特集
2016 Jan.21
Topic on Dream ~夢に効く、1分間ニュース~ Vol.120
日本酒界に新たな波を起こす10人の男たち
「日本酒オーシャンズ」って?
近年、改めて見直されてきた「日本酒」。甘さのあるパック酒や、淡麗辛口の味わいとは一線を画し、まるでワインのようにモダンな香りの吟醸酒や、伝統的な生酛(きもと)造りによって作られたふくよかで濃厚な味わいの純米酒など、全国の蔵元が受け継がれてきた技術に新たなアイデアを取り入れながら、切磋琢磨して銘酒を醸しています。
そんな日本酒の世界で、いま注目されているのが、「日本酒オーシャンズ」という10人の男性たち。いったいこの日本酒オーシャンズとは、どのような団体で、どういった経緯で発足したのでしょうか?発起人であり代表を務める、亀の井酒造(山形県)専務取締役の今井俊典さんに話を聞きました。
10人のイケメン蔵元を集めて結成
日本酒オーシャンズは、日本酒ファンから熱い視線を浴びる気鋭の10蔵元が集結したチームです。味はもちろん、ラベル、ボトルなど、日本酒の新しい魅力を発信していく取り組みを行なっています。2015年9月に行なった第1回イベントは、なんとクルーザーを貸し切ってのクルージングパーティ。洋上で日本酒を味わうというユニークなイベントには、約400名ものゲストが集まりました。
日本酒オーシャンズの発起人は、「ビジュアルも重視して、10人の『イケメン』の造り手を集めたんです」と話す、「亀の井酒造」蔵元の今井俊典さん。蔵元の家に生まれながら、意外にも「日本酒にはまったく興味がなかった」と言います。そんな今井さんはいったいどのような経緯で、日本酒オーシャンズの取り組みを始めたのでしょうか。
日本酒に興味がないのにアメリカで日本酒を売り歩く
日本酒オーシャンズの発起人、今井俊典さん
1875(明治8)年創業の老舗「亀の井酒造」(山形県鶴岡市)は、代表取締役社長であり5代目である今井俊治さんが杜氏として自ら手がける『くどき上手』によって、全国的な人気を集めてきました。その長男であり、6代目である俊典さんが蔵に入ってから、この冬で9年目。杜氏たちは日本酒造りに日々明け暮れています。
今井家では酒造りの時期になると、家全体がピリピリとした緊張感に包まれるそう。特に俊典さんの父である俊治さんは、ほとんど喋らないほど、酒造りに集中していたのだと言います。
「それほど酒造りに賭けていた父に『お前が跡を継ぐんだぞ』と言われて育ちました。そのこと自体にはなんの疑問も抱きませんでしたが、そもそも僕自身はまったく日本酒に興味がなかったんです」
高校卒業後、東京農業大学の醸造学部に進学したものの、勉強をしてもまったく日本酒に興味が湧かず、サッカーサークルやアルバイトに精を出していたという俊典さん。いつしか大学へは「学食を食べに立ち寄り、サークルに顔を出す」ためだけに足を運ぶようになったと言います。
やがて大学卒業が近づき、同級生たちが進路を決めても、心のなかには釈然としない思いがありました。
「蔵元の息子たちの一般的な進路としては、酒販店さんや居酒屋さんなどで数年経験を積んだのちに実家の跡を継ぐ、というものがほとんどです。けれども、僕はなんだか納得がいかない。もともと大学進学したのも、東京への憧れが理由でした。そしてもう1か所……アメリカにも『いつかは行かなければ』と憧れがあったんです。それで、アメリカで英語を学ぶことにしました」。
大学を卒業後、渡米した俊典さん。文化の中心地、ニューヨークで刺激を受けながら語学学校に通う日々。そんな折、実家の亀の井酒造とアメリカの貿易会社との取引が始まりました。社長である俊治さんはたびたびアメリカを訪れるようになり、俊典さんも営業に同行したり、全米日本酒鑑評会が主催するコンペティション『JOY OF SAKE』への出展を手伝ったりと、『くどき上手』をアメリカに売り込む一翼を担うようになります。
「日本では、大学の同級生が就職した先々でバリバリ働いているのを横目に、自分も何かやらなくてはという思いに駆られたんです。貿易会社のひとの横に付いて『同行営業』というのも性に合わないので、語学学校が終わると自宅の冷蔵庫にストックしておいた日本酒を手に、ひとりでローラー営業をするようになりました。日本酒自体には相変わらず興味はなかったけれども、シビアなニューヨークの街でお店を経営しているトップの方の話を聞くことが、本当に楽しかったんです。『何か大きなことを成し遂げたい』と漠然と考えていた自分にとって、刺激になりました」
ローラー営業だけでなく、店のお客さまに直接日本酒の美味しさを伝える「酒の会」を開くなどの取り組みが功を奏し、少しずつ日本酒を置いてくれる飲食店も増えてきました。しかし「そろそろ蔵に戻ってこい」という父親からの呼びかけに応じ、2007年に帰国。数年ぶりに降り立った日本の地で、あることに気づいたと言います。
「空港に着いて、『なんてキレイに整っているんだろう』と目から鱗が落ちたというか。ニューヨークの雑然とした街並みや、どこもかしこもゴミが転がった風景が当たり前になっていた自分にとって、その清潔さが新鮮に映りました。それに、日本人には気配りとかやさしさがあるし……『あぁ、俺の生まれた場所って、こんなにすごい国だったんだな』って、初めてわかったんです」
