドリアーノ・デローザ氏に通訳を介して直接オーダーが可能。

Information 2

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