蔵元自ら「メディア」として日本酒の楽しみ方を発信
6代目蔵元杜氏として、蔵に戻った俊典さん。先輩杜氏たちの経験や知識を学びながら、酒造りに対して真剣に取り組むうち、日本への思いと日本酒への思いが、やがて交錯していきます。
「自分はまさに『国酒』、つまり国を代表するお酒を作っているんだという、誇りを持つようになりました。さらに心から好きだと思えるものだからこそ、自然とそれを多くの人に伝えたい、というふうに思えるようになったんです」
その思いは「日本酒オーシャンズ」の構想に繋がっていきます。根幹にあるのは「チーム自体が発信力のあるメディアとなる」ことだと言います。
「これまでは日本酒に関して何かイベントをやるとなると、主催は酒販店や酒造組合などで、たまたま集まった蔵元が顔を合わせてちょっと話をするくらい。僕はそうではなく、もっと思いを持った蔵元同士が意見を出し合って、蔵元発信でイベントを行なうことが重要なのではないかと思ったんです」
そこには俊典さん自身がメディアや酒販店と接していて、日ごろ感じている思いもありました。
「『くどき上手』は市場に出て33年経ちましたが、親父が立ち上げ、造ったものなんですよね。今、メディアで注目を集める蔵元を見ると、『十四代』の高木顕統(あきつな)さんや『新政』の佐藤祐輔さんなど、その方自身が立ち上げた銘柄が多い。どうしても『二代目』になると注目度が弱まってしまうんです。
それなら、親父とは違うやり方で、若い方やまったく日本酒に興味のない方でも『あぁ、こんなおもしろいことやってるんだ』と思ってもらえるくらい、インパクトのあるものでないといけないと思ったんです」
そうして俊典さん自ら「くどき」落とし、集まったのが10の蔵元でした。
こちらが、そのメンバーのみなさん。後方左から、『真澄』(長野)宮坂勝彦さん、『乾坤一』(宮城)久我健さん、『田中六五』(福岡)田中克典さん、『手取川』(石川)吉田泰之さん、『蒼空』(京都)藤岡正章さん(前方左から)『仙禽』(栃木)薄井一樹さん、『義侠』(愛知)山田昌弘さん、『くどき上手』(山形)今井俊典さん、『七本槍』(滋賀)富田泰伸さん、『而今』(三重)大西唯克さん。
「基本的には、『地方で息巻いている若手の蔵元』ということで、私と同様二代目の蔵元さんや、『イケメン』というか、ある種ビジュアル的にも意識して声を掛けていきました。
やはり日本酒業界自体、保守的な面もあるので、ビジュアル重視となるとなかなか受け入れてもらえない可能性もありましたが、そこはストレートに自分の思いを話して、一人ひとり説得していきました。『今井さんが言うなら』と、即日で参加を決めてくれた蔵元さんもいて、ありがたかったですね」
業界からは眉をひそめられることも覚悟していたという俊典さんですが、想像以上に温かい言葉をもらったと言います。
「2、30歳も年上の方々にも『おもしろいことやってるね!』とか、『昔、自分もそういうことやりたかったんだよね』と言ってもらうこともあって。おそらくその方々が僕らと同じくらいの頃、何か新しいことをやってこられた経験があるからこそ、共感していただけたのだと思います」
約400名が来場。大成功を収めたクルージングパーティ
2015年9月12日にクルーザーを貸し切って行なわれた第1回イベントでは、実に約400名のゲストが来場。リゾートのようにリラックスした雰囲気で行なわれたクルージングパーティでは、既存のイベントには足を運んでいただけなかった方々にもアプローチできたという実感があったと言います。
「海外のお客さまや、若い女性の方、あまり日本酒には詳しくないけれど、クルージングを楽しみたい方など、普段あまり接する機会がない方にもお越しいただきました。
初回ということもあって、もっと小規模なイベントから、とも考えたんですけど、思い切って大きなイベントにして良かったなと思います。
何より、天候に恵まれたことが本当に大きくて。参加費1万円という価格は決して安いものではありませんが、その価格を上回るクオリティと満足感を提供できれば、納得いただけるのではないかと考えていましたが、夕暮れ時には本当に美しい光景になって、120%満足いただけるくらいだったと思います」
イベントに先立って、ルイ・ヴィトンのアフターパーティに日本酒を提供し、イベント当日は元サッカー日本代表中田英寿さんも来場するなど、セレブリティからも注目されている日本酒オーシャンズ。
「やはりまったく違うジャンルの方と接したり、コラボレーションしたりしていると、新しい発見があります。今までとは異なる方々へ発信するという意味でも、プラスになりますよね」と話す俊典さん。現在はそれぞれの蔵で酒造りに専念しているメンバーたちですが、また新たなイベントやコラボレーションを企画しているそうです。
「酒造りはある種、クリエイティブだと考えています。つまり『市場のニーズに応える』というよりは、何か新しいものを造り出すこと。それをきっかけにお客さまに興味を持ってもらえたらと思うんです。そういう意味ではやはり『今まで世の中になかったもの』を探しつづけて、新たな価値観を提案していきたいですね」
